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ルチカとフィロの秘密

 南京虫が原因で肌に湿疹が出て、皮膚をかきむしり、腕を真っ赤にしてしまった女の子。風邪の治りが悪く、鼻水が止まらなくなってしまった男の子。虫に刺されたのであろうか。手の甲に赤子の握り拳大のでき物をこしらえた五歳ほどの男の子を連れた若い母親は今にも泣きだしそうだ。


 幸い、私たちが持参した薬で対処できる症状ばかりだった。

 フィロは、大勢の人に怖がることは織り込み済みなので、症状の聞き取りなどの仕事は最初から振らない。

 私は一人一人の村の人の話の聞き取りをしていって、荷の中から、薬を出して、私に渡すのがフィロの仕事だ。フィロは村の人たちとは目も合わせず、ずっとうつむいているため、何人かの人は怪訝そうにフィロを見るも、薬を受け取ると、ほっとした表情で、礼を言ってくれた。


 子供の具合が悪くなり、仮に何日も臥せることになれば、貴重な労働力が減る。農家では、上の子が下の子の子守をしている場合が多く、上の子が病に倒れれば、母親が下の子を見ることになり、その分の作業が滞ってしまう。

 何よりも、小さな傷や病だと思っていたものがあっという間に、我が子の命を奪うことだって、多々あるのだ。

 子供が育ちきるまでには、そんな局面が数えきれないほどある。だったら、私たちの仕事はそんな局面をひとつでも多く減らすことだ。


 私の後ろに隠れて、黙々と作業しようとするフィロをめざとく子供たちが見つけて、ちょっかいをかけだした。

「君、何でしゃべんないの?」

 子供たちにしつこく聞かれ、フィロは最初は無視していたが、とうとう根負けしたようにぼそっと呟いた。

「うるせー」

 子供たちは、鈴が鳴るように笑った。

「しゃべれるじゃん」

「うるせー、クソガキ」

「こら、フィロ!」

 口のきき方を知らないフィロにひやひやするものの、子供たちは一層面白がった。

「うるせー、クソガキ」

「うるせー、クソガキ」

 フィロの口まねをして、けらけら笑い出した。フィロは居心地悪そうにしながらも手はちゃんと動かしている。そう、そしてフィロは今まで応対した人々の症状やその症状に合わせて出した薬の数々をすべて記憶している。後に全てを書き出して記録するのだ。症状の聞き取りや応対はできないが、このフィロの特技だけはとうてい適わない。


 そんな喧騒の中でも、ロニが順番待ちの子供たちの相手をしてくれているのが、ありがたかった。

 白いもこもこした体に、黒々としたまん丸な目を持つロニは、行く先々で子供たちに囲まれる。頭に生えている角も幸い、白い毛とほぼ同化しているため、気づかれにくく、奇異の目で見られることはほとんどない。要領よく、愛想を振りまいているため、食べ物を恵んでもらえることが多く、ロニなりに旅を満喫しているといえるだろう。


 しかし、子供の人数が増えてきたため、ロニ愛嬌だけでは限界が来た。順番待ちがなかなか来ない子供がぐずり、大声で泣き始めた。他の子供にも伝染しそうな雰囲気だ。


 私はさきほど吹いたルギの草笛を取り出し、軽快な曲を吹いた。今度は子供たちがこちらに注目する。近くにあったよさげな雑草を摘んで、即興で草笛をつくり、音を出してみる。つくりかたは簡単なので、すぐに子供たちは真似し、あちこちで音を出し始めて、ほっと息をついた。


 村の人たちに応対する合い間に、先ほど、薬を飲ませたやぎの経過を確認する。

 フィロも同じで、やぎに対しては、村の人には伏せがちの顔をぐっと上げ、経過をじっと見守っている。こういう時のフィロは、普段の何倍も頼もしく見える。最もフィロは、人間より動物の相手のほうが、何倍も得意だからというのもあるが。


 子供たちへの応対がひと段落ついた頃、やぎに目をやると、立ち上がって、飼料を食べている。フィロはすぐにやぎに駆け寄った。排泄物を調べ、やぎの体を触る。体温も上がり、体の震えも止まっている。何より、目に力もみなぎっているのが嬉しい。村の人たちもやぎにかけよってきた。

「よくなったのかい」

「おそらく。経過観察は必要ですが」

「すごいじゃないかい」

 やぎははのんびりむはむと飼料を食んでいる。この光景をみんなずっとずっと待っていたのだ。

「すごい! やった!」

「・・・・・・本当に治っちまったのかい」

「ねえ、うちの家畜も診てくれないかい? 乳の出が悪くなってさ」

「お安いご用ですよ」

 それからは、一軒一軒回ったが、どの家畜も先ほどの薬と自前の薬でことたりた。一息つけた頃には日は暮れようとしていて、レオル村での初めての仕事を終えようとしていた。


 撤収しようとした時、村長さんに声をかけられた。私たちは、村を追い出されず、行商をしてもよいという許可をもらえることになった。そのことをわざわざ伝えに来てくれたのだ。

「ありがとう、君たちならやってくれると思っていたよ」

「ありがとうございます。村長さんのご配慮のおかげです」

「私は何もしてないよ」

 そう言って、村長さんは微笑んだが、それからだんだんと表情が翳っていった。

「うちの村の者が、君を侮辱しただろう」

「いえ、そんな、それよりうちの弟がやりすぎてしまって」

「さっきは失礼したね。あの人は出稼ぎから帰ってきたばかりで、色々物騒な話を聞かされることが多かったそうだから」

「たとえば、行商を名乗る者が村に侵入し、賊の手引きをしたとか、こっそり村の井戸に毒を入れたり、とか」

「君たちはそういう人に会ってきたのかい?」

「実際に体験はしなくても、話に聞くことはあります」

「それでも、怖いだろう」

「危険をある程度は避けるこつ、みたいなのもあると学びました。それでも、危ない目に遭うことはあります……一人だと多分、無理でした」

 私の後ろに隠れているフィロとフィロにくっついているロニを振り返る。村長さんは優しく笑った。

「むしろ、誰も外部の人間を警戒する人がいない村のほうが心配ですよ」

「君たちは、まだ若いのに、色々危ない目にあってきているみたいだね」

「まあ、ぼちぼちです」

 ね、とフィロを見るが、我関せずでロニを撫でている。本当に愛想のない奴だ。

「頼もしいね。君たちを否定する人たちばかりじゃない。君たちが他人に危害を加える人間じゃないってことは、分かる人は分かってくれる」

「はい」

「改めて、歓迎するよ。小さな薬屋さん」


 すっかり遅くなってしまったのに、ロステムは私たちを迎えに来てくれた。

「絶対、認められるって信じてた」

 そのまま、ロステムの家まで案内してくれた。ロステムの家は、村の中心部から少し外れた場所にあった。家の裏には小さな山がある場所だ。家は石づくりの広い立派な家で、何でも、人が住まなくなった古い家を安く譲ってもらい、村の人たちの協力を得て、内部を補強して住んでいるそうだ。

 家に着くと、ロステムの母のマヤさんが迎えてくれた。

「いらっしゃい、待ってたわ」

 マヤさんは華奢で穏やかな雰囲気の女性で、涼しげな目元がロステムとよく似ていた。

「坊やはロステムと同じ歳くらいかしら?」

 マヤさんの問いかけにも、フィロは下を向いて、ぼそぼそと聞き取れない声で呟いている。

 お世話になる人なんだから、きっちり挨拶せえと背中をばんと叩いた。フィロは、口ごもりながらも、「お世話になります」とぺこりと頭を下げた。そのフィロの様子を見て、マヤさんは、微笑んだ。

 旅支度を解き、食事の手伝いをするというロステムに声をかけた。

「あの、お礼といっては何だけど、ロステムの体を見せてもらってもいいかな?」

「え? 僕の」

「うん、喘息が辛いって言ってたよね。できれば食事の前がいいんだけど」

 居間に移動し、ロステムと向き合う。私たちの持ち物であるカバンをロステムは興味深そうに見つめた。

「それ、何?」

「商売道具。薬が入ってるの」

「見せてもらってもいい?」

 私はカバンの中身を広げた。丸薬に、粉薬、膏薬に瓶に入った水薬。それぞれの症状を聞いて、それに合った薬を出す。他にも、拡大鏡や筆記用具、携帯型の電灯などが入っている。

「すごいね! あれ、これは本?」

 ロステムは一冊の書物を指さした。

「これはね、売薬手帖」

 この本には薬売りの行商の記録である。この中には、薬草や毒草の情報。行商先での顧客情報。誰がどんな症状で、どんな薬を購入してくれたか、が記録されている。

 薬売りたちは、海を越え、山を越え、時には賊に襲われたり、極寒の雪山をかき分けたりしながら行商先に向かった。苦労の苦難の歴史の記録。このぼろぼろの冊子を繰り返し繰り返し読み返しながら、新たな記録を書き込んでいく。

 そして、この手帖を引き継ぐ、ということは、薬売りが一人前になった、という証でもある。

「これは家出した母さんが残していってくれたものなんだ」

「そうなんだ、僕もお父さんがいたんだけど、出て行っちゃって。母さんはもう、父さんのことは諦めて、私たちだけで頑張ろうって」

「そっか」

「僕の父さんも体が弱くて、僕が弱っちいのは父親譲りって言われてさ」

「私たちは君の力になりたい」

 フィロを見た。フィロもこくり、と頷く。

 ロステムの全身をさりげなく観察する。あまり、じっと見つめると、萎縮してしまい、日常の特徴を見逃してしまうことにもなるので、あくまでもさりげなく、だ。

 ロステムはやせぎみで、顔も青白く、あまり日に焼けていないようだ。しかし、はきはきと鮮明に質問に答えてくれる。馬に乗ろうとしていることからも、覇気があり、積極的に母の手伝いをしようとしていることからも生活意欲があるといえる。

 脈をとって、腹部も見せてもらう。そして、日ごろの生活や食事内容などの聞き取りをしていく。

「夜中に、ヒューヒューって息をするたびに苦しくて、変な音が鳴る」

「眠れない」

「春になるとそう。眠れないくらい苦しい時がある。母さんはそういう時期は、何もせずに寝てろって」

「でも、全く動かないのは、逆によくないよ」

「そうなの?」

「うん、激しい運動は控えたほうがいいけど、こまめに歩いたりとか、体を動かしたほうがいい」

 聞き取りと診察をひととおり終え、マヤさんを呼んで、ロステムに効果があるであろう薬の説明に入る。

「この薬はね、『青見銅児』っていう薬で、主に小児喘息の治療に服用する。気管支を拡張させる作用があるの。それから、発作の予防にもいい。それから、体の免疫力を強化する効能も」

 ロステムとマヤさんは熱心に私の説明を書き留めている。

「効果が実感できるのは、すぐではなく数十日後とかにはなります。根気よく飲み続けてもらえればと思います」

「本当にありがとう。おいくらになるかしら?」

「いえ、泊めていただけるのでいただけません」

「そんなわけにはいかないわ、いくらか」

「いえ、そんな高価な薬じゃないので、これで十分な代価ですよ」

 それから、押し問答が続いたが、マヤさんはとうとう折れた。

「ありがとう、あの子には肩身の狭い思いばっかりさせてるから」

 もうすぐ、春。喘息の症状が重くなる季節だ。夜中に眠れないロステムもつらいだろうが、心配するマヤさんも苦しい日々だろう。

「私たちの前では我慢せず、なんでも言ってください」

 ロステムとマヤさんは満面の笑顔になった。母子で笑った顔が本当にそっくりだと思った。


 今日診た子供たちの親が治療代として、食べ物をたくさん恵んでくれたため、食卓はにぎやかなものだった。鶏肉の麹漬けや円盤型の凝った模様が入ったパンに果実の砂糖漬け。

 

 昼間に続いて、こんなに贅沢をしていいんだろうか。

 それにしても、屋根のあるところで、食事ができたのは久しぶりだ。

 動物に狙われることなく、ゆっくりと食事ができるのは、有り難く、マヤさんがつくってくれた料理も野菜の酢漬けやきのこのスープなど、食材を活かした品々でどれも美味しかった。しかし、当の本人は、やせ細り、顔色が悪い。自分の食事を削ってでも、息子に食べさせているのは容易に想像できた。

 フィロは相変わらず、無表情だが、滅多に食べられないご馳走を前に、ご機嫌だった。

「全部、全部美味しいね」

「あら、ありがとう」

「いつもも今日みたいに食べてよ。母さん、いつも遠慮ばっかして食べないからさ。そんなんじゃ、僕も美味しくなんて食べられないよ」

「……ロステム」

 マヤさんの消え入りそうな声でみんな一瞬、動きが止まってしまった。つられて、ロステムも自分が言った言葉を後悔したのか、気まずそうに目を伏せた。

「じゃあ、俺たちがいる間は一緒においしいもの、食べよう」

 そう言ったフィロを見て、ロステムは驚いた顔を浮かべて、それからくしゃっとした笑顔を浮かべた。こういうのは、私にはないフィロの美徳だと思う。


 マヤさんは目元をぬぐいながら、フィロに微笑みかけた。どうやらマヤさんはフィロを不気味には感じていないようでほっとした。朗らかな雰囲気が戻った。

 だけど、楽しい食事の時間なのに、何だか落ち着かない。ロステムが機嫌よく食べながらも、フィロを注視していることに気づいたからだ。

 最初は、フィロの言動を面白がっているのだろうかと思ったが、ロステムがフィロを観察する視線には、どうも、それ以上の、如何とも説明しがたい粘りのようなものが感じられ、美味しいご飯なのに、何度か喉につっかえてしまった。


「それにしても、ロステム、それにしてもどうして人から借りてまで、馬になんて乗ろうとしたの?」

 マヤさんの問いかけに、ロステムの顔から笑みが消えた。

「だって……」

「だってじゃなくて、ちゃんと言いなさい」

「オルガの親父に『馬にも乗れないあの家の息子は、出来損ないだ』って」

 そういうことを言う奴に限って、こういう事故が起こった時、冗談のつもりだったとか、そんなことでむきになるほうが悪いとか、後になってしたり顔で言ってくるものだ。

 私が口を開こうとすると、これまでずっと黙っていたフィロが大声を出した。

「そんな奴、馬に蹴られて、馬糞の山に落ちればいい」

「フィロ、ご飯時」

 フィロの口を塞ごうとするが、フィロはさらにでかい声を張りあげる。

「馬糞の山で頭を洗えばいいんだ」

「いい加減にしろ! 私もそう思う。だけど、時と場所を考えやがれ」

「ふふ、面白いこと言うのね」

 マヤさんは笑ってくれたが、ロステムは下を向いたままだ。こういう嫌味はほんの一部なんだろうな。

 私だって、痣のことで無神経な言葉は慣れてるつもりだけど、そんなのは結局、つもりにしかならないとこは知っているつもりだ。


 ロニがロステムに鼻を近づけて、くんくん匂いを嗅いでいる。ロステムの表情が緩むのが分かった。たまにはいい仕事するじゃないか。あとで、よしよししてあげよう。

「触ってもいい?」

「うん、触られるのいやがるから、頭以外なら、いいよ」

「あれ、どうして、この子、頭に角が生えてるの?」

「角犬っていう種類の犬なの」


 ロステムは、ロニの背にそっと触れた。ロニが機嫌よく尻尾を振っている。

 ロニはロステムが気に入ったらしく、なでられて、気持ちよさそうに目を細めている。

「かわいいね、君たちが育てたの?」

「んー、主にフィロがだけど、フィロが拾った犬だからね。私のこと、なめてるし」

 ロニは、私の頭の上に前足を置いた。「遊べ」という要求の合図だ。ちなみにフィロに「遊べ」と要求する時は、フィロの肩に前足を乗っける。つまり、ロニにとって、フィロの次に自分が偉くて、私は最下位なのだ。他にも寝ている私の顔をべろべろなめたり、私が食べてる食事を横取りしたりとフィロにはけしてしない無礼な振る舞いが多々ある。どうやって、私が最上位なのだと分からせてやろうかと常日頃から、思案し、あれこれ試してはいるもののなかなかうまくいかない。


 食事の後、ロステムが客間に案内してくれた。私とフィロの布団が用意してくれてあって、胸にこみあげてくるものがあった。フィロはカバンの中から、先ほどの売薬手帖を取り出して、昼間、大勢の子供たちの病状や売った薬の数々をものすごい速さで書き記していった。フィロの能力は、数も瞬時に計算して、寸分の狂いもないのだから、末恐ろしい。私はこの時はただただ見守るしかない。


 フィロの記録づけが終わった。手帖を丁寧にカバンにしまう。そして、ようやく、この時が訪れた。私とフィロは目を見合わせる。今日の、私たちがしなければならない、本当の最後の仕事がまだ残っていた。


 ロニが私とフィロにまとわりつく。私はフィロの額に生えている角にそっと触れた。

 感触があった。そろそろだ。

 ロニの角がぽろっと落ちた。私もフィロもこれを待っていた。この乳白色の美しい角は、ロニの体から離れると、フィロの薬になる。ロニの角を薬研で砕いて、粉薬にする。


「フィロ、さっきロステムを助けた時、『あれ』光ってたよ。とっさにあの子の目、ふさいだけど」

「困ったな」

 フィロは服を脱いだ。上半身のほとんどすべてが蔦のような文様の黒い入れ墨でおおわれている。

 『水晶血丹』この恐ろしい植物の名前だ。この植物は、他の生き物に寄生して、その生き物を宿主にして、栄養分、すなわち血を吸い取って、生育する寄生植物だ。


 水晶血丹は普段は、フィロの体表にのみに存在し、そっと身を潜めている。しかし、さきほどのこちらに向かってきた暴走した馬に対峙した時のように、フィロ―宿主の危機を察知した時に入れ墨状の蔦から具現化し、宿主を守る行動をとる。そうした反応が、フィロの体表から実際に蔦となって、出現し、暴走する馬を縛り上げたのだ。

 蔦は他の植物と比べて成長が段違いに早い。そして、その成長速度で他の植物を枯らしてしまうこともある凶暴な植物。水晶血丹は進化の過程で、蔦に寄生してその身に蔦の能力を取り込み、今の形になった、と伝承には記してあった。


 しかし、水晶血丹は主に、動物や人間などの哺乳動物に寄生する。本来なら、水晶血丹に寄生された宿主は、少しずつ血液を吸われた挙句、最終的には水晶血丹と同化してしまう、といわれる恐ろしい生き物だ。以前はこんな植物、おとぎ話にしか存在しない、空想の産物だとしか思っていなった。弟が実際に宿主にされてしまうまでは。


 フィロがこの程度の症状ですんでいるのは、ひとえに本人の見た目には現れない、強靭な体質もあるが、飼い犬のロニのおかげなのだ。


 角犬。額に角が生えている真っ白な世にも美しい犬。角犬もまた、おとぎ話の中の生き物であると考えられてきた。この角犬の角を経口摂取すると、体内の水晶血丹の毒素を不活性化させることができる。ロニの角は親指ほどの大きさがあり、そのままでは口にできないので、薬研で細かくすりつぶして、粉薬状にしてフィロはそれを大体、三日に一度の間隔で服用している。なぜ三日に一度かといえば、ロニの角は固いが、根本は脆く、三日に一度の割合で自然に抜け落ちるのでそのためだ。


 角が抜け落ちる前後のロニは、いつもにまして興奮して落ち着きなくなるので、その様子を注視しておけば、いつのまにか角が抜け落ちてしまって見失う、という事態は防げる。


 ロニの角の粉薬のおかげで、フィロは毎日、自身の血を吸われ続けているが、この恐ろしい寄生植物に体を乗っ取られず、自我を保っていられる。


 なぜ、フィロが水晶血丹の宿主にされてしまったかはまた、別の話だ。

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