113.空はどこまでもアオくて
コンテストの結果は、三十分ほどの審議を経て発表されるとのことだった。
集まった参加者や観客はその間にセージワームを使ったお料理をブッフェ形式で食べられることになっており、レストランは多くの人で賑わったまま。
私とネクターさんはオリビアさんに無理を言って、特別にレストランの裏手にあるお庭に向かった。
アオを弔うためだ。
アオは審査員の人たちに綺麗に食べてもらえて、跡形もなくなってしまったのだけれど、アオのおうちは私の手元に残っていたから、代わりにそれを埋葬してあげることにした。
ネクターさんが厨房から借りてきたライターでおうちに火をつける。パチパチと爆ぜた火は、やがて緩やかに天へと昇る煙に変わった。
青く澄んだ空に吸い込まれていくそれは、細く、長く、どこまでも続いていくようだ。
おうちが燃え尽きて灰に変わると、私たちはそれをお庭に埋める。
「……こうして、灰は土に還り、その土がまた次の命を芽生えさせ、命が次なる命に引き継がれていくのですね」
ネクターさんはやわらかな土をそっと固めながら呟いた。
私に教えてくれているというよりも、自分に言い聞かせているような声色だった。
「アオは、幸せだったでしょうか」
「えぇ。僕はそう思います。自らが望んで出場したコンテストで、これだけ多くの人を笑顔にしたのですから」
パンパンと土を盛り、私たちは両手を組んで祈りを捧げる。
食前に捧げる祈りのように。けれど、この祈りは、アオだけのために。
「他の昆虫食も、今度試してみようかな」
「えっ⁉ お、お嬢さま……⁉ ご無理はなさらなくても……」
「無理じゃなくて! そうしたいんです! ま、まだちょっと怖いけど、ネクターさんもいるし」
ネクターさんは、私の表情をじっと見つめて何かを考えるように黙り込む。しばらくすると、大きく息を吐いて
「わかりました」
と力強くうなずいた。
「さ、そろそろ戻りましょうか。結果が発表されるころですし」
「どうせなら優勝したいですけど! ステージに上がっちゃったから、失格になってるかもしれませんね」
アオのことを思えば、我慢してあげた方が良かったんだろうな。
でも、後悔はしていない。アオのことを、ちゃんと食べてあげられたから。
「失格でも、ベ・ゲタルのセージワームコンテスト史には名を刻んだでしょうね。優勝するよりも名誉なことです」
「そうだといいんですけど! アオが天国で怒ってたらどうしよう!」
「その時は、夢に現れるかもしれません」
ぴぇ! と鳴いて私を一喝するアオを思い浮かべると、かわいらしくてつい笑みがこぼれる。
アオは真剣に怒っているつもりだろうけれど、迫力があまりにもなさすぎる。
「また姿を見せてくれるなら、怒られてもいいです!」
「お嬢さまのおっしゃる通りです」
ネクターさんも同じような想像をしたのか苦笑した。
*
ネクターさんといくつかブッフェからお料理をとりつつ、ステージへと向かう。
ちょうど準備を始めていたところだったようで、他の人たちも少しずつステージの方へと集まっていた。
ブッフェのサラダやつまみをもぐもぐと食べていると、ステージ上にオリビアさんが立つ。
「そろそろ、結果を発表するモン! みんな集まっで~!」
拡声器を片手に呼びかけた声は、レストランの外、国立公園内にも響いているらしく、レストランの外にいた人たちもぞろぞろとやってくる。
優勝候補の人たちの名前に混ざって、シュテープの、と私たちを噂する声が聞こえてきて、なんだか胸が高鳴った。
参加できればいいと思っていたはずのコンテストも、いつの間にか優勝したいと思うようになるだなんて。
これもアオのおかげだ。
ドキドキとうるさい鼓動をしずめるため、大きく息を吐いた瞬間。
ふっと会場の明かりが消えて、代わりにステージがスポットライトによって照らされる。
改まった様子で登場した司会者のお兄さんがマイクの前に立つと、観客たちの喧騒は自然と小さくなった。
「さぁ! 皆さん、お待ちがね! 結果発表の時間だモン!」
ガラガラガラ、とベ・ゲタル特有の音楽が鳴り響き、スポットライトが赤や黄色や青にくるくると色を変える。
「まずは、審査員特別賞がや! 今から呼ばれた番号の人ば、ステージの上に上がってきでほしいモン!」
バァンッ。シンバルが華やかに弾けた音に合わせて、司会者は数字を並べる。
「五番! 三十二番! 三十六番! 五十四番! 八十二番! ……最後に、九十八番!」
「へ……?」
読み上げられた数字に、私とネクターさんはもちろん、周りの人も口々に声を上げる。
「九十八番、って……」
「フラン! お兄さん! 二人ばステージに上がるモン!」
オリビアさんに呼ばれて、夢でも、聞き間違いでもないと分かる。
互いに顔を見合わせると、急に実感がわいてきて、ステージを上がる足が震えた。
「さ、二人ばこごに並んで!」
指示されるがままステージ中央にネクターさんと並ぶ。
私たちの前に立った司会者のお兄さんは、観客の方へと向き直ると、ゴホン、と咳ばらいを一つ。
「九十八番の二人ば、コンテストの最中にステージに上がっで、セージワームば食べるアクシデントがあっただば、本来ならば失格だモン。ただ、その味ば本物で、愛が伝わっできただば、審査員たちの協議の結果! 今回ば特例としで審査員特別賞を授与するモン!」
司会者の説明に、わぁぁっと観客たちから歓声が上がる。
審査員の人たちもみんなにっこりと笑みを向けてくださって、私たちは素直に表彰状と記念品を受け取った。
あれだけコンテストで騒いでおいて失格にならなかったのだから、本当にその味は世界一だったんだろう。
粋なはからいに感謝して、あたたかく受け入れてくれた観客の人たちにも改めて頭を下げる。
「……アオ、私たち、特別賞をもらったよ」
私はもらった表彰状を自らの胸元に抱きしめる。ネクターさんと、私と、そしてアオの二人と一匹で勝ち取った特別賞だ。
それ以上は、何もいらなかった。
「アオ、今まで本当にありがとう」
お別れは笑顔で。
私の中で生き続けるアオに向かってお礼を述べれば、遠く、空の向こうから「ぴぇ!」とアオの鳴き声が聞こえた気がした。




