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残響

 辺りを見渡した。

「タクト・タタは?」

「俺が起きた時はもう、いなかった」

 もう、会えないかもしれない。あの洞窟内での出来事は汚泥の海を泳ぎぎったような後味が残った。あの人はもう、私たちにはかかわらないほうがいい。今のあの人なら、泥を振り払って生きていけるんだから。

「私はあの男を殺した」

「殺せてないよ。実際、あの男は生きてて俺たちを閉じ込めたじゃん」

「でも、あの体じゃあ……知ってて話さないのは、ずるいんじゃないの」

「あいつらは父親のことも自分のことも思い出せない。そんな状態で、話すの?自分の父親が自分たちを実験台にしてたって?」

「それは……」

「懺悔? 自己満足じゃん」

「懺悔なんて言葉、いつ覚えたの?」

 私の茶化しにも、フィロは笑わない。

「懺悔なんて、俺たちには必要ないだろ?」

 私は頷いた。


 お昼に訪問者がやってきた。リネさんだった。饅頭や揚げ餃子、鶏の丸焼きなどを差し入れしてくれた。ミロルとカロンに遠慮して、中には入ろうとはしなかった。

「そうだ、電報局から伝言だけど、あなたたちに手紙が届いてたわよ」

 リネさんはそう言付けを残し、帰っていった。

「俺がとってくる」

 フィロは光の速さで電報局から戻ってきた。

「ルー、ロステムからだよ」


 フィロと二人で顔を突き合わせて手紙を読んだ。

「ルチカ、フィロ。お元気ですか? 二人に駆除してもらった『赤い花』ですが、実は、ルチカの助言通りに引っ越しをしようと家を片付けている時、家の床下に『赤い花』が咲いているのを見つけたんです」

 まさか、ロステムの家に水晶血丹が。私とフィロは息を呑んで顔を見合わせた。私たちは山ばかりを注視して、そんな近くに水晶血丹が咲くなんて思いもしなかった。

 フィロは花が開いている状態ならば、水晶血丹の存在を何となく察知できるけれど、芽吹いていない状態は視認しなければ見つけることができない。私たちがいるときは、おそらく水晶血丹は芽吹いてもいなかっただろう。それでも見逃した事実に変わりない。思わず、親指を噛んだ。この後、どんなことが書かれていても、結果を受け止めなければならない。意を決して続きを読み始めた。


「僕と母さんは話し合って、花を自分たちで駆除しようと考えましたが、その時、女の人が家を訪ねてきました。女の人は自分にその花を駆除させてほしい、と言って、花を刈り取って、去っていきました」

 私は手紙を持つ手が震えるのを必死にこらえた。

「その女の人は『赤い花』の研究をしていて、この村に咲いているという情報を聞きつけてやってきたそうです。その女の人に話しかけたかったけれども、お礼を伝えることもできずに去っていってしまいました。深い紺に近い、綺麗な深い青い目の金髪の人でした。それで、同じ薬売りなら、ルチカやフィロのことを話したら『知らない』と答えました」

 そこで、私はいったん手紙を読むことをやめた。

「もしかしたら、同じ花を研究している縁で、これからルチカもフィロもその人に出会うかもしれないので、二人のことを話しておきました。二人と再会できる日を心待ちにしています レオル村 ロステム」

 読み終えた。封筒や便箋を何度も撫でてみる。ロステムが私たちを思って、したためてくれた文章。薬売りでつながった縁が、それがこうして、私たちを導いてくれている。

「母さんが私たちのこと、知らないって言ったんだね」

「母さんかどうかは分からないよ」

「知らない薬売りの女の人が、私たちが村を出たすぐあとに来て、私たちの尻ぬぐいをしてくれた?」

「うん」

「それで、母さんも水晶血丹を探していたんだね。それで、花が開く瞬間を見計らって、ロステムの家を訪ねた」

 フィロが目に涙をためた。びっくりした。フィロは泣かない子供だった、ずっと小さい頃から。

「ルーから母さんを奪ったのは俺だから」

「母さんは元気に薬売りしてるだろ? 私らは不幸なのか?」

 フィロはじっと私を見て、ぐっと唇を結んで首を横に振った。

「もし、母さんに会う日が来たら、同業者として、母さんが水晶血丹について知ってることを聞いてみたい。フィロは会わなくていい。たとえ、会えなくても私たち家族は一緒の道を歩いてる。だから……あんたの苦しみに気づこうともしないで、ずっと、耳をふさいできて、ごめんなさい」

「ルー、俺こそ」

「もう、悲しまないで」

「うん」

「それができるのが私たちだろう」

「うん」

 私たちは肩を寄せ合って、しばらく子供のように泣いた。


 扉をたたく音がして、応対するとそこにはタクト・タタが立っていた。

「もう、会えないのかと思ってました」

「そうなれなくて、悪いな」

 私は笑った。あんなことがあった後で、この人が全く変わっていないことがうれしかった。


 タクト・タタは私たちの前に革袋を置き、中身を開けた。それはほとんどの部分が破損した義手だった。

「あの男のものですね」

「ああ、あの男は蟻地獄の中に落ちた。確証は持てないが」

 タクト・タタは洞窟から脱出した後、あの主犯の男を追った。男は沙漠の方へ逃げた。タクト・タタの姿を見とめた男は、タクト・タタに向かって、自らの腕をもいで、投げた。私の笛の攻撃で残った方の腕を。もげた男の腕は爆発した。

「最初から片方の、左腕は義手だった。いざという時、敵を攻撃するために爆弾を仕込んでいた、最後の切り札だった」

 私は義手を見つめた。内側から爆発したことになるのに、原型はとどまっていることに驚いた。

よく見ると、義手の内側に何かが残っている。目玉、いや、水晶血丹の実だった。そうか、水晶血丹が義手にまで侵食していたから、爆発でも完全には破壊されなかったのか。水晶血丹の実と目があった気がして、思わず目を背けた。

「悪いが、あれ以上確かめるのは無理だ」

「いえ、そんな……」

 片腕がもがれた状態で、蟻地獄に落ちたらまず、助かることはないだろう。生きていたら、フィロの水晶血丹を今度こそ狙いに来たに違いない。あの男の悪意に満ち満ちた声がまだ鼓膜にこびりついている。

「お前は俺の同類だ」

 身震いした。

「お前らは幸い、行商人だ。このままこの街から行方をくらませればいい。万が一生きていてもあの満身創痍の状態じゃあ、しばらく身動きがとれない。だから必要以上に怯える必要はない」

「はい」

「そんであの、誰かの親父の実行犯のおっさんは見失った。途中で主犯の親父と二手に分かれたんだろうな。正直、あの主犯のおっさんのほうが、取り逃がしたらやばいと思って、そっちを優先しちまった」

「どこかに誰かに助けを求めた?」

 全く見当がつかない。あの人はあの主犯の男以外にかくまってくれる人がいるのだろうか。

「街の方に逃げてる可能性は?」

 フィロは私の腕をつかんで言った。

「俺は分かる気がする。あの人がどこに行ったのか」

 

 ロステムの父は炎天下の沙漠地帯に入ろうとしていたところを捕まえた。

「どうして分かった?」

 ロステムの父の問いにフィロは答えた。

「俺が死ぬとしたら、ここだから。死ぬつもりねーけど」

 水晶血丹は宿主に寄生する前は水を求める。宿主に寄生してからも、血を吸うのは水を求める習性の名残だといわれる。だから、反対に死ぬつもりであるならば、枯らせばいい。だから、炎天下の沙漠に向かった。あの主犯の男のように体の一部を欠損してまで生き残る顛末はこの人には描けなかっただろう。

 

 タクト・タタはロステムの父の肩ががっちりとつかんで言った。

「俺はこのおっさんを護衛団に引き渡す。そこだったら、この水晶なんとかを体からひきはがす方法を見つけ出せる可能性もなくはなくなる。まあ、隔離生活にはなるけどな」

「十分だ」

「ロステムは……」

「ルー」

 フィロの声ではっと気づいた。この人はここまで来てしまったのだ。

「マヤとロステムにはもう、あえない。帰るつもりもない」

 私もフィロも答えられなった。他人だから。この人の顔を見るのも苦しかった。

「私が汚したものをぬぐってくれて、感謝している」

 ロステムの父は一度だけ振り返って、連行されていった。

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