レオル村の初めての夜
今度はマヤさんが部屋に来て、庭のお風呂に案内してくれた。
レオル村のお風呂は水を節約する意味もあって、代々蒸し風呂なのだそうだ。
蒸し風呂は、熱々の焼いた石に水をかけて、その蒸気で暖まる。蒸し風呂は自分達で何回も用意したことがあるので、私とフィロは手分けして石を運び、火を熾して石を焼いた。
フィロがマヤさんを呼びに行くと、火の番をして一人きりになったところにロステムが来て、私の隣に腰を下ろした。
「さっきのこと、ごめんね。僕が考えなしだった」
「考えすぎてるから、こっちは困ってるんだってば」
ロステムは苦笑した。
「僕、色々考えすぎて、嫌な奴になってる気がする」
「ああ、何だか分かるかも。でも、そんなのどうしようもないよね」
「そうなのかな」
「そんなの直せるんなら、とっくに直せるし。それに、君は嫌な奴には見えないよ」
「嫌な奴だよ。この村の人、僕のこと腫物扱いしてばっかりで、みんな嫌いだよ」
「それって君の病気が原因?」
「そうだよ、前は一緒に遊んでた子たち、僕と遊ばなくなったし。まあ、気持ちは分からないことはないけどね。僕が遊んでる最中に、死なれたら困るだろうし」
「……ロステム」
「そういう子と遊ばせたくないって考えるのも当たり前だと思うし」
ロステムが、ここまで気を遣うのは、伝染する病気の可能性も捨てきれないからだろう。
だけど、こんな子供がここまで気を遣わなければいけない状況というのは、いったい何なのだろう。
「人の気持ちを推し量りすぎると、自分を潰すよ」
「・・・・・・人に迷惑かけるのは怖いな。迷惑かけ続けたら、拒絶されるようになるもの」
「でも、今日会ったおばあさんは、私たちを受け入れてくれた理由は、ロステムを助けてくれたからって言ってたよ」
ロステムはびくっとして顔をあげた。
「拒絶する人ばっかりだって思うのは、考えすぎだと思うな」
自分はどうなんだ、そんな言葉が頭の中に響く。自分はこの子にどの口でそんなことは考えすぎだと言えるのか。
私はかつて、故郷の人たちに迷惑をかけまくって、それが原因で故郷の村を出て行ったのだから。 嘘ではない励ましの言葉を何か、言わなければと思いを巡らせているうちに、ロステムはにこっと笑った。
「ね、やぎ治してる時、笛を吹いてたんでしょ? 小さい子が上手だったって噂してたよ」
「うん、笛が好きなんだ」
「吹いてみてよ」
私は土笛に口をつけて、吹いた。ポーヒュララとフクロウの鳴き声のような音が響く。演奏したのは、母に教わった曲だ。作物の豊穣を願う時に奏でる曲。
ロステムは次々に曲をせがんだ。あまりに熱心に土笛に興味を持つものだから、土笛のつくりかたも教えてやった。
蒸し風呂は最高に気持ちよくて、熱い蒸気にさらされることで、自分の疲れをようやく実感できた。
自室に戻って、マヤさんが私たちのために用意してくれた寝具に倒れ込んだ。
私は布団が嬉しくて、美しい花模様の刺繍が入った寝具をくんくんと匂いを嗅いだ。
フィロはすでに眠ってしまっていた。
フィロは水晶血丹に血を吸われるから、体力の消耗が激しい。
その上、フィロは歩き続けることや賊と戦う時よりも、大勢の大人に囲まれた時のほうが疲弊する。ぼうっとしているように見えて、昼間の知らない大人とのやりとりで、神経をごりごりとすり減らしていたのだ。
屋根のあるところで眠れるのは、とてもありがたい。野宿の時は、危険な動物や賊に襲われないように、一人は見張りで起きていなければいけないから、眠ることは交代でないとできない。
とりあえず、秘密はばれたけど、受け入れてもらえてよかった。
明日からの苦労は、また明日考えよう。