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束の間の休息

 私はあの男の執念の権化のような義手を見つめて、言った。

「フィロ、あのおっさんのことを頭おかしいって言ってたけど、やっぱり、おかしくなってたのかも」

「え?」

「あのおっさんが不老不死って言い出した時は、馬鹿じゃねーかこいつって思ったけどさ」

「うん、俺も思った」

「幻覚剤を普段から、人を操るために調合してた。水晶血丹を増強させる薬もあの男が調合してた。あの男の父親が元王宮の医術師だったんならば、可能だった。水晶血丹を成熟しても自我を保てた。でもさ、日常的に、幻覚剤を扱えば、粉末を吸い込むことがあったかもしれないし、もしかしたら、幻覚剤を自分が口にしたりした時もあったかもしれない。特にあのおっさんは義手だった。日常的に幻肢痛とか痛みがあったわけだから、それを和らげるために―」

 タクト・タタがうーんと腕を組んだ。

「ミイラ取りがミイラにってわけか」

「あの……これは完全に私の推測なんですけど」

「またかよ」

「すみません、聞いてください。リーガの街に流れ者のあの男とその子供のミロルとカロンはやってきた。男はこの街に長期で滞在しようと考えていた。子供二人連れだと、長期宿泊は宿もあまりいい顔をされないし、費用もかさむ。それで、街はずれの空き家を安く譲ってくれるという情報を聞きつけた。あそこの家は昔、周辺で化け物を見かけたって言い伝えがあったから買い手がつかなかったと聞きました。そんなことは気にしない男は、いわくつきの空き家を安く買って、子供たちと住み始めた。そこで、ミロルとカロンはその家の敷地にあった枯渇した湖の幻覚、『杢石藻』に誘い込まれて、藻に記憶を乗っ取られて、それまでの記憶をなくして、自分たちを『ルチカ』と『フィロ』と名乗るようになった」

 タクト・タタは息を呑むのが分かった。

「それで?」

「男は藻に記憶を乗っ取られた子供たちを持て余すようになった。それで、いつか誰かに寄生させようと保持していた水晶血丹の種を自分の子供たちに飲ませようと考えた。自分を父親であると認識できなくなった子供たちが疎ましく思ったのかもしれません」

「じゃあ、あの子らがあの藻に記憶を乗っ取られたのは、あの男が意図しない形だったってわけか」

「私の勝手な憶測ですけど。それで、あの男は水晶血丹を飲ませた自分の子供たちを実験台にしたけれど、種を飲んだだけの子供たちはなかなか宿主になる気配がない。男は焦れるうちに、自分も水晶血丹の宿主になりたいという願望が芽生え始め、自らも実験台にした。そして、結果的に男のほうが水晶血丹の毒が体に回り、体が宿主として支配されていった。それも、あの人にとっては喜びだったんでしょうね。次第に水晶血丹に身も心も囚われていき、子供たちからさえも逃げ出したくなった。だけど、種を飲ませた子供たちの顛末も見届けたい。そうして、以前にだまして水晶血丹の宿主にして、いいなりになったロステムの父をこの街に呼び寄せて、あの子たちの世話をするように命じた。街の人たちは、あの家を気味悪がって近づこうとはしなかった。それで、あの奇妙な生活はできあがった」

 フィロは自分の腕をぎゅっとつかんで呟いた。

「あの男は自分が取憑かれたけど、ミロルとカロンはそうはさせないよ」

「あんたもよ、あんたはあのおっさんとは違う」

 フィロは、こっくり頷いた。

「気にしてんのかと思って、あのおっさんのこと」

「気にしてないよ、あのおっさんがどうなろうと知ったことじゃない」

 あの男のしでかしたことが今後、どのくらいの影響をもたらすかの方が心配だ。

「他に気になるところが山のようにあるんだから」

「そうだね」


「そういえば、普段から嬢ちゃんの笛を聞きなれてたフィロの水晶血丹は分かるけど、あの実行犯のおっさんのにはどうして反応しなかった?」

「ロステムのお父さんの水晶血丹はほとんど枯れかけていました。宿主の血を吸って、何とか生き延びている状態でした。私があの時吹いた曲は、水晶血丹の生存本能を刺激して、宿主の血と生命力を吸わせて、急成長させた。それが、狂暴化して、宿主への攻撃という形ででた。ロステムのお父さんの水晶血丹はどんなに土笛で生存本能を刺激しても、響かないくらいに、枯れ始めていた。それは、あの土笛を吹く前に、草笛で刺激しても反応がなかったことで見当をつけました」

「へえ、俺にはよくわかんねえけど。そういえば、実行犯のおっさんは、何で、お前らがあの家に入り込んでたのを知ってたんだよな、なんで泳がせたんだ?」

「手出しできなかったんだと思います。フィロの水晶血丹とあの子たちの水晶血丹の種が呼応してたから」


『ちりちり焼かれるみたい』この家に来てから、フィロはそう言っていた。あれは、フィロと二人の水晶血丹が呼応したせいだろう。二人の水晶血丹はまだ、宿主が種を呑んだだけの状態であったから、反応が出なかったのは運がよかった。レオル村に大量に咲いていた『赤い花』―水晶血丹に呼応しなかったのは、フィロの水晶血丹は誰かに寄生した状態の水晶血丹でないと、『仲間』とは認識しなかったからだった。


「あの場では特に何も外に出る反応は示さなかったけど、あの場にあの人の水晶血丹が居合わせれば、何があるか分からない。そうなれば、弱体化しているロステムのお父さんの水晶血丹が『負ける』と思ったんでしょう。フィロの水晶血丹が力を増大させるのを恐れていた」

「ずいぶん厄介なもんなんだな……お前ら、大変だな」

 笑ってしまった。相変わらずこの人の言うことは、変に気が抜けてしまう。


「ちょっと相談したいことがあるんですけど」

「いいよ、もうなんでも来いよ」

「ミロルとカロンのことです」


 私たちの立てた仮説はこうだった。ミロルとカロンが水晶血丹の種を飲んで、体に何も異変がなかったのは、幻覚の湖に落ちて、藻によって、私とフィロの記憶を植え付けられたからではないか。

 水晶血丹は、通常、宿主の体内に入ったら、生命体の命令機能を司る脳にたどり着こうと上へ上へと移動しようとする。しかし、この二人の場合は、耳の穴から、進入した藻が膜を張って、種が脳内に侵入することを防いだ。そうこうしているうちに、次第に無効化していった水晶血丹の種は、体内から排出された。


 結果的に、藻に人格を乗っ取られたことで、今現在、自我を保てているというのは、運命の巡りあわせの不思議を感じざるを得ない。


「じゃあ、あの二人は大丈夫ってことでいいのか?」

「いえ、あの二人は生まれ持った記憶を失ってしまったままです。これから……」

 それ以上、続けられなった。父親に実験台にされようとしていた。もし、二人が記憶を取り戻したら、その事実を否応なく知ることになる。

「でも、もうこの家から出ない、という日常はもう、送れない」

「そりゃそうだな」

 私たちはもう、この街から出なくてはいけない。二人の食料をひそかに運んでいたロステムの父ももういない。フィロは自分の腕をぐっとつかんだ。二人のことは心配だけど、フィロの体のことも心配なのだ。

「フィロは大丈夫なの?」

「平気。あれから、全然、熱くも痛くもない」

 本当か、と探りを入れる私の目線にフィロはぶんぶん頭を振った。

「俺は自分から危険な場所に首突っ込んだから、こうなった。ミロルとカロンは違う」

 ミロルとカロンにはこれからのことを彼らの意思で選んでもらわなくてはいけない。

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