100.壮大な展望岬
ベ・ゲタルについてから、早くも半月以上が過ぎた。
ついこの間家族になったと思っていたアオとも、出会ってもうすぐ二週間だ。
アオはベ・ゲタルのおいしいものをたくさん食べて、スクスクと元気に成長している。今ではすっかりスーパーで売っているようなソーセージと良い勝負。
今日も、コロコロと気持ちよさそうに車のフロントガラスの前で転がっている。
「晴れて良かったですね!」
「本当に。昨晩のスコールも酷かったですし、また道が封鎖されてしまうのでは、と思いましたが……この辺りは、道がかなり整備されていて安心しました」
「確かに、ベ・ゲタルにしては森っぽくないですよね?」
「ビーチが近いからかもしれませんね。育つ植物の種類も違うでしょうし」
外に広がる景色を見つめながら、ネクターさんは手元のハンドブックに視線を落とした。
今日は、森を抜けた先にある展望岬へと向かっている。なんでもベ・ゲタル一美しい場所だとかで、有名なパワースポットなんだそうだ。
ログハウスからは車で三時間。これまた長旅だが、この先に待つ綺麗な海辺の景色を想像すれば、移動も苦じゃない。
動物を集めるカードゲーム以外にも、たくさんの暇つぶしを買ったし!
「展望岬のあたりは、花が有名なんだそうですよ。珍しい花の魔物もいるんだそうです」
「花の魔物?」
「マンドラゴラはご存じですか?」
「マンドラゴラ!」
その果実は世界で一番甘くておいしい。
シュテープの逸話にも古くから残っている、まさに伝説の魔物だ!
シュテープでは食べられないとお父さまから初めて聞いた時はショックのあまり寝込んでしまいそうだった。
「やっぱりご存じでしたか」
ネクターさんはクスクスと笑う。よほど私の反応が面白かったみたいだ。
「もしかして、食べられるんですか⁉」
「おそらく、ですが」
「やったーっ!」
万歳! 私が両手を挙げて喜ぶと、アオも話を聞いていたのか、それともつられて喜んだのか「ぴぇ!」と鳴き声を上げた。
「ベ・ゲタルでも扱っている店は少ないみたいですから、そのお店が営業していることを祈るしかありませんね」
ネクターさんの一言に、私はすぐさま両手を組んでお祈りを捧げる。
良い子にすると誓います、神様!
「展望岬のあたりは小さな町になっているようですから、そこで探してみましょう。どうせ、お昼もそのあたりで食べる予定でしたし」
「はい! すっごく楽しみです‼」
展望岬ももちろんだけど、今からお昼ご飯やマンドラゴラのことで頭がいっぱいになっちゃう。
今、ベ・ゲタルで一番のお花畑は、私の頭の中に違いない。
ネクターさんがもっているハンドブックを見せてもらったり、ゲームをしたり、おしゃべりをしたり……。
そうこうしているうちに、周りの森はいつの間にかベ・ゲタルには珍しい、開けた平原に変わっていた。
「もうすぐですね」
フロントガラスに映し出されたマップを見つつ、ネクターさんはハンドブックをカバンにしまう。
「あ、ネクターさん! あれ、海ですかね⁉」
窓の向こう、遠くにキラリと光る青色が顔をのぞかせて、私は車の窓を開けた。
ブワリと吹き込んできた風は、潮の匂いが混ざっている。
「うわぁ! すごい眺め!」
遮るものがほとんどない草地。一直線の地平線が見えたかと思うと、その反対側には水平線が広がっているのだ。
こんなに世界って広いんだ!
大地と海が交わるちょうどその真ん中に展望岬があるらしい。
急な坂道を登っていった先は峰のようになっていて、そこだけ切り立った崖になっているのが遠目に分かる。
「確かにあれは、ベ・ゲタル一美しい場所、ですね!」
ロードトリップにもぴったりな眺めと相まって、私とネクターさんの期待が高まっていく。
車は砂埃をまき上げながら、ぐんぐんとその坂道を登っていった。
やがて、パッと目の前が開ける。
「海だぁ!」
かなり高いところまで登ってきたみたい。眼下に広がる一面の青は、どこまでも透き通っていた。
車は、岬のそばの駐車場に入って停車した。
ネクターさんが車のエンジンを切ると同時、私は一目散に展望岬へと駆け出す。
崖の先端に位置した岬は、まさしく展望するに相応しい景色を見せていた。
「すごぉい!」
海から吹き上げる風はあたたかく、崖に打ち付ける波は高い。
海と、空と、陸の、全てが集まった場所のようにも思えて、感嘆のため息が漏れる。
「……これは、すごいですね」
少し遅れてやってきたネクターさんも、私の隣に並ぶと小さく息を漏らした。
海風に舞い上がる髪を撫でつけて、お互いに飽きるまで海を眺める。
空をいく白い鳥はどこまでも高く飛び上がり、アオの鳴き声にもよく似た声で、仲間たちと交流をはかっているようだった。
シュテープの港で見た海とはまた違う、ベ・ゲタルの壮大な海が、私の心も遠くまで連れて行ってくれる気がする。
「ネクターさんと一緒に、この景色が見れて良かったです!」
「……お嬢さまは、またそうやってずるいことをおっしゃる」
肩をすくめて苦笑するネクターさんは「お写真をお撮りしましょう」と片手をこちらへ差し出した。
私はもうすっかり使いなれた魔法のカードを取り出す。
ネクターさんに渡そうとして……私はその手を引っ込めた。
彼はもちろん不思議そうに首をかしげる。
「ネクターさん、一緒にお写真撮りましょう!」
いつも、ネクターさんが撮ってくれるのは嬉しいんだけど。そのせいか、二人での写真があんまりないことに気付いたから、今日はアオも加えてみんなで撮りたい!
私がカードを掲げると、ネクターさんは照れくさそうに頬をかく。
「……よろしいのですか?」
「一緒が良いんです!」
アオをネクターさんの手にのっけて、ほら、と有無を言わせずネクターさんの隣に並ぶ。
写真のボタンを押すと、綺麗な海に良く映えるネクターさんのブロンドの髪が、さらりとなびいた。
パシャリ。
シャッターの音がかろやかに波の音と混ざって消える。
二人と一匹が大きな海の前で笑う写真は、それからしばらく魔法のカードの待ち受け画面になったのだった。