110.アオからのキスでお別れを
参加者のセージワームにはそれぞれの番号がふられている。コンテストは、その番号順に調理され、ベ・ゲタル国立公園レストランの料理長をはじめとして、専門家や批評家の人たちによって食べ進められていくらしい。
当然参加者の数は多く、後になればなるほど審査員たちのおなかもいっぱいになってしまう。そうなれば妥当な評価も難しくなるから、ということで、審査員の数も想像以上。
本当にそんなので判断できるの? と言いたくなるような量をみんなで分け合って食べ、それぞれが点数をつけていくらしい。
ズラリと横一列に並んだテーブル。着席する審査員の前に、お皿が並べられていく。
不正を防止するためか、セージワームはステージの中央、観客からも見える位置に一度置かれてから、レストランの従業員さんの手によって小さく切り分けられる。
それが、審査員の前のお皿に盛りつけられるのだ。
ちなみに、全てを切り分けるわけではない。半分ほどを切り分けて、後はステージの中央に置いておくのだ。
残ったセージワームは、もっと食べたいと思った審査員が好き好きに取っていく。
観客側に、おいしさを伝えやすくするために「わざと」そうしているのだ。
なんとも不思議な光景だけれど、実際に始まってみるとそれが意外にも盛り上がる。
「もう一口食べたい!」
「ダメですよ! これば俺のモンだば、おまんはあっぢの!」
「ずるいですわ! ウチもそのセージワームば気に入ったんに!」
各人の好みもあって、とにかく審査員がステージの上で大乱闘を繰り広げるのだ。特においしいセージワームの時は、良い大人が寄ってたかってその一口を取り合うものだから、何を見せられているのか、とつい笑ってしまうような光景が広がったりする。
アオの順番は最後の方。
どんどんと発表されていく点数に、参加者たちも一喜一憂だ。
私とネクターさんは、優勝したいだなんて思いよりも、アオとお別れが近づいてきている、という寂しさばかりが募って、それどころじゃないけれど。
「ど、どうしましょう……。もうすぐでアオの順番が……」
「おおおお、お嬢さま! お、落ち着いてください! ア、アオも、覚悟は決まっていて……」
ネクターさんも落ち着いてください、とは言えず、私は手のひらでゴロゴロと落ち着きはなっているアオの体をそっと撫でてやる。
「アオ……」
「ぴぇ?」
とても最後のお別れとは思えないというか……。なんでアオはこんなにぽやっとしているのだろう。今から食べられるのは君なんだぞ。
でも。
「ぴぇ、ぴぇぇ。ぴぇ、ぴぇ、ぴぇ」
アオはいつもよりも長く鳴き声を発して、体をくねらせる。私たちに何かを伝えたいみたいだ。
「ア、アオ?」
「ぴぇ! ぴぇぴぇ、ぴぇぇ」
何を言っているのかさっぱり分からないのがこんなにも悔しいなんて! セージワーム大図鑑にも、鳴き声の意味は書いていなかった。
「ぴぇ! ぴぇ!」
ぴょこぴょこと一生懸命に体をくねらせて、手のひらで飛び跳ねるアオ。
「次、八十番から百番までの方~! こちらへどうぞ!」
「あっ……」
アオの順番は九十八番。ついにこの時が来てしまった。
「ぴぇぇ! ぴぇ! ぴぇ!」
「アオ……!」
よくは分からないけど、多分、今までありがとう、とか、またね、とか、そんな感じのことを言ってくれている気がする。
アオのことだからもしかしたら、優勝してきてやるぜ、とか、おなかすいた、とかかもしれないけど。
ここから先は厨房で調理されるため、アオとはお別れになる。次に会うのは、完全に食材となって、ステージの上に現れる時だけだ。
私は、そんな風になったアオの姿を見ていられるだろうか。
「アオ……」
泣いちゃだめだ。アオだって、こんなに元気なんだから!
「ぴぇ! ぴぇぴぇ! ぴぇぇ!」
アオからも、大丈夫だから泣くな、と言われている気がする。
「アオ、頑張ってきてくださいね……。僕らは、アオのことを応援しておりますからね!」
ネクターさんも強く――といっても、アオが苦しまない程度に――アオを撫でて、ズビリと鼻を鳴らした。
ネクターさんも泣くのを我慢しているみたいだ。きっと、アオの声が私と同じように聞こえているのだろう。
今から戦場に立つアオが弱音も吐かずに、こうして元気に、誇らしげにしているのだ。見送る私たちが泣く権利なんてない。
「……アオ。ずっと、ずっと、アオのことは、忘れないからね」
私も最後のお別れを告げる。
「ぴぇ!」
任せとけ。
そう言わんばかりのアオは、ビシリと体を持ち上げて私の頬にそっと触れた。
ちゅっと軽い音が聞こえたような気がして、私は思わず目を見開く。
「アオ……っ⁉」
「ぴぇ!」
なんてかっこいいんだ、アオ。性別なんて分からなかったけれど、もしかして、超イケメンだったの⁉
心配すんなよ。そんな風に言っている気がする。
そのままのそのそと私の手のひらを移動して、ネクターさんの方へと近寄ったアオは
「ぴぇ」
と一鳴き。私がネクターさんの顔の近くまでアオを持っていってやると、ネクターさんの頬にも同じようにキスをした。多分。
「……ぴぇ。ぴぇ、ぴぇ」
世話になったな、ありがとう。
そんな風に聞こえるのは、私だけではないはずだ。現に、ネクターさんの瞳にたまった涙が今にも決壊しそう。
「九十八番さん~! いらっしゃいますかぁ!」
「あ、ここです! すみません!」
アオを呼ぶ係員さんの声が聞こえて、私たちは受付へと向かう。
「はい、それではこちらでお預かりするモン」
アオを手渡すと、係員さんはにっこりと笑みを浮かべて、丁寧にアオをトレイの上へとのせた。
「アオ! 絶対絶対、アオのことは忘れないからね!」
「アオ! おいしく食べてもらうんですよ!」
私とネクターさんが手を振ると、アオが体をくねくねと左右に振る。
「ぴぇ! ぴぇ!」
今までより一段と大きな声は、周囲の人たちの視線を集めるくらいだった。
係員さんと共に、厨房へと去っていくアオの姿を見えなくなるまで見送る。
私とネクターさんは、アオの最後の姿を目に焼き付けるため、すぐさまステージの方へと駆け寄った。