11.お目覚めすっきり! 朝ごはん(1)
「りょーりちょーっ‼」
もう我慢できない! と料理長のお布団をガバリとはぎ取る。同時、お布団の下から現れた天使のごとき横顔が美しくゆがむ。
「……ん、んぅ」
二度、三度。夢と現実をいったりきたり。サラサラのブロンドヘアの隙間から、とろけるようなアンバーの瞳がゆるりと開かれる。
「……ん?」
「おはようございます、料理長!」
ネガティブではあるものの、昨日はしっかりしているように見えた料理長にも、案外かわいいところがあるんですね。
「お、嬢さ、ま……?」
「はい! 料理長の専属お嬢さま、フラン・テオブロマですっ!」
「っ⁉」
料理長はようやく状況を飲み込んだのか、あたふたと猛スピードでベッドから飛び起きる。
正面から顔を覗き込むと、目の下にうっすらと隈が出来ていた。
昨日、あんまり眠れなかったのかな?
確かに、おうちで使っていたベッドや枕とは全然感触が違って、しばらくは私も落ち着かなかったけれど。
私はあんまりそういうのが気にならないからか、気づいたらぐっすりお休みしていた。
「あんまり眠れなかったんですか?」
「え、えぇ……。その、はい。ですが、すっかり目が覚めましたので、お気遣いなく」
料理長は寝起きを見られたくないのか、顔を右手で覆う。それから、サイドテーブルの上を空いた左手で何やらゴソゴソ。
しばらくして「そうでした」と小さくため息を吐く。
「どうかしたんですか?」
「いえ。普段はコンタクトなのですが、寝る前に外してしまったので。ついメガネを探してしまいました」
「メガネはどうしたんですか?」
「荷物はすべて、お屋敷に置いてきてしまいましたので」
「え⁉ なんにも見えないってこと⁉」
「少しお嬢さまの顔がぼやける程度ですが……。何かあってからでは遅いので、すみませんが、今日はガラスギルドへ行ってもかまいませんでしょうか」
ほとんど手で隠れていて表情は見えないが、その手の下は、しゅんとしょげているのだろう。
断る理由もないので「もちろん」とうなずく。
「とりあえず、大丈夫なら朝ごはんを食べに行きませんか? おなかペコペコで!」
「昨日あんなに食べたのに」
「そんなの、寝てるうちに消化されちゃいますよ!」
私の言葉に、料理長は驚いたような反応を見せたけれど、それ以上は何も言わなかった。
むしろ、ようやく頭が追い付いてきたのだろう。
「……支度をしてまいります。お待たせして本当に申し訳ありません!」
バタバタと洗面所へ駆け込んでいった。
数分とたたぬうち、昨日のコックコートに身を包み、イケメン全開でピシリと整った料理長が現れる。
朝日くらい眩しくて、今度は私が「うっ」と顔を覆った。
「申し訳ありません、お嬢さま! 朝食へ行きましょう」
「気にしないでください。どうせ大した用事だってないんですし、料理長だってお疲れだと思いますから!」
「いえ。本当に従者として、初日からこのような体たらく。クビにされてもおかしくはありません」
「反省してます?」
「それはもう」
「じゃあ、どんなことでもします?」
「もちろんです。お嬢さまがお望みとあらば、この命を捧げてでも」
「ちょちょちょ! 重いですって! 激重すぎてびびり散らかしてますよ⁉ 料理長、命何個あっても足りないじゃないですか!」
さすがにネガティブが過ぎる。こんなことになるなら、ちょっとからかってやろう、なんて思うんじゃなかった。
神様、ごめんなさい。私が悪かったです。許してください。
とにかく、この超ネガティブ料理長をなんとかしようと、用意していたお願い事を早めに彼へと突きつける。
「朝ごはんに出てきたお料理のこと、また教えてください! それで十分ですから!」
料理長は「ですが」とやっぱり食い下がったが、
「お嬢さま命令です! これ以上は受け付けません!」
私が伝家の宝刀を振り回せば、彼もしゅんと大人しく引き下がった。
宿の一階へと降りると、食堂の方向から良い香りが漂ってくる。
隣で朝からふさぎ込んでいた料理長も、その匂いでようやく顔を上げた。
食堂はすでに何人かのお客さんがゆっくりと朝食を楽しんでいた。
宿のお姉さんが席に案内してくれる。
「こちらがモーニングのメニューです。お飲み物は、奥のカウンターからご自由にお取りください。パンとサラダ、スープはおかわり自由です。お気軽にお申し付けください」
「先にドリンクをいただいても? 注文は決まり次第、お声かけさせていただきますので」
「もちろんです。メインメニューはそちらからお選びください。パンやサラダは、順にお持ちいたします。お決まりになりましたら、お申し付けくださいませ」
お姉さんにニコリと微笑まれ、私もつられて「ありがとうございます」と笑う。
お姉さんが去っていくと、料理長が私の方へとメニューを差し出した。
「選んでいてください。お飲み物をお持ちしますから」
「料理長は良いんですか?」
「えぇ、もう決まりましたから。何か飲みたい物はございますか?」
「んーっと……じゃあ、オレンのジュースで」
「かしこまりました」
料理長は、先ほどのお姉さんと同様、洗練された動きで飲み物が並ぶカウンターの方へ向かう。
コックコートだから、なんだか本当に従業員さんみたい。
っていうか、料理長がメニューを見ていたのはほんの少しの間だけ。それなのにもう決まったなんて。
メインだけだというのに、メニューにはたくさんの写真が並んでいる。
こんなの、私なら絶対に迷っちゃうけど……。
「コカトリスのソテーも良いし、季節のお魚のクリーム煮もおいしそう。グラタン、オムレツ、唐揚げ……あ、パスタも……」
メニューを上から下へ。右から左へ。何度も往復して、でもやっぱり決まらない。
だって、どれもおいしそうなんだもん!
「うぅ」とうなり声をあげると、「大丈夫ですか?」と頭上から声がかかった。
「料理長、おかえりなさい! ジュース、ありがとうございます!」
「どういたしまして。それより、メニューの方はいかがです?」
「全部おいしそうすぎて! 決められません!」
「なるほど」
「ちなみに、料理長はどれを食べるんですか?」
「オムレツをいただこうかと思っていますが」
「オムレツもいいですよね~! この写真だと、いっぱいお野菜も入ってそうだし……」
でもなぁ、とメニューとにらめっこしていると、料理長がフッと笑った気配がする。
「ゆっくり選んでください。時間はたくさんありますから」
穏やかな朝。太陽みたいに輝く料理長の笑顔は、やっぱり眩しかった。




