1.かわいい子には旅をさせよ⁉
お手に取ってくださり、ありがとうございます!
ここから、お嬢さまと料理長のちょっと変わった凸凹コンビの異世界食べ歩き旅が始まります!
ぜひぜひ最後まで、お楽しみください*
「フラン、十八才おめでとう。これでお前も立派な大人の仲間入りだ」
「というわけで、あなたにはこのお屋敷から出ていってもらいます」
いつも通りの優しい笑みを浮かべた両親の言葉で、私の十八才のお誕生日は幕を閉じた。
――否。強制的に閉ざされた。
*
「んん~! おいしい……!」
大好きなグリフォンのステーキを口いっぱいに頬張って、私はうっとりと目を細める。
プリッとした歯ごたえのもも肉は、噛めば噛むほどじゅわりと内側から油があふれ、舌の上に濃厚な旨味がまとわりつく。
肉本来の深い大味。それを引き締めるスパイス。ピリッと少しの辛味が鼻を抜け、その後味が次の一口を運ばせる。
ついに解禁されたお酒も最高!
アルコール独特のツンとした香りと、果実の甘みと渋みが混ざった華やかな味が、お肉を引き立てている。
「初めてのお酒はどうだい?」
「最高‼ お父さまがいっぱい飲んじゃう理由が分かっちゃった」
「そうだろう、そうだろう! さすがはフラン! 今日はたくさん飲みなさい」
「飲み過ぎはダメですよ。フランも、今日はそこまでにしておきなさい」
「せっかくのお誕生日なのに!」
「だからよ。お誕生日に辛い思い出を作りたくないでしょう?」
「それはそうだけど……」
「わかったらグラスを置いて」
グラスを置くと、「代わりに」とスイーツがたくさんのったお皿をお母さまが差し出した。
色とりどりのケーキに、美しく形作られたチョコレート。果物がたっぷりとのったパフェ。
「ほわぁぁ! おいしそう!」
もったいなくてお皿に残しておいたステーキの最後のひとかけをぱくり。
いっぱいだったはずのおなかも、あっという間に隙間を空けて「まだ入るぞ」と主張した。
木々が鮮やかに彩られる恵みの秋。
私のお誕生日パーティは和やかに進行していた。
使用人の立場も関係なく、家族みたいに、まだお昼だというのに飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎで……この上なく幸せな時間。
――だった、はずなのだ。
*
いけない。あまりの驚きに、楽しかったさっきまでのことを思い出しちゃった。
もしかして夢かも。頬をつねる。痛い。
シンと静まり返った大広間。みんなの視線は、私たち家族へと向けられている。
当たり前だ。娘の誕生日パーティの最中に、その主役をおうちから追放するなんて前代未聞だもん。
「二人とも、急にどうしちゃったの?」
私、なんかやっちゃいました? へらりと笑って見せても、両親の目は据わっている。
「フラン。これは、僕からの最後の誕生日プレゼントだ」
「そして、こっちは私からの」
私の話ガン無視で、両親はズイと小さな包みを差し出す。
お父さまのプレゼントは両手くらいのサイズだけど、お母さまのプレゼントはもはやお手紙だ。
「受け取ってちょうだい」
そりゃ、もらえるものはもらうけど……。
プレゼントを開けると、お父さまの包みからはポシェットサイズのカバンが、お母さまの封筒からは謎のカードが一枚出てきた。
「なにこれ」
「カバンとカードよ」
「さすがにそれくらいは見ればわかるよ!」
いくら私が世間知らずとはいえ、カバンとカードくらいわかる。両親へじとりと視線を投げると、二人はそっと視線を外した。
あ、こんなことも知らないヤバイ娘だと思ってたな。
「とにかく。フランにはそれをプレゼントします。だから、おうちを出て一人で暮らしてみなさい」
「だから、の使い方変じゃない⁉」
私には全然お話がつながりませんけれども、お母さま⁉
「まったく、フランはにぶちんだなぁ。そんなところもかわいいが」
「にぶちん?」
「鈍感ってことよ。いい? フラン、あなたは仮にもこの家の次期当主です。私たちがいなくなったら、あなたがこの家を継ぐのよ。そのためにはたくさんの知識が必要になる」
きっぱりと断言しつつも、お母さまの瞳には涙がたまっていた。見れば、お父さまも体を震わせている。
何もかもが意味不明。とはいえ、半泣き状態の両親を咎めることは出来ない。
「……だから、おうちを出て色々学びなさい、ってこと?」
「この国のことだけに限らず、周辺の国のことや、人々の暮らし、言葉、文化。そして、テオブロマ家の家業……『貿易』とはなんたるかを学ぶんです」
「いきなりすぎない?」
私の問いに、二人は「私たちもそう思うけれど」とおいおい泣き始める。
二人が悲しいのは分かった。よく分かったけれど……。
このまま「分かりました、さようなら」とはいかない。
カバンと謎のカード一枚でどうやって暮らせというんだ。
「お母さまたちだって、まだまだ元気なんだし」
「今は元気でも、いつかはその時が来る。備えることが大事なんだ」
「フランがかわいいばかりに、つい甘やかしてきましたが、あなたが成人した今! 私たちも断腸の思いで決めたのです!」
強くうなずいた両親は同時に息を吸い込んで、せーの!
「「名付けて、かわいい子には旅をさせよ作戦‼」」
かわいい子には旅をさせよ。
つまり。フランよ、両親の手を離れて勝手に成長しろ。
育児放棄上等な両親にポカンと大口を開けてしまった次の瞬間、お母さまの指パッチン一つでどこからともなく現れたメイドさんが私の両脇を抱えた。
「え、ちょ⁉ え⁉」
「とはいえ、私たちもフラン一人ではさすがに心配です」
そう思うなら早くおろして!
私の抗議も届かず、ズビズビと鼻を鳴らすお父さまがビシリと大広間の後方を指さす。
つい、その指を追ってぐるり。顔の角度を変えると、そこには見目麗しい青年が一人。
あんな人いたっけ……? コックコートだから、料理人さんなんでしょうけど。
「料理長、ネクター・アンブロシア! ただいまより、君をフラン専属の付き人として指名する! というわけで! 君も屋敷からは出て行ってくれたまえ!」
綺麗な顔をぎょっとさせた青年、ネクター・アンブロシア。
朗々と響いたお父さまの声を合図に、彼もまた数人の執事さんに担ぎ上げられた。
そこからはもう一瞬。
私たちを勝手に追放した張本人のくせに、なぜか泣きじゃくる両親と、唖然とする使用人さんたちがだんだんと小さくなっていき――
抗議の声むなしく、私と料理長はそのままお屋敷の外へとポイ。
「お二人の未来に、幸あらんことを」
小さいころからお世話になり続けてきたメイド長と執事長は腰を折り――驚くほど洗練された所作で屋敷の扉を閉めてしまった。
――私、フラン・テオブロマ。
どうやら、お屋敷を追放されてしまったようです。
一話、最後までお読みくださり、本当にありがとうございます!
お屋敷を追放されてしまった二人がこれからどうなってしまうのか⁉ ぜひぜひ、二人の旅をあたたかく見守ってやってくださいませ*
ぜひぜひよろしくお願いいたします!