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おかわり! ~お屋敷を追放されたかわいそうな私と料理長は異世界を食べ歩きます!~  作者: 安井優
3品目 ベ・ゲタルと新たな挑戦

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115/305

115.二人の珈琲ブレイク(1)

 突然降り出した大雨は、一時間としないうちに過ぎ去っていった。

 けれど、ネクターさんの心は晴れないまま。


 お買い物へ出かけるつもりだったけれど、先ほどの大雨でまた地盤がゆるんでいるかもしれない。ちょうど良い機会だ。

 私は部屋にこもろうとするネクターさんをリビングでつかまえた。


 出来るだけ、ゆっくり話がしたい。それも、自然な感じで。

 私は必死に頭をフル回転させて作戦を考える。

 ネクターさんの興味をひけそうで……二人で出来て……そうだ!


「ネクターさん! モカさんたちからいただいたビットンが飲みたいです! 私に、珈琲(カフィ)()れ方を教えてくれませんか?」


 以前、一緒にお料理をした時は自然と話が出来たし、これならネクターさんだって興味を示してくれるはず!


「……僕が淹れますから、お嬢さまは」

「いえ! 私がやってみたいんです! アオを育てた時もそうだったけど、やっぱり、自分でやってみて初めてわかることもたくさんあるし……。珈琲(カフィ)だって、自分で頑張った方がおいしそうじゃないですか!」


 ちょっと無理があるだろうか。

 チラリとネクターさんの顔色を窺いつつ「ね?」とダメ押しの笑みを浮かべる。ついでに「ダメですか」と上目遣いのコンボを決めてフィニッシュだ!


「……はぁ。わかりました、お嬢さまがそうおっしゃるのであれば。ただ、僕も執事長ほど珈琲(カフィ)()れ慣れてはおりませんから、おいしく()れられるかどうか……」


 自信なさげに目を伏せつつ、ネクターさんはキッチンへと向かう。

 渋々ではあるものの、付き合ってくれるみたい。良かった。

 やっぱり、こういうところが優しいと思うんだけど。ネクターさんにはその自覚がないのかな。


 何もない。

 ネクターさんはそう呟いていたけれど、私にはネクターさんほどたくさんのものを持っている人も珍しいと思う。


「では、まずはお湯を沸かしましょう」

 ネクターさんは、ポットにお水を入れる。

「このボタンを押してください」


 どうやらケトルは電気式らしい。

 私は言われるがままにボタンを押す。しばらくすると、コポコポとケトルから音がし始めた。


 その間に、ネクターさんがビットンの袋を開ける。

「粉にしてくださっているみたいです。このまま、ドリッパーにセットすればすぐ飲めそうですね」

「ドリッパー?」

「このビットンの粉をこして、珈琲(カフィ)を抽出するためのものですよ」


 ネクターさんがビットンの入った袋を傾けて、中を見せてくれる。てっきり豆が入っているのかと思っていたけれど、サラサラとした黒い粉末が入っていた。すぐ飲めるように、豆を()いておいてくれたらしい。


 ネクターさんが、引き出しから薄い紙を取り出す。扇型のそれが、『ドリッパー』だそうだ。

 ついで、ちょっと変わったカップみたいなガラス容器もネクターさんは取り出した。


「ここに、この紙をセットします。紙を開くと……」

 ネクターさんがカパッと紙を開くと、円錐状に広がった。それが、先ほどのガラス容器にぴったりとりつく。


 カップの中に紙をセットしているネクターさんを見てピンときた。

「分かりました! それで、ここに粉を入れて、上からお湯を注ぐんですね?」

「正解です」

 ネクターさんがふっとやわらかな笑みを浮かべる。

 やっぱり、ネクターさんは笑顔が一番素敵だ。


「ビットンの粉は、本来は飲みたい量に合わせて計量して入れるのですが、今回はちょうど二人分だと思いますので、やってみますか?」

「はい!」


 ネクターさんに「気を付けてくださいね」と心配されつつ、ゆっくりビットンの粉をドリッパーの中に移し替えていく。

 全てを移し終えると、ちょうどカチリ、とケトルがお湯を沸かし終えた。


「僕も聞いた知識でしかありませんが、おいしい珈琲(カフィ)()れるにはここからが重要なんだそうです。えぇっと、確か……」

 ネクターさんはポケットからメモを取り出した。ずいぶんと使い込まれているそのメモをパラパラとめくって、あるページで指を止める。


「まずは……粉全体にお湯がしみ込むくらいまで、真ん中から外側へ向かって(うず)を描くイメージでそっとお湯を注ぐんだそうです」

「やってみても良いですか?」

「もちろんです。お湯が熱いので、やけどしないよう気を付けてくださいね」


 ネクターさんからケトルを受け取って、私はそっと中央へお湯を注ぎ入れる。

 こぼしてしまわないように丁寧に(うず)を描いていく。


「出来ました!」

「では、少しこの状態で蒸らします。蒸らし終わったら、今度は真ん中に小さな円を描くように注いでください。ドリッパーの中のお湯が増えて表面が平らになったら、注ぐのを止める、と書いてありますね……」

「了解です!」


 ビシリと敬礼をすると、ネクターさんは「話している間にそろそろ」とドリッパーを指さした。

 お湯を注ぐ前に比べて、もこっと一回り分ほど多くなっている気がする。


 今度は小さな円を描くように、とその形をイメージしながらお湯を注いでいく。

 思っている以上にすぐ表面が平らになって、もこもこと白い泡が中央に現れた。


「そうしたら、この泡が消える前にもう一度。先ほどより少ないお湯の量で結構です」

 まさかすぐに次を指示されるとは思わず、私は慌ててケトルを傾ける。

「大丈夫ですよ、落ち着いて。ゆっくりでかまいませんから」


 ネクターさんの穏やかな声は、自然と冷静にさせてくれる。

 私は先ほど同様、ゆっくりとお湯で小さな円を描く。

 さっきよりも少なめに、と言われた通り少なくして手を止めたら「もう一度、量を減らして」と再びネクターさんから指示がとんだ。


 ネクターさんの指示は簡潔でわかりやすい。やっぱり、料理長だったから? テオブロマの厨房がどんな様子だったのかは知らないけれど、きっと何人かにたくさん指示を出していたはずだ。


 その作業を数回繰り返したところで、ネクターさんからストップがかかる。

 お湯は少し残っていたけれど、それはマグカップを温めるために使うらしい。

 お湯でマグカップを軽く注ぐと、ネクターさんは「完成です」と満足げにうなずいた。


 簡単な作業だったけれど、二人でやったからなのか、達成感もあるし自然と空気が和む。

 良かった。私が別の意味で安堵の息を吐き出すと、ネクターさんもようやく肩の力が抜けたのかやわらかに目を細めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ようやく捕まえましたよネクターさんッ! しかし張っているバリアが厚いですなぁ……しかし、フランちゃんはそれで諦めませんよォッ! 貴方の心を見せてくださいッ! しかし珈琲の淹れ方は、同じな…
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