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119.幕間・見送る人たちのある日


 今回は幕間。

 フランが去った後のベ・ゲタルの人たちによる一幕になります。



「それじゃあ、いってきまーす!」

 港から出航した船の甲板から大きく手を振るフランを見送って、オリビアは小さくため息を吐いた。


 いつの間にやら、イケメンが増えていることも気になるが……。

「これで、良がっだモン?」

 隣にいる人物――テオブロマから来たという男がボロボロと涙を流す様が気になりすぎてそれどころではない。


 フランは気づいていないようだったが、明らかに怪しい。

 一応、ベ・ゲタルの洋服を着ているため、他の客を見送りに来ているようにも見えなくはないけれど……。


「はい……本当に、ひっく、ありがとうございました……うぅっ……」

 まるで自らの娘を見送るかのような号泣ぶりである。この男は、テオブロマに勤めているただの一社員と聞いたが、よっぽどフランがかわいくてしょうがないのだろうか。

 オリビアにもその気持ちは分かるが、さすがに溺愛(できあい)ぶりがすごすぎる。


「奥さま、旦那さま……、いかがでしょう……」

 男が取り出したのは、ベ・ゲタルでは珍しいカード式の通信端末で、それを自然と使いこなすあたりはさすがテオブロマと言わざるを得ない。


 オリビアも貿易業に詳しいわけではない。だが、そんな彼女でさえ一度くらいは耳にしたことのある大企業の名前だ。

 まさかフランがそのお嬢さまとは思いもしなかった。良いところの育ちだとは思っていたけれど、オリビアの想像よりもさらに上をいく驚愕(きょうがく)の事実である。


 閉園間際の国立公園で「あの二人を見ていてほしい」と頼まれた時には怪しすぎて通報してやろうかと思っていたが――男の差し出した名刺にはきっちりとテオブロマの名前が入っていたし、身分証明書の提示までされては信じるほかない。


 何より、テオブロマの代表から直接挨拶を受けては断ることも出来なかった。

「監視をしてほしい」というよりも「見守っていて、何かあった時には助けてほしい」と頼まれたのだ。それも信じられない金額で。


 ある意味、病的なまでの愛ともとれるが、他人の家族形態に口出しをするほど立派な人間でもない。オリビアは「それくらいなら」と了承した結果――隣にいるテオブロマの男から二人の旅立ちを聞き、こうして駆け付けることが出来た。


 ま、結果オーライだモン。

 二人を見ているのはオリビアとしても楽しかったし、ベ・ゲタルの魅力を味わってもらえて嬉しかったから、知らない間に二人がベ・ゲタルから去っていた、なんて悲しいことにならなくて良かったと思う。


 テオブロマの男は画面越しにまだテオブロマの代表……フランの両親たちと会話しているようで、涙をぬぐってしきりにうなずいている。

「分かりました、はい。すぐにでも次の者が向かいますから」

 細々と聞こえた返事は、聞かなかったことにする。まさか、紅楼(クロウ)へも追いかけていくというのだろうか。いや、テオブロマならやる。間違いなく。


 オリビアが、困ったもんだと苦笑すると、

「どーも」

 と後ろから声がかかった。


 近くの町の占い屋、そこの店員だった。

 オリビアも何度か訪ねたことがある店。店員は確か、デシ出身だったはず。

「久しぶりだモン! 元気?」

「おかげさまで。君も、あの二人を見送りに?」

 彼も、どうやらオリビアと同じ目的らしかった。


「そうがや。テオブロマの人ば教えでもらっで」

「君もか」

 苦笑する店員も、どうやらテオブロマからコンタクトがあったらしい。肩をすくめて「おそれいるね」と呟いた声は皮肉のようにも聞こえる。


「あの二人ば良い旅になるど良いけど」

「ま、あの二人なら大丈夫でしょ」

「わがるの?」

「まーね。一筋縄ではいかないだろうけど」


 店員は、チラリとカードを見せる。

 一枚は雷、もう一枚は風の絵が描かれていた。

 オリビアは、そういえばこの青年の占いはやけに当たるんだった、と思い出す。


「雷と風ば、何ば意味があるモン?」

「雷は、衝撃。思いもよらぬ進展。風は、変化。新しい風が吹き込み、未来を切り開く」

「相変わらず、当たりそうだば不思議だモンで」


 二人の未来に何が起こるのかは分からないが、その旅路が良いものであってほしい。

 オリビアはただそれだけを祈って、小さくなっていく船を見つめる。

 店員もまた、同じように遠く船の帆がはためく様子を眺めて目を細めた。


 なんだか寂しくなる。

 二人とは長く一緒にいたわけでもないのに、とオリビアが感傷に浸っていると

「……それじゃあ、お二人とも、ありがとうございました! 後日、テオブロマからお礼の代金もお送りさせていただきますので!」

 と、テオブロマの男の声で現実に引き戻された。


「あんたばどうするの?」

 なんとなく気になって、オリビアが男に尋ねれば、彼は視線を二、三左右へさまよわせてから

「一応、この後はお休みをいただいておりますので……少し、観光してからシュテープへと戻ろうかと」

 と曖昧に微笑んだ。


「んだば、シラントロば行くがや? その後、ウチにも遊びに来だらええモン!」

「よろしいのですか?」

 男は目をぱちぱちとしばたたかせて、店員とオリビアの顔を見比べる。


「僕はいーよ。お客さんが増えるのは嬉しいし」

 店員の回答に、オリビアも満足したように笑みを浮かべると、男の肩を軽くたたいた。

「ま、せっかく来ただば、お兄さんにもベ・ゲタルば好きになっで帰ってもらわんとね!」

「はい! 楽しませていただきます!」


 テオブロマの人間は、皆、人がいい。

 多くの人と関わってきたオリビアでさえ、そう思わずにはいられない。

 だからこそ、大企業としてやっていけているのか。フランの今後もますます楽しみだ。


 オリビアは

「んだば、車ばとって来るモンで。そこでちょっど待ってで!」

 くるり、車のキーを回して港を後にする。


 海鳥の鳴き声が、フランの育てていたセージワームのアオの鳴き声と重なる。

「また、どこかで会おうね」

 誰に言うでもなく、一人呟いて、オリビアは歩き出した。


 いつかもう一度、二人に出会える日を願って。


 長きにわたってフランたちの旅路にお付き合いいただき、本当にありがとうございます!

 新しいことにたくさんチャレンジしたベ・ゲタルでの旅もおしまい。

 次話からは、新たな旅の仲間(?)エンさんを加えて、紅楼国の旅が始まります。

 いよいよネクターさんの様々な秘密も明らかに?

 これからもお楽しみいただけましたら幸いです*


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― 新着の感想 ―
[良い点] アオのエピソードが始ってからは一気にここまで読みました 難しいテーマが重くなり過ぎない絶妙な塩梅で描かれていて楽しかったです いよいよネクターの謎に迫る展開が今後も楽しみです
[良い点] 色々とあったベ・ゲダルとも遂にお別れですかー。そして、やっぱし見にきてたよお父さん達の関係者が。まさかオリビアさんにお金積んでるとまでは思ってなかったので、変な笑いが(笑) (⌒▽⌒) …
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