104.店員さんは占い師
辛さにひぃひぃと息を吐き、汗をかき、それでもおいしさに手が止まらず――結局、私はオツカレーを完食し、珈琲に至っては二杯もいただいてしまった。
「本当においしかったです!」
店員さんに頭を下げると「どーも」とそっけない、けれどどこか嬉しそうなトーンの返事が聞こえた。
「お嬢さまは、辛いものも平気なんですね」
「辛くても、おいしかったので! 紅楼も早く行ってみたくなりました!」
「そうですね。お肉料理は紅楼と言うくらいですし……お嬢さまのお好きなお料理がたくさん食べられると思います」
ネクターさんは食後の珈琲をたしなみつつ、小さく微笑む。
落ち着いた店内とネクターさんの姿が絵画を切り取ったみたいで、なんだかベ・ゲタルにいるとは思えない。
このお店の雰囲気が特にそうさせているのだろう。派手な柄も、原色もなくて、占いに使う道具やアンティークな家具が並べられている。
「……そういえば、ここの店員さんって、あんまり訛ってなかったですね」
「言われてみればそうですね。ベ・ゲタルのご出身ではないのかもしれません」
「年も近そうだし。独立して、違う国でお店を出すなんてすごいですよね!」
私なんて、まだまだお母さまたちに甘えて旅をしているだけだ。毎日勉強になることだらけだけど……早く、みんなの役に立てるような商売人になりたいな。
「占い師を詮索するなんて、中々やるね」
「おわぁっ! ご、ごめんなさい!」
「別にいいけど。プレー島群の中のことくらいは、簡単にわかるしね」
いつから聞いていたのか、片づけを終えた店員さんが柱に寄りかかって、こちらにふっと笑みを向ける。
やっぱり、この店員さんは別に愛想が悪いわけではないみたいだ。冷たく感じる物言いだけど、それが彼の自然体なのだろう。
「二人はシュテープから?」
「そうです! 店員さん……えっと、お兄さんは?」
「僕はデシが出身。去年、ベ・ゲタルにきてね。ようやく馴染んできたところ」
店員さんはさらりと身の上を明かすと、胸元のポケットからカードの束を抜き出した。
「君たちは旅をしてるの?」
「そうです! ネクターさんと二人で。武者修行なんです」
「武者修行……なるほど。良いね」
言いながら、取り出したカードの束を器用に両手でかき混ぜていく。
パラパラと音を立てて様々な方向へ移動するカードは、まるで魔法みたいだ。
「それじゃ、旅の行く末を占ってあげようか」
ランチを頼んでくれたから特別料金で、と付け加えた店員さんは、休むことなく手の上でカードを移動させ続ける。
どうしましょうか、とネクターさんの視線が問いかけてくるけれど……。
答えはもちろん決まっている。
「お願いします!」
身を乗り出して答えると、店員さんは「りょーかい」と口元だけで笑って、カードを手早くカウンターに並べた。
整然と、均等に置かれたカードは、淡くて可愛らしいパステルカラーだ。
「デシの国では有名な占いなんだ。タロットみたいなものだと思えばいい」
「それじゃあ、ここからカードを選べばいいんですか?」
「そう。二人とも、二枚ずつ引いてみて」
占いが苦手だ、と言っていたネクターさんは渋々と言った様子でカードを選ぶ。
私は直感で目に付いたものを二枚引いた。
「カードを表に向けて」
店員さんの言葉に従って、私とネクターさんは一枚ずつカードをめくる。
私のカードの表面には、それぞれ、花のイラストと雪のイラスト。ネクターさんのカードには、雨のイラストと星のイラストが描かれている。
「……なるほど。二人で旅をしてるって言ってたよね?」
素直にうなずくと、店員さんは少し目を細めた。
「それは、これからも?」
もちろんだ。こちらも素直にうなずく。
「それじゃ、まずは君から」
店員さんと視線が合う。どうやら私の結果から発表されるらしい。なんとなく緊張して、ぴっと背筋を伸ばす。
「この占いは、直近の未来を占うもの。数日から数週間、長くても数か月以内の話だ。当然、これは占いで当たらないこともある。けれど、もし君が困難に直面したら、アドバイスとして思い出してほしい。いいね?」
「もちろんです!」
「まず、一枚目。花のカード。これは開花、運命が花開く時。近いうちに君の努力が実り、なんらかの成果として形に現れることを表している」
「それって、すっごく良いことじゃないですか!」
「そうだね。でも、油断は禁物。努力を怠らないことが大事だよ」
はい、とうなずくと、店員さんも小さく首を縦に振る。
「それから、二枚目。こっちは雪のカード。凍てつく寒さ、または雪解け。心に孤独が棲みつく日が訪れる。乗り越えられれば、春が来る。冬を越せるかどうかは、君の決断次第」
店員さんはじっとこちらを見つめた後、チラリとネクターさんの方へと視線をやった。
「二人で旅を続けたいと思うなら、熱をかけることだね。向き合うべきだ」
まるで、私とネクターさんの間にこれから冬がやってくるかのようで、少し背筋が冷える。ゴクリと唾を飲み込むと、店員さんはそれ以上何も言わず、ネクターさんの方へと向き直った。
「お兄さんの一枚目は雨のカードだね。雨は、悲しみの訪れ、または恩恵」
「悲しみ……」
「あぁ、気にしすぎないで。隣にいる子が雪のカードだからね。自然なことだ」
今度はチラリとこちらを窺う店員さん。
どうやら、私の雪のカードと関わりがあるみたいだ。
「雨が凍てつく雪となるか、春の雪解けとなり恵みの季節がやってくるか。二人で向き合うことで、おのずと解決できるはず」
ネクターさんは不安げに眉をひそめる。私のカードと合わせても、私たち二人に何か事件が起こりそうな予感がするから、それを心配しているのかもしれない。
店員さんは特に気に留める様子もなく、二枚目のカードを指さした。
「こっちの星のカードが意味するところは、星の巡り、運命に導かれる時。お兄さんにとって、重要な出会いがある。人か、物か、場所か……それは分からないけど、お兄さんにとって、とても大切なことだ」
店員さんの言葉に、ネクターさんはますます深刻な表情でうつむく。
「重要な出会い、ですか」
小さく呟かれたその声から、先ほどよりも雨の気配がした。