新たな旅立ち
私たちは四人で話し合った。ミロルとカロンに現状をゆっくりと説明した。ただし、彼らの父親のことは省いて。
「怖くない?」
「そういうの、なくなっちゃった」
ミロルは出会った時と比べると、驚くほどにはつらつと話している。これが彼女の本来の性格だろうか。だけど、カロンはまだ、言葉を話すことができない。原因が分からない。私たちには分からないこと、できないことが山ほどある。
「だからさ、外の世界を知りたいの」
ミロルは目を輝かせて、こう言った。
私たち四人と一匹が半日かけて向かったのは、大陸鉄道の始発駅だ。ここから、大陸を横断して、目的地へと向かう。
「この駅から、鉄道を乗り継いで、大体三十日ほどかかるよ」
「鉄道って?」
「移動する家みたいなものよ。そこで、寝たり、ご飯食べたりするの」
「すごい!」
ミロルは興奮気味に駅の構内を見渡した。カロンは外がまだ、怖いらしく、フィロの後ろにくっついて離れない。
駅の構内はにぎやかだ。乗客向けの食事を売りに来るおばさんの呼び声に特に興味を示していたのはミロルだった。彼女にねだられて、棒つきの色とりどりの飴を買ってしまった。よく見ると、飴は小鳥の形をしていて、なめると形が崩れるのが惜しかった。
「これから、周りが騒がしいと思うけど、四人ずっと一緒だから、楽しいよ」
「ルチカとフィロが危ない目に遭ったら、私が守ってあげる」
ミロルは、白い歯を見せて笑った。カロンはロニを後ろから抱きしめて、ぐいっと私の前に出た。
「ああ、ロニを忘れてた。ロニも乗れるから、四人と一匹だね」
タクト・タタが馬を連れて、駅まで見送りに来てくれた。馬はすっかり元気を取り戻し、タクト・タタに懐いて、信頼しているのがよく分かった。
「お前ら、これからどうすんの?」
「この子たちを私の知り合いの医術師のところで診てもらおうと思います」
目的地は、十年ほど前に、母とフィロと薬の行商をしていた際に知り合った医術師の診療所だ。
当時、三十半ばの女性で、母と意気投合して難しい話をしていた。私は、その時はまだ八歳の子供で、母と彼女が話している内容はほとんど理解できなかったが、彼女の医院の医務室を見学させてもらい、知らない薬草や医術書の数々に胸を躍らせた。
彼女も私たち、ソーヤ村の薬に大いに興味を示し、弱冠興奮気味であったことも覚えている。それから、母と彼女は、たびたび文を交わし合う友人同士になり、私も彼女宛の母の手紙に一言添えて、手紙を送った。
彼女からの手紙には、必ずと言っていいほど、この文言が書いてあった。『近くに寄った時は、遊びにきて、絶対よ』彼女なら、二人のことを親身になって、相談に乗ってくれるだろう。私たちでは手に負えない症状でも、彼女なら何か治療の糸口を見つけてくれるかもしれない。
鉄道の内部を見て、ミロルとカロンはすっかりはしゃいでいる。ロニには動物用の乗車券を買って、個室から出さない、という形でめでたく乗車となった。
「あのちびたちのお守りがお前らだけで大丈夫か?」
「ずっと、二人旅ですから。四人に増えて、心強いです」
フィロとミロルとカロンの顔を見て、「な」と確認した。フィロは「おお」と応じて、ミロルとカロンはうんと頷いた。その時、ロニが私の肩に前足を乗っけて、「わん」と鳴いた。そのまま、体重を私の体に預け、ぐいぐいと顔を押しつけてくる。激しい抗議に思わず、「げ」と悲鳴をあげるが、ロニはなかなか許してくれない。
「やばい、また忘れてた。ごめんてば。四人と一匹です」
「そっか・・・・・・やっぱり、お前らたくましいなあ」
「行商してりゃあ、そうなります」
屈託ないタクト・タタの笑顔が目に沁みた。私にはみんながいるけど、タクト・タタの向かう先には誰がいるんだろう。いや、この人は自分の行く先に誰もいないことを望んでいる。そういう生き方を選んでいる。
「あなたはこれから、どうするんですか?」
「俺か? 俺もすぐこの街を出る。俺は俺の目的を果たしにいくだけだよ」
乗車ベルが構内に鳴り響く。タクト・タタは窓から一歩離れた。
「じゃあな」
「待って」
いくつもの言葉が頭の中をぐるぐる回る。一番の、とびきりの感謝を表すにはどうしたら、いいのだろう。彼はじっと私を見つめている。彼が私が言葉を紡ぎ出すまで待っていてくれるのは分かっていたのに、沈黙に耐えきれずに私が発することができたのは、誰でも言えるような簡素な言葉になってしまった。
「あなたに何度も助けてもらった。ありがとう」
「こっちこそ」
「長生きはしてくださいね。あれから考えたんですけど、どんな目的も命よりも重いとは思えないんです」
「相容れねえな」
タクト・タタはふっと笑みをもらした。
「まあ、ちゃんと聞いてくれる奴には、そう言ってやってくれよ」
「タクト」
フィロがタクト・タタに手を伸ばした。
「おっと、忘れるところだった」
タクト・タタは大きな袋を取り出し、フィロに手渡した。
「造血剤、お前らこそ長生きしろよ」
「ありがとう」
フィロはタクト・タタの手を抱きしめるように握りしめた。
「絶対、またね」
「お前らも死ぬなよ。いい飯食えよ」
列車が走り出す。私たちが思わず、身を乗り出して手を振ろうとすると、タクト・タタは大きく手を振り返してくれた。
タクト・タタの姿がどんどん小さくなっていく。この線路のように、私たちの目的地は果てしなく先へ先へと伸びていく。時に円を描いて、循環しながら。
そうして、出会いが新たな出会いをつないでくれる。行く先に待つのが危険だろうが呪いだろうが関係ない。冒険へ渇望。その熱は今、確かにこの手の中にある。
空の青さが目に染みて、風が目から流れ出たものを吹き飛ばしてくれた。