102.結ぶべくして現れる
「はい、これ」
手渡されたのは電子ペーパー。半透明のガラスにゆったりと花が舞う。
「タップしたら切り替わるから」
それだけ言うと、ふいと体ごと視線を外して、店員さんは店の奥に消えていく。
馴染みのお客さんはそんな店員さんの態度に苦笑して、
「いづもああだば、気にせんで」
とカレーを頬張った。
私もネクターさんも、ちょっと驚いてはいるけど、嫌な気はしない。
なんというか、あの店員さんにはそういう雰囲気があるというか……あのちょっとダウナーな感じが良く似合っていて、それが少しかっこよくも見えるくらいだ。
「あ、カレー!」
「……おや、占いのメニューもあるのですか」
タップをするたびに切り替わるメニューは三ページしか用意されていないようだった。
食べ物と飲み物のメニューは一枚きりで、後は占いのことが書かれている。外の看板にも占いと書いてあったし、喫茶店は片手間で、ということだろうか。
「ネクターさんは占いって信じる派ですか?」
「いえ、あまり……。そもそも、占い自体少し苦手といいますか……。嫌な予言でもされたらどうしよう、と思ってしまいます」
「なんていうか……ネクターさんらしいですね」
「そうでしょうか? お嬢さまは、占いがお好きそうに見えます」
「はい! もちろん!」
「もちろん……?」
「だって、良いことがあるって言われたら嬉しいし! もし仮に、悪いことが起こるぞって言われても、覚悟出来るじゃないですか! しかも、悪いことが起きても、占いで聞いてたら、やっぱり当たった! って思って逆に嬉しくなるというか」
「……なるほど。それは良いお考えですね。悪いことも、占いが当たったと思えば、良いことに感じられる、というのは」
「占いの全部を信じるわけじゃないですけど、当たるか当たらないか、それを毎日探すのは楽しいです!」
「占いもよう当たるば聞いどるよ。おれぁ、占いば興味ねえモンでやっでもらっだことばなかけど、妻がよう当たるば言っとったモン」
私たちの会話を聞いていたのか、お客さんは笑いながらスプーンを置いた。
お客さんの手元にあったカレーはすっかりなくなっていた。
グラスに入っていたお茶を飲み干すと、お客さんは一息ついて、無造作にカウンターへとお金を置く。
「カレーもうめえし、占いもええ。二人ばここに導かれたんだモン。あいつばそういう力があろうね」
「そういう力?」
「おれぁ、よう知らんがや。んだども、あいつばたまに言いよるモン。こういう縁ば、結ばれる時に来よる、だった……がや?」
「縁は結ぶべくして現れる、だよ。おじさん」
いつから聞いていたのか、いつの間にか店の奥から戻ってきていた店員さんが、柱に寄りかかってお客さんを見つめていた。
「あぁ、んだんだ。ま、おれには分からんだども、これも何かの縁だモン。……っと、そろそろ仕事に戻らんならんがや。まだ来るわ! んじゃ、お二人さん、ゆっぐりしでいっで」
お客さんは片手をあげて颯爽と店を去っていく。
カラカラカラ……。
木々のぶつかる音が再び店に響いたかと思うと、お店は再び静寂に包まれた。
「……で? 決まった?」
「あ、はい! おまかせカレーとサイダーをお願いします!」
「僕もカレーとお茶を」
「りょーかい」
店員さんは、ひょいひょいとカウンターごしにお客さんのお皿を片付けながら、お店の奥へと姿を消す。
今度は数分もしないうちに、サイダーとお茶を持って戻ってきた。
「はい」
「ありがとうございます!」
シュワシュワと音を立てるサイダーは、綺麗な青いグラスの中で淡く輝いている。グラスのフチには輪切りにされたレモンが添えられていておしゃれだ。
ベ・ゲタルの気候とあいまって、なんだか夏らしさを感じさせる。
ちびり。口をつけると、爽やかな酸味と甘みが体に染みわたった。
「さっきの、縁は結ぶべくして現れる、って、なんだかいい言葉ですよね!」
「えぇ。お嬢さまと旅をしてきて、たくさんの方々とお会いしてきましたが……まさに、お嬢さまにぴったりな言葉かと」
「それを言うなら、ネクターさんとこうして旅をしているのだって、何かのご縁ですもんね!」
「……今でも、不思議ですよ。僕は、その……追い出されて当然だと思いますが、まさかお嬢さまと旅に出るだなんて」
ネクターさんが追い出された理由は、いまだによく分からない。私のお付きの人、ということになっているけれど、それならメイド長や執事長の方が良かったはずだし。
料理人として満足のいく料理が出せていなかったから、とネクターさんは言っていたけれど、正直、毎日ネクターさんのご飯を食べていた私には分からなかった。
「ですが、今はその縁に感謝しているのです」
「ほえ?」
「お嬢さまと様々な場所をめぐり、新しいものに出会い……僕も、たくさん勉強させていただいておりますし」
ネクターさんはどこか遠く、懐かしい記憶をたどるように目を細める。
お茶を口へと運ぶ仕草でさえ絵になるイケメンは、落ち着いたこのお店の雰囲気によく馴染んでいた。
でも……そっか。ネクターさん、私との旅も悪くないと思ってくれてるのか。良かった。
シュテープを旅立つ前は、これ以上一緒に旅が出来ないと言われてしまって、どうしようかと思ったけれど。
「私も、ネクターさんと一緒で本当に良かったです!」
「お嬢さまは、ずっとそうおっしゃってくださいますね」
「はい! だって、ネクターさんって優しいし、かしこいし、頼りになるし!」
「お、おやめください! そんな大層なことは!」
ネクターさんの顔が急激に赤く染まっていく。ワタワタと慌てるように両手で顔を覆う仕草は、とても成人男性の……それも、私より十個も年上の大人がやるようなものではない。
イケメンな上にかわいいところがあるなんて、本当に最強なんじゃないですか?
ネガティブすぎて残念だけど……。
この世界の神様はうまくステータスを振り分けて、私たち一人一人の人間を『特別な一人』にしてしまわないように調整してくださっているらしい。
「……のろけは外でやってくれる?」
「ほわっ⁉」
「はい。お待たせ」
いつからそこにいたのか、カウンター越しに頬杖をついている店員さん。
その手元に置かれた二つのカレー皿からは、これでもかと良い香りがただよっていた。




