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おかわり! ~お屋敷を追放されたかわいそうな私と料理長は異世界を食べ歩きます!~  作者: 安井優
3品目 ベ・ゲタルと新たな挑戦

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112/305

112.命をつなぐ、これからも(2)

 アオが、ぴぇ、と鳴いた気がした。

 ありがとう、と聞こえたような。私がそう思いたいだけだろうか。


 小さな一口を切り分けて、その命を口へと運ぶ。

 今まで食べてきたどのお料理よりも慎重に、丁寧に――


 命をいただく。それで、私たちは生きている。

 その意味まできちんと()みしめるために、私は一口を咀嚼(そしゃく)する。

 出来る限りゆっくりと。


 じゅわぁっとあふれ出した肉汁は、濃厚でコクがあり、まろやかな甘みを感じる。とろけるような食感が舌の上で絡みつき、やわらかな肉質と相まって、口の中で一瞬にして溶けてしまうんじゃないかと錯覚させた。


 けれど、お肉を()みしめればわかる。爽やかな柑橘(かんきつ)の香りと、草の青臭さがふわりと口内を駆け抜け、さっぱりとその肉汁を包み込んだかと思えば、ピリリとスパイスが味を締める。


 不思議なほどに複雑な味がする。

 奥が深くて、まるでアオと共に過ごしたベ・ゲタルでの記憶を追体験しているかのようだ。


 スパイスの辛みが食欲を刺激したかと思えば、優しい甘みとお肉本来に刻み込まれた塩味、豪快な大味がぶわりと満ちて、再び、肉汁のなめらかで上質な(あぶら)と旨みが押し寄せる。

 最後に花のような優しい香りが広がり、まるで夢でも見ていたかのように、しゅわっとはじけて消えてしまった。


 とても一口とは思えない、長い余韻。


 私がゴクン、と最後の肉汁を飲み干すと、何百人もの人が集まっているとは思えないほどの静寂が訪れる。

 音を立てないようにフォークとナイフを置いて、ふぅと息を吐けば、代わりにみんなが息を飲んだ。


「……アオ、ありがとう。世界で一番おいしい、セージワームだった、よ……」

 泣かないつもりだったのに。

 最後までがまんして、笑顔で「おいしかったよ」って、「おかわり!」って言ってやるつもりだったのに。


 ボロボロと涙がこぼれて止まらない。

 アオはたしかに、世界で一番おいしいセージワームで、私は、世界で一番幸せ者だ。


 止まらない涙を必死にぬぐっていると、頭上にふわりと影が落ちて、それから優しく抱きしめられる。

 ネクターさんだ。トントン、と背中を撫でる手が優しくて、私は声を上げて泣いた。


「アオと、もっと一緒にいたかったよぉ……! ずっと、ずっと、一緒にいて、もっとたくさんの国を旅したかった!」

 ネクターさんの服が涙でぐしゃぐしゃになってしまうのも、かまっていられなくて。

 ただ、ネクターさんの優しい腕に甘えるしかできない。


「アオは、お嬢さまの中で生き続けます。これからも、ずっと。それに……」

 ネクターさんはにっこりと微笑んで、私の手を引く。

「見てください。アオは世界で一番おいしいセージワームだと、これから、たくさんの人が覚えていてくださいますよ。その瞬間を見届けなくては」


 ステージの端に私を立たせると、ネクターさんは目で司会者へ合図する。

 感動ムードはそのままに、司会者の人と給仕係の人は手早く審査員へとセージワームを配っていった。


 審査員の人たちは、私に気を遣いながらも一口。

 みな、それぞれにゆっくりと噛みしめて――十人十色、喜びと驚きを表現した。

 立ち上がっておかわりをしようとする人。それを制する人。観客をあおるように見せびらかす人。涙を流す人。満面の笑みを浮かべる人。


「これは素晴らしい評価だモン‼」

 司会者の声が響く。

「かつで、こんなにも多ぐの審査員たちをここまでさせだセージワームばいながっだでしょう!」


 その大きな声が再び観客の人々を沸かせた。わぁぁっと大きな声が響いて、アオを食べたいとコールが始まる。

 もちろん、全員にいきわたるほどの量はない。審査員たちはどこか優越感にも満ちた表情で「うまい」「うまい」と頬張っている。


「……っ!」

 私の心が震える。また泣きそうになってしまった私に、ネクターさんがふっと笑みを浮かべた。


「……ほら。言った通りでしょう? アオは、みんなの心の中にも生き続けますよ。世界で一番おいしいセージワームとして。アオも誇らしいでしょうね。もちろん、僕も」


 ネクターさんは、大乱闘が巻き起こる審査員たちの間をひょいと(くぐ)り抜けて、手早く二口分カットすると、何食わぬ顔でステージの端へと戻ってきた。


「おかわり、するのでしょう? アオの命を、一緒にいただきましょう」


 ネクターさんは、二度目となるお祈りを捧げるように目を伏せる。

 お皿とカトラリーを持っているから、両手はふさがっているけれど。


 私たちがそっとステージから下りて、二口目を頬張(ほおば)ろうとした時

「ほら、お姉さんにも一口っでね!」

 と駆け付けたオリビアさんが二ッと笑った。


「ウチば許可しただば、二人ば食べれたんよ? ウチにも報酬ば欲しいモン」

「……確かに」

 ネクターさんは呆れたように笑って、自らのお皿を差し出す。


「ネクターさん?」

「僕は結構です。十分、味わいましたしね」

 オリビアさんは「それじゃ遠慮なぐ」とネクターさんのお皿をひょいと取り上げて、ぱくりと一口。


「ん⁉」

 驚いたように目を丸くしたオリビアさんは、次の瞬間には私の両手をお皿越しに握り締めた。

「どうやって育てだら、こんな味に⁉」


 セージワームのことは、いまだよく分かっていないことが多い。コンテストは、学術的な意味でも貴重な場でもあったはず。

 オリビアさんの瞳は、セージワームの謎を解き明かすヒントを得ようと期待に満ちている。


「……な、長くなるので、また今度、お話します」

「わがっだ! 本当に! 世界で一番おいしいセージワームだば、ウチもこんなセージワームば育てられるように、二人ば見習っていかないがんね!」


 オリビアさんは満面の笑みを浮かべて、「あぁ、そうだ!」と声を上げる。

「この騒ぎば、なんとかせんといがんのよ! 焚きつげだのはウチだば、なんとか収拾つけでごいって、上司にも言われでステージまで来たんだったがや! ちょっど、行っでぐるから、二人ば帰らんで待ってでね!」

 拡声器を片手に、オリビアさんはステージへと駆けあがっていった。


 セージワームコンテストも終盤。

 私たちと、アオの登場によって波乱をうんだコンテストは、その後、オリビアさんや司会者さんたちの一生懸命な対応によって、幕を下ろそうとしていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アオちゃんは世界一のセージワームに、なったんですねッ! 二人と一匹で旅したことが、一緒に食べた全てが、あの一口に凝縮されてて……フランちゃん、今は、泣いて良いんだよ……ッ! 。・゜・(ノД…
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