105.海辺の町のアイス屋さん
カレーと占いの支払いをすませてお店を出ると、ネクターさんが小さく息を吐いた。
さきほどの占いの結果が気になるのだろう。私とネクターさんのカードは繋がりがあるみたいだし。
「やっぱり、占いは苦手です。なんというか、余命宣告でも受けたような気分で……」
「そ、そこまでですか⁉ ごめんなさい!」
「いえ、お嬢さまは別に悪くありません! むしろ、こういう結果を前向きにとらえられない僕が!」
「そんなことないですよ! ネクターさんだって、苦手なものはあってもいいって言ってたじゃないですか!」
だから土下座はやめてください!
ネクターさんに訴えると、彼は明らかに肩を落としつつ、とぼとぼと歩き始める。
そりゃ、気になることは言われたけれど、決して悪い内容とは限らなかったはずだ。
「二人で向き合えば解決するって言ってましたし! 何かあったら、また、話し合えばいいんです!」
ぽむっと胸をたたけば、ネクターさんは曖昧に微笑むばかり。
「それもそうなんですが……。重要な出会い、というのがどうにも気になって……」
「あぁ! なんだか素敵な出会いがありそうでいいじゃないですか!」
「そうとも捉えられるんですが……。いえ、今はそういうことにしておきましょう」
ネクターさんは、それ以上は考えまいとするようにブンブンと頭を横に振る。
「それよりも、マンドラゴラを扱っているお店を探しましょうか」
無理やりに話題を切り替えるためか、まだご飯を食べ終わったばかりだというのにデザートを探し始めているくらいには重症だけど。ネガティブになるよりはずっといい。
「辛いものを食べたから、甘いものが食べたくなりました!」
これ以上占いの話を続けても良いことはない。私も、ネクターさんの提案に賛成!
二人でキョロキョロとお店を探す。
「少し散歩がてら、花を見て回りながら探しましょう」
「はい!」
*
お花にあふれる鮮やかな町を散策すること約三十分。
細い路地をいくつか曲がって海沿いに出ると、少し町の雰囲気も変わる。人工的な派手さは減って、草花や海といった自然の色彩が目立つようになった。
「あ!」
私はアパートの一階に入っているお店の前で足を止める。
入り口側が全面ガラス張りになっていて中の様子が良く見えるから、自然と目が吸い込まれたのだ。
「アイスクリーム屋さんだぁ!」
一年を通して気温の高いベ・ゲタルは、年中アイスクリームを食べるのかもしれない。
通常シュテープでは閉まっている時期だから、なんとなく嬉しくなってしまう。
「メニューを見てみますか?」
「はい! マンドラゴラ味とかないですかね……」
お店の外に置かれた小さなボードにアイスの種類とカップのサイズなどが書かれている。
バニラにチョコレート、ストロベリー。オレンとか、ビートの味もおいしそうだ。
ここでアイスを食べたら、おなかがいっぱいになるかもしれない。そうなったら、当然、マンドラゴラは食べられない。でも……。
「お嬢さま、こちらに」
悩ましい、と頭を抱えていると、ボードの裏側に回りこんでいたネクターさんが、ちょいちょいと私を手招きする。
呼ばれるがままにボードの裏側を見るとそこには『マンドラゴラシャーベット』の文字が!
「えっ⁉」
「どうやら、期間限定のようです。乾期にしか取れないのかもしれませんね」
ネクターさんは、すでに私が何を言うのか予想出来たのだろう。私が口を動かすよりも早く「入りましょうか」と自動ドアをくぐる。
店内はアイスクリームを扱っているからだろう。ひんやりと空調が効いていて、冷たい風が頬を撫でた。
中のアイスクリームサーバーには、カラフルなアイスのタンクが並んでいる。
そのどれもがすっごくおいしそう! しかも、アイスにチョコレートチップやドライフルーツが混ぜられていて、どれもおしゃれだ!
「かわいいっ! しかも、おいしそうです!」
「本当ですね。マンドラゴラシャーベット以外にも何か頼みますか?」
「はい! トリプルにして、半分こしましょう!」
カップにすれば二人で分けても問題ないだろう。おなかがいっぱいになり過ぎて気持ち悪い、なんてことも回避できるはずだ。
ネクターさんもそれで納得してくれたのか「分かりました」とうなずいて、ショーケースを眺める。
「マンドラゴラのシャーベットは決まりで……後は、一つずつ好きな味を頼めば……」
「決まりました」
「え⁉ 早いです! ちょっと待ってください!」
さすがはネクターさん。尋常じゃない。
「何味にするんですか?」
「僕は、このマンゴーヨーグルトにします」
「ほわぁぁ……それも、良いですね! 最高のチョイスです! それじゃあ、私は……」
ベ・ゲタルのお茶のアイスも気になるけど、王道のチョコレートも良いし……。あ、このベリーとチョコレートのミックスも。
うぅん、と唸りながらずりずりと横へ移動していくと、私の胸元から「ぴぇ!」とアオの声がした。
胸ポケットから、どうやらアイスクリームのショーケースが見えていたみたい。
「ぴぇぇ!」
まるで、これが食べたいとでも言うように、私の目の前にあるアイスに反応している。
「……お花のアイス?」
「ぴぇ!」
それだ! 多分、そう言っているのだろう。最近、アオの言うことがなんとなく分かってきた。
「うん! 確かにこの町にぴったりかも! アオ、これにしよっか!」
「ぴぇぇ~!」
「では、マンドラゴラのシャーベットと、マンゴーヨーグルト、それから花のアイスをお願いします」
ネクターさんがケースごしに店員さんへと注文をすると、店員さんはにこりと笑みを浮かべて手早くアイスをカップにすくっていく。
くるん、と丸められたアイスが、カシャン、とカップに盛られる様子が面白くて、私とアオがべったりとショーケースに張り付いてみていると
「あんまり見られるど、緊張するがや」
と店員さんに苦笑された。ごめんなさい。
「お店の外ば、テラス席があるモンで。今日は天気もええし、良げれば外のテラス席ば使っでください」
お金を払うと、店員さんが外に並べられたテーブル席を指す。
海を見ながらアイスクリームをいただくなんて、なんだか良い気分だ。
「ありがとうございます!」
「食べ終わっだら、ゴミは店内のゴミ箱に捨てでくださいね」
「はい!」
スプーンもしっかり二つもらって、私とネクターさんは早速外のテラス席へと向かった。




