109.始まりの鐘、高らかに
ベ・ゲタル国立公園レストラン内部にカランカランと鳴り響いた鐘。
私とネクターさんは顔を見合わせて、ゴクンと唾を飲む。
結局、アオ自身が「コンテストに参加する」ことを希望した。
アオが私たちの言葉を理解していない、とは思えない。何度たずねても、日を分けて聞いても、アオは「ぴぇ」と鳴いて、参加状の方へとすり寄っていくのだ。
まるで「私たちに食べられたい」とでも言うように。
それどころか「任せてくれ」と言わんばかりに体を持ち上げて、誇らしげに「ぴぇ!」と強く鳴く様は、コンテストで優勝する気満々に見えた。
そんなわけで私たちは、コンテストに参加することにしたのだけれど――
「胃が痛いです……」
「お嬢さま、お気をしっかり……。しょ、正直、僕も……胃が……」
私たちの顔は真っ青だ。
本日の主役であるアオは今から調理されてしまうというのに、なぜかどっしりと構えている。先ほどから元気よく鳴き、周囲のセージワームたちを威嚇しているのでは、と思うほど。
「……本当に、これでお別れなんですよね……」
私たちのしんみりモードを励ますかのごとく、アオが再び「ぴぇ!」と鳴いた。
大丈夫。ずっと二人の側にいるよ。なんだかそう言っている気がする。
「フラン!」
たくさんの人でごった返すコンテスト会場で、聞き覚えのある声に呼ばれる。振り返ると、ビットン農園で出会ったモカさんとコナさんが大きく手を振っていた。
「久しぶりだモン! 元気ぃ?」
言いながらビットンの袋を差し出して、
「会えだら渡そうと思っとっただば、会えでよがった!」
と私の両手をブンブン握りしめる。
「……って、全然元気ばなさそうね! なんしだの?」
「あ、えっと……。その、アオと、これでお別れなんだって思うと……」
私の言葉に、二人は「「あぁ~」」と納得したようにうなずく。
「わがるわぁ!あだす達も最初ばそうだったモン!」
「ねぇ! やっぱりセージワームばめんこいがらね」
二人にもどうやら身に覚えがあるらしい。
「お二人は、寂しくないんですか?」
「寂しぐねえって言ったら嘘になるけど……セージワームば、食べるために育てとるし」
「あだす達ば食べてやらんと、セージワームもかわいそうがや。どうせ死ぬなら、誰かの役に立ってから死にてぇって思うのは、人間もセージワームも一緒だモン」
それに、と二人は付け加える。
「ビットンも同じだば、セージワームだけかわいそうってのも変がや?」
「そうそう。ビットンだって愛情もって育てとるけど、別にかわいそうば思わんモンで。セージワームと何が違うんよって、思いよったんよ」
「……そういう、ものですか」
「それに、どうせそのセージワームもコンテストば参加するって言ったんじゃなか?」
まるで私たちを見透かしたように、二人は私の胸元で鳴いているアオを指さす。
「その子、早く自分の活躍ば見て欲しいって誰よりも張り切っとるように見えるがや」
「優勝候補って感じ? あだす達も負けてられんね」
クスクスと笑う二人に、アオが「そうだ」と言わんばかりに「ぴぇ!」と元気な返事を一つ。それを聞いた二人はますます笑みを深めて「「ほら」」と声をそろえた。
「ここまで来だら、あだす達が出来るのは、育てたセージワームば信じて応援してあげることよ」
「そうだモン。悲しいお別れじゃなくて、セージワームのおいしさば感謝して、笑顔でお別れするのが一番がや」
わしゃわしゃと私の頭を撫でて、二人は「それじゃ、まだね」と他の人たちのもとへかけていく。
なんだか少し励まされてしまったような……。言いくるめられてしまったような……。
それから、私たちのもとには何人かの知り合いの人が声をかけにきてくれた。
セージワーム大図鑑を買った本屋さんの店員さんや、最初にお洋服を買った洋服屋さんの店員さん、バスケットの編み方を教えてくださった先生などなど。
「フラン! お兄さん! よう来でくれだねぇ!」
もちろん、オリビアさんもだ。
オリビアさんはコンテストの運営側だから、あんまりゆっくりはしていられないみたいだけど、私たちの姿を見つけて声をかけてきてくれたみたい。
「セージワームばどうやった?」
オリビアさんの優しい笑みに、私は思わず涙腺が緩みそうになって
「オリビアさん!」
とオリビアさんに抱き着く。
「わぁ⁉ びっくりしだぁ、なんしだの⁉」
「や、やっぱり寂しいです~! アオとここでお別れだなんて……!」
「あっはっは、なるほどぉ。その気持ち、ようわがるわぁ。それにしでも、あんなに怖がっとったんに、アンタもすっかりベ・ゲタルの人やねぇ!」
よしよし、と頭を撫でられる。その手のぬくもりに、泣いてしまいそうになるのをぐっとこらえた。
笑顔でお別れするんだって、さっきモカさん達に教えてもらったから。
「セージワームば、不思議な生き物でねぇ。昔っからベ・ゲタルじゃあ、そのセージワームがどれだけ幸せやっだか、食べればわかるって言うんよ。飼い主の幸せはセージワームではかれ、なんて言葉もあるがや」
オリビアさんはそっと私の肩を両手でつかんで、私を引き離すと、その綺麗な瞳をやわらかに細めた。
「セージワームにとって、このコンテストば出場できるのは名誉なことだと、ウチは思っとるよ。人間のエゴかもしらんだば、一概には言えんけど……。それでも、今まで見て来て、セージワームもちょっと嬉しそうに見えるがや。そうやと思っとるモン」
オリビアさんは私が抱えていたおうちからひょこりと顔をのぞかせていたアオにパチンとウィンクを飛ばして、「ね?」とアオに問いかける。
「ぴぇっ!」
やっぱりいつもよりどこか誇らしげに体を持ち上げたアオの鳴き声に、オリビアさんは口角を上げた。
「ほら。セージワームの方が、準備万端みだい。ウチらを感動させる気満々だモン」
「……お嬢さま、僕らの方が覚悟を決めないといけないみたいですね」
ネクターさんは、今にも泣きそうな顔でアオを見つめる。
「そういうこど。さ、そろそろ始まるがや。準備はいい?」
オリビアさんに頬をつままれた私が「んひゃい」と渋々返事をすると、彼女は声を上げて笑った。
「それじゃ、セージワームコンテストの始まりだモン!」
オリビアさんの声と共に、再び会場にカランカランと鐘が鳴った。




