114.彼は、寂寞にひとりで
アオがいなくなってあっという間に十日が過ぎた。
アオの弔い期間ということもあって、私とネクターさんはのんびりと過ごしていた。
とはいえ、セージワームコンテストの反響はすさまじく――有名人になってしまった私たちは、どこへ行くにも必ず誰かしらに声をかけられる始末。聞いた話によると、噂が噂を呼んで、「伝説のセージワーマー」なんて謎の称号までいただいているらしい。
どうやってアオを育てたのか。私たちにそう尋ねる人も多い。そのたびに私たちはアオとの思い出を語った。
時には新聞や雑誌、テレビにまでそれが取り上げられて、お小遣い程度だけど、お金を稼いだりもして。
稼いだお金はもちろん、全て魔法のカードに振り込んで、お母さまたちへ返済した。まだまだ返しきれない額を使わせてもらってはいるんだけど……やっぱり、借りっぱなしは胃が痛いし。
アオはいなくなってしまったけれど、私たちをはじめ、ベ・ゲタルの人たちの中でも立派に生き続けているんだって思う。
天国にいるアオも、きっと喜んでくれていることだろう。
アオとの写真や動画が流れるフォトフレームの前には、いつもご飯をお供えしてあるし、おなかもすいていないはず!
「アオ、元気? 私は、今日もベ・ゲタルの人たちからテレビの取材があるって言われて、お仕事だよ。頑張るから見ててね。アオのこと、いっぱいお話してくるね」
私はアオの写真に向かってしっかりと両手を組んでお祈りする。
今日はかなり大きなテレビの取材らしく、アオのことはもちろんだけれど、大貿易企業テオブロマの令嬢としても出演することになっていた。
一応、お母さまたちにも許可はとってあって、シュテープでも放送してもらえるとのこと。クレアさんやエイルさんたちも見てくれるとの連絡まで来てしまって、私は緊張で吐きそうだ。
ちなみに、ネクターさんは「絶対に出演は出来ません!」と断固拒否。
私をスタジオへと送り届けたら、あとはスタジオのすみっこで見守ってくださるらしい。
せっかくのイケメンがもったいない、と思うのだけれど、ネクターさんの性格を考えてみれば納得せざるを得なかった。
「それじゃあ、いってきます!」
アオに手を振って、私はログハウスを出る。すっかり機械式の鍵にもなれて、いまでは鍵を回すことに一種の楽しみさえ覚えている。
玄関を出た先には、すでに車を回してくださっていたネクターさんがいて、助手席の扉を開けてくれた。
ネクターさんとは相変わらずだけれど……実は、ここ数日、ネクターさんが私から少し距離を置いているような気がしている。
お嬢さまと付き人。その関係は変わっていないし、元々、兄妹や家族のように仲が良いかと言われればそうでもない。だけど、なんだか妙によそよそしいというか。
「それじゃあ、参りましょうか」
ネクターさんはエンジンをかけると、車を自動運転モードに切り替えて、窓の外へと視線をやった。
今までであれば、ここから一言、二言と会話が続いて、気づけば長話をしているはずなのに、ネクターさんは黙ったまま。
そりゃ、ずっと一緒にいるから話題の種も尽きてはくるし、今からテレビ取材という名のお仕事に向かうわけだから、それ以上の話もないのだけれど……。
「今日のお昼は何ですかね?」
「スタジオでお弁当が出ると聞いております」
「お弁当! ベ・ゲタルだと、どういうのが入ってるんでしょう!」
「さぁ……。普段あまり買いませんからね」
ネクターさんに話題を振っても、彼は上品な作り笑いを浮かべるばかりで、必要以上に話題を広げようとはしない。
私から話しかければ応えてくれるのだけど、ネクターさんから話しかけてくることは事務的なことばかりだ。
私、何かしちゃいました……?
最近のテレビや雑誌のお仕事にネクターさんは出演しないから、そういう温度差があることはわかるけれど。
ネクターさんが少しずつ遠く、私から離れていっているような気がして。
だから、というわけではないけれど、取材も今回で最後にしようと決めた。
早く解放されて、またネクターさんと今まで通りの旅を続けたい。
アオがいなくなってから、二人でゆっくり話し合う時間も取れなかったし。まだ、モカさんたちからもらったビットンで珈琲も飲めていない。
「そろそろ到着ですかね?」
「えぇ、そうですね」
「ネクターさん、喉は乾きませんか?」
「いえ、僕は。後で何か飲み物を買ってまいりましょう」
「そ、そんなつもりじゃなくて! ただ、ほら、今日も暑いから……」
「そうですね。何かあってからではいけませんし、やはり後で何か買ってまいります。お嬢さまはお打ち合わせもあるでしょうから、先に」
スタジオの前で車を停めたネクターさんは、監督さんたちが私のもとへ挨拶に来るのを見届けると、飲み物を買いに行くと言ってどこかへ行ってしまった。
本当にそんなつもりで言ったわけじゃなかったんだけど……。
ただの話題として取り上げたつもりが、空回りしてしまった。
「なんだか、避けられてる……?」
「テオブロマさま、どうかなさいましたか?」
「あ、いえ! 別に!」
番組の説明をしてくださるディレクターさんに首をかしげられ、私は慌てて顔を横に振る。
今は、お仕事に集中しなくちゃ。
*
……なんて、この時の私は、呑気に考えていたのだ。
ネクターさんの本当の気持ちなどつゆほども知らなかった。
それが分かったのは、最後のテレビ取材を終えてから、さらに三日が経ったころのことで「そろそろ次の国へ行こうか」と話していた時のことだった。
ネクターさんが遠く、ログハウスの窓から見える森の方へと視線をやってため息を吐いたのだ。
「……本当に、僕で良いのかと、いまだに思ってしまいます。ベ・ゲタルに来てから、お嬢さまの成長は目を見張るばかりで。正直、僕なんかでは力不足なのでは、と。どんどんとお嬢さまが遠い存在になられていくのを、僕はついていくことすら出来ずにいるのです」
不安を吐露したネクターさんは、まるでシュテープから旅立つ時と同じような悲哀に満ちた瞳をこちらに向けていた。
「僕には、何もありませんから」
ポツリ。
こぼれ落ちた言葉が、ベ・ゲタルにスコールを呼ぶ。




