106.ひんやり幸せ詰め合わせ
いざ、実食!
ネクターさんから一口目を食べる権利を譲ってもらった私は、マンドラゴラのシャーベットにスプーンを差し込む。
淡いクリーム色をしたシャーベットを口元へと運ぶと、爽やかな甘酸っぱい香りがする。
「世界で一番甘くておいしい」なんて噂されていたから、もっと濃厚な蜜のような香りがするのかと思っていたけれど、案外さっぱりとしている。
「いきます……!」
昔からの憧れだったマンドラゴラ。ついに食べられる日が来るなんて……!
感慨と一緒にスプーンを口に運ぶ。
「ん!」
シャーベットがしゅわっとはじけるように溶ける。驚く暇もないほど一瞬にして食感が消えたかと思えば、少し遅れてしっかりとした甘みと程よい酸味が口いっぱいに広がった。
熟したリンゴでも、これほど甘いものはない。さっぱりと、けれど味わい深いマンドラゴラの蜜の味は、口当たりのなめらかさを想像させるほどだ。
後味はくどくなく、みずみずしさがある。酸味が爽やかで食べやすいことも「世界一甘くておいしい」と言われる理由の一つかもしれない。
「これは無限に食べられます……!」
しゅわしゅわと小さな泡がはじけるような独特の食感も面白いし、シャーベットのシャリシャリとした細かな氷の食感と相まって、余計にその味の濃厚さを際立たせている。
「最高……」
思わずうっとりと目を閉じれば、隣でクスクスと笑う声がする。
「本当にお嬢さまは、おいしそうに食べられますね」
「はっ! ごめんなさい! 食べ過ぎちゃうところでした! ネクターさんもどうぞ!」
「ありがとうございます」
「あ、そうだ! アオも。はい、どうぞ」
アオの分をほんの少しだけスプーンにすくって、カップはネクターさんへ。
ネクターさんは、やっぱり言葉少なに一口を黙って味わっていた。アオは、そんな彼とは対照的に「ぴぇぇ~!」と大喜びだ。
「他の味もどうぞ」
再び手元へと戻ってきたカップ。ネクターさんの優しさに感謝しつつ、マンドラゴラのシャーベットの奥に隠れている、マンゴーヨーグルトのアイスへとスプーンを差し込む。
こちらは、マンゴーとヨーグルトの色合いが混ざった見た目もかわいらしいアイスだ。
さきほどのシャーベットに比べると、少しだけ粘り気があって、たっぷりとミルクが使われていることが分かる。
ベ・ゲタルでは、チーズが比較的高級品だって、ネクターさんは言っていたけれど。もしかして、ミルクが高いんじゃないだろうか。乳製品全般はシュテープに比べても少し高価な気がするし。
……もっと大事に味わって食べなくちゃ。
ネクターさんが選んだ味だから、と先ほどよりも小さめの一口にして、私はアイスを放り込む。
ふわりとヨーグルト独特の甘酸っぱい香りに、自然と口角が上がってしまった。
「んふ~! これもおいしいです!」
マンドラゴラとはまた違うマンゴーの濃厚な甘みと、ヨーグルトのコクとまろやかさが満足感をもたらしてくれる。
「やっぱり暑い日に食べるアイスは最高です! 口の中がひんやりして幸せ……」
「お嬢さまは、冬に食べるアイスもお好きそうですが」
「寒い日に、あったかいお部屋で食べるアイスももちろん好きです!」
「先に、花のアイスも食べていただいてかまいませんよ」
ネクターさんにカップを渡そうとしたら、イケメンスマイルで続きを促されてしまった。
「お嬢さまの感想を聞いてから食べる方が、おいしく感じる気がするんです」
くっ! なんてイケメンなんだ!
「あ、ありがとうございます……」
ネクターさんのためにも、何か良いことを言わなくちゃいけない気がする。
とはいえ、私もお花のアイスは全くの未知数だ。味の想像もつかないし、頼んではみたものの、マンドラゴラとマンゴーヨーグルトの後では物足りないかもしれない。
「いきます!」
マンゴーヨーグルトの時以上にもったりとした感覚がスプーンを通じて手に伝わる。
口元へ近づけると、ふわりと優しいお花の香りとバニラの香りが混ざって、なんだか贅沢な気分。
ちょっと高級感があって、少し大人になれたような……。
香りを堪能しながら口に運ぶ。
「ん! んん……? あ、わ……! あま……!」
香り以上に、しっかりと甘くて濃厚な味になっていて、私は思わず目を見開いた。
「甘いのですか?」
「バニラと……ハチミツ? みたいな! すっごくしっかりした深い甘みが! あ! しかもこのお花の香りが口いっぱいに広がって……! まるでお花になった気分です‼」
自然と笑みがこぼれちゃう甘さ。お花の香りも素敵すぎる!
「んん~! 濃厚です! これはおいしいです! マンドラゴラとマンゴーヨーグルトの後で、物足りないかもって思ってたけど、本当に大満足です‼ バニラの甘みと、お花の蜜みたいな甘みがすっごく良くあってて! しかも、お花の香りが本当に良い香りだから、すごく豪華な感じがします!」
アオがイチオシにしていた味だったけれど、まさか、アオはこれが分かっていたのだろうか。
アオの方を見ると、マンゴーヨーグルトのアイスを食べ終えてウキウキとダンスをしているところで――なんだか毒気を抜かれてしまった。
「アオ、おすすめしてくれてありがとう」
おいしかったよ、とアオにもスプーンを差し出すと、アオは自らが選んだことを思い出したかのように、ハッとダンスを止めてスプーンへと全力疾走ならぬ全力遅走を始めた。
ネクターさんも、私の感想に満足したのか、今度は素直にカップを受け取った。
「この辺りらしい、良いアイスが食べられましたね」
味というよりも、アイスそのものに対する感想を述べるにとどめて、ちまちまとアイスを食べ進める。
「ぴぇっ! ぴぇっ! ぴぇぇ~~~~!」
ネクターさんの感想を補うようにアオが鳴く。長く一緒にいたけれど、ここまで喜んでいるのは初めてだ。
「ぴぇぇ!」
どう考えても「おかわり!」だろう。
ネクターさんは笑いながらも、自らのスプーンを差し出してアオにおかわりをあげる。
「お嬢さまも、よければどうぞ。僕は元々、おなかもいっぱいであまりたくさんは食べられませんでしたし」
にっこりと微笑む表情からは、遠慮や嘘は感じられない。
半分ほど残ったカップを差し出され、私もアオ同様それを素直に受け取った。
私とアオが交互に「おいしい」と声を上げ、ネクターさんがそれにうなずく。
目の前に広がる海と照り付ける太陽。口に広がる冷たい幸せ。
夏らしい雰囲気も存分に味わった私たちは、大満足でアイスクリーム屋さんを後にした。