101.路地裏、占い・シラントロ
展望岬を下って行った先、海の側に小さな町があった。
ネクターさんが言った通り、その町は花にあふれていて、派手だと思っていたベ・ゲタルの中でも最も派手で華やかだ。
真っ赤なハイビスカスや、名前も分からないような鮮やかなブルーの花、ネクターさんが教えてくれた、鳥みたいな形の極楽鳥花というお花など。ド派手なお家の外壁をさらに飾るような花々が、町中のそこかしこにあふれている。
「すごいです……」
「なんというか……ここまで色鮮やかだと、目がチカチカしてしまいますね」
「ぴぇ! ぴぇ!」
色彩の暴力に、アオも興奮が収まらないらしい。
ネクターさんの手の中で、くねくねと体を動かし続けている。
「ベ・ゲタルって、どのお家も色が派手だし、お店を見つけるのが大変ですよね? シュテープみたいなギルド看板とかもないし……。みんな、困らないのかな」
「この辺りの方は慣れていらっしゃるのでしょう。一応、お店は外に看板も出てますし」
その看板も、鮮やかな色彩に埋もれているけれど。
「お昼ご飯を食べられるところもたくさんありそうですが……お嬢さま、何か食べたいものなどございますか?」
「マンドラゴラでお願いします!」
町にマンドラゴラを扱っているお店があることは調査済みだ。私が食い気味に答えると、ネクターさんは苦笑した。
「それはお昼ご飯の後にしましょう。デザートとして」
「うぅん、じゃぁ……ベ・ゲタルの家庭料理って他に何がありますか? 今まで食べてきてないものが良いです!」
「そうですね、家庭料理となると……カレーはいかがでしょう」
「カレー! 大好きです! カレー食べたいです! そういえば、最近全然食べてなかったかも……」
あ、思い出したら口の中がカレー味になってきた。
「でも、カレーってベ・ゲタルの家庭料理なんですか? シュテープでも、よく食べてますよね?」
「元々は、ベ・ゲタルから伝わってきたものですよ。先日、ダールというスープを食べましたよね」
「はい! ピリ辛でおいしかったです!」
答えてから、私は「あれ」と首をかしげる。
そう言えば、ダールってちょっとカレーに似てるかも……。
「……あ、もしかして! ダールがカレーのもとになったお料理ってこと⁉」
「正解です、お嬢さま」
ネクターさんに褒められて、「やった」と小さくガッツポーズする。
どうやら、ベ・ゲタルから伝わって、シュテープ風に定着したのがカレーなのだそうだ。
私たちはたくさんの花に囲まれた海辺の町を楽しみながら、カレーを出していそうなお店を探して歩く。
しばらく歩いているうち、派手な外装が多くても、レストランを探すことは案外簡単だと気づいた。お料理の匂いは海風にのって漂ってくる。
「ん、いい匂い!」
どこからともなく漂ってきたスパイシーな香りが食欲を刺激する。
「近くにカレーを出してるお店がありそうです!」
くんくん、くんくん。鼻を頼りに道を行く。
ネクターさんもまた、その匂いをたどってお店を探しているようだった。
「あれ、かな?」
花壇が立ち並ぶ細い路地の奥、小さな看板を軒先にぶら下げた建物から、確かにカレーの香りがするような……。
路地に入って、お店へ近づく。鉄製の看板は海潮の影響か錆びていて、キィキィと音を立てていた。飾り気のない青銅に彫られたツタのマーク。なんだか、ベ・ゲタルには珍しく、落ち着いた雰囲気だ。
「……あれ?」
これまた控えめに置かれた木製のボードに書かれた文字を見て、私は思わず首をかしげる。
「占い屋さん?」
『占い・シラントロ』
看板の文字には、確かにそう書かれている。その下にも何やらこまごまと書かれているのだけれど、ボードが風化していてうまく読めなかった。
けれど……。お店の正面に来て分かった。
カレーの匂いは、確実にこのお店からだ。
「おや、喫茶店か何かかと思いましたが、違いましたか」
ふむ、とネクターさんも思案顔。
「でも、すっごく良い匂いがしてます! ちょうど、お店の人がお昼の時間だったんですかね?」
諦めるにはおしいほどの良い香り。おなかがすいていることもあるだろうけれど、それを抜きにしても、きっとおいしいカレーなのだろう。
簡単には引き返せず、私は扉の隣に取り付けられたブルーのガラス窓を覗き込んだ。
「……あ!」
「……お食事中のお客さまがいらっしゃいますね」
ネクターさんも気づいたようで、ガラス窓の向こう、カウンターに座っているお客さんの姿が見える。お客さんの手元に置かれた大きなカレーのお皿もしっかりと。
「やっぱり、喫茶店かも!」
「お嬢さま⁉」
善は急げ! ネクターさんの制止も聞かず、私は「えいっ!」とお店の扉を開ける。
ちゃんと営業中の札は出ていたし、仮に占い屋さんだったとしても問題はないだろう。
入ってみればわかることだ。
カラカラカラと乾いた木々のぶつかる音がして、カウンターにいたお客さんがこちらを振り返った。
その奥にいる若い男の人が店員さんかも。まるで珍しいものでも見た、というようにほんの少しの間、動きを止める。
「……いらっしゃい」
一拍遅れて聞こえた静かな声。
あまりの冷淡さに、それが来店を歓迎するものだと気づくのが遅れる。
「あ、えっと! こんにちは!」
「二人?」
「はい! おいしそうなカレーの匂いがしたので……」
私の言葉に、カウンターに腰かけていたお客さんがにっこりと笑った。
「ここのカレーばうまいモン。あんだら、良い店ば見つけだね」
店員さんより愛想のある男の人だ。どうやら馴染みのお客さんらしい。
「好きなところにどーぞ」
ぶっきらぼうながらも、お客さんに褒められて嬉しかったのか、店員さんは目元だけで軽く笑って見せた。
その表情が店員さんの年齢を感じさせる。
私とあんまり変わらないかも?
大人びて見えるけど、多分、それはまとっているアンニュイな雰囲気のせいだ。
陽気で明るいベ・ゲタルでは、少し浮いてみえるような。
――なんだか不思議なお店に迷い込んだかもしれない。
私とネクターさんは互いに顔を見合わせつつ、空いているカウンター席へと腰かけた。




