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怒り

 この男の天井に向かって渦を巻いている水晶血丹は、ロステムの父のそれとは成長速度を度外視しても、異様な形だ。ロステムの父が生きる力を奪われているとしたら、男は水晶血丹を利用して、自らの生命力を高めているのだ。

「いかれてんな。そもそも、子供を実験台にしたくせに、何で自分が宿主になってるんだよ」

「これを飼い慣らせば、大いなる力を手に入れることができる。お前だって、身に覚えがあるだろうが」

「金と地位だけじゃ満足できなくなったのかよ」

「不老不死の薬がほしい」

「・・・・・・正気かよ、んなもん、無理に決まってんだろうが」

「不老不死の薬を手に入れる。俺たちのうちの誰かに宿ればいい」

 ぞっとした。先ほどは怒りで沸騰しそうだった頭がこの言葉で、急激に悪寒が全身に走る。

 フィロが前に出た。私をかばうように。

「頭に虫湧いたおっさんの妄想なんて、知ったこっちゃねーんだよ」

「お前の『それ』をよこせ。俺の水晶血丹と組み合わせたら、妄想じゃなくなるぜ」

 恐怖と嫌悪がこみあげる。やられる前にやらなければ。気休めにしかならないかもしれないが、護身用の小刀に手をかける。


 タクト・タタはもう一本の剣を振り上げ、男に向かって投げた。男の腕、いや、水晶血丹が反射的に剣に向かって伸びた。その一瞬の隙をつき、タクト・タタは男のみぞおちに蹴りを入れよろめいた男の顔面に拳を入れた。続けて、二発、三発。そして、地に付した男の顔面を踏みつけた。一挙手一投足で伝わってくる。この人とはくぐってきた修羅場が違う。私もフィロも息を殺して、見つめることしかできなかった。

「てめえこそいかれてんな」

「そう思ってたけど、お前よりはましだな」

「お前もこのばけもんに好かれそうなのに、残念だなあ」

 そう言ったかと思うと、男の背中が割れて、そこから水晶血丹が幹が伸び、タクト・タタを包み込んだ。そのうちの一本が鋭利な剣のように鋭くなった。そうか、今度はタクト・タタの体内に侵入し、取り込むつもりか。そんなことは誰がさせるか。


 私は土笛を取り出し、吹いた。高い笛の音が洞窟内に響いた。


 タクト・タタを包み込んでいた水晶血丹は、ふいに動きが止まった。そのすきにタクト・タタは自分を包み込んでいた水晶血丹を切り裂いて、脱出した。


 動きを止めた水晶血丹に明らかに男は戸惑っていた。私は再び、吹いた。今度は真逆の低い音を響かせる。そして、次の瞬間、男は突如、うめき声をあげて、肩を押さえた。男の水晶血丹が、赤い光を発して、もぞもぞと動き、幹が男の肩や腕に刺した。

 明らかに異常反応を起こしている男の水晶血丹。私は植物を成長させる笛の音で男の水晶血丹を刺激した。

 急成長させることで、男の水晶血丹は暴走し、狂暴化させ、宿主を攻撃している。


 笛を吹くのを止めた。男の水晶血丹は、先ほどよりも動きが鈍くなったが、男への攻撃態勢は完全には止まらなかった。茎は、男の肩と腕に、深く刺さったままだ。これ以上、深く刺されば、失血死の可能性もある。

「あの子たちを治す方法は?」

 男は私たちを射殺すような目で、にらみ続ける。だけど、私は全く怖くなかった。お前をぶっ殺したいのは、私の方なんだ。私は男の胸倉をつかんだ。

「出せ。それで助けてやる」

 男の顔が苦痛でゆがみ始めた。ここまで異形化した水晶血丹を御するためには、膨大な生命力を費やしてきたに違いない。執念で何とか動かしていた体が限界を迎えているのだろう。

 男は恨みがましい目でフィロを見つめた。

「お前はあの音を聞いて、なぜ、無事でいる?」

「俺の水晶血丹は、ル―の笛を日常的に聞いてる。この程度の音波は屁とも思わねえよ」

「もう一度、聞く。あの子たちを治す方法を教えろ」

「知るか」

 私は男から離れ、土笛を再開した。男の表情が苦悶で歪む。だが、そんなことは知ったこっちゃない。笛を吹き続けた。男の水晶血丹はおそらく、彼の血管の中に入ったのだろう。男の腕や肩が醜い黒が入り交じった紫色に変色していった。


 男は懐に手を入れた。カチリとかすかな音が鳴った。

「フィロ、タクトさん、伏せろ!」

 私は叫ぶと同時に、身に着けていたマントを頭からかぶり、地に伏せた。

 爆発した。火薬のにおいと閃光。だけど、地響きや洞窟の内部を破壊させるような音は響いてこない。おそらく手りゅう弾だ。恐る恐るマントをとり、周囲を見渡した。

 そこかしこに焦げ臭い匂いが充満している。男の水晶血丹が彼の腕とともに落ちていた。男の水晶血丹は、無残に焼け焦げ、ほぼ跡形もなくなっていた。

 フィロは水晶血丹の残骸を手に取り、呟いた。

「俺が同じことしても、これと同じようにはならないな。あの男の場合、寄生されて、時間が経ってなかったから、一緒に体を切り落とすことで、一時的に水晶血丹の支配から解放された」

 フィロは水晶血丹の残骸を地面に叩きつけ、顔をあげた。まるで、火の玉のような怒りで身を焼き焦がしかねない顔。男の後を追うつもりだ。私は全身が怒りで震えているフィロにしがみつき、地面に押し倒した。

「ル―、放せよ!」

「行くな! フィロ」

 タクト・タタが来て、私と一緒にフィロを止めてくれた。助かった。怒りで我を失いかけているフィロは、すさまじく力が強く、私一人だったら、止めきることができなかっただろう。

「おい、何やってんだ、お前」

「決まってるだよ、あいつを逃がしてたまるか―」

 そうだ。フィロの言う通り、あいつを始末しなければならない。人を殺したことはないが、実質、あの男の腕をもいだのは私なのだから。今更、人殺しが嫌なんて、言えない。


 地面がぐらりと揺れた。私はそのまま、吐いた。ああ、こんな時に、何をやっているんだ、私は。倒れた先には、フィロが地に伏している。ああ、そうだった。フィロはずっと、我慢していたんだ。もう少しだけ、持って、弟の分まで―

 私とフィロはそのまま立ち上がることができなかった。


「ルー、大丈夫?」

 フィロが私の顔をのぞきこんでいる。フィロの隣にはタクト・タタがいた。さっきまで我を失いかけていた弟がこんなしおれた花のような頼りない顔をしているのは可笑しかった。

「こっちのせりふだよ」

 起き上がったとたん、吐き気がこみあげて、うっと思わず口を抑えた。能力を発動した反動がこんな形できた。

「ルー、げろ吐く? いいよ、げろげろ吐いて。俺が埋めてやるよ」

「うるさい、げろげろ言うな」

 タクト・タタはほっとした顔を浮かべたものの、すぐに厳しい表情を浮かべた。

「残念だがあの野郎、生きてやがった。そんで脱出した後。残っていた火薬で俺たちをここに閉じ込めやがった」

「脱出しましょう。早くしないと、酸素不足であの世行きです」

「歩けるか?」

「ぐずぐずしてたら死ぬって分かってたら、歩くしかないでしょ」

 フィロとタクト・タタは顔を見合わせて笑い、両側から私を支えてくれた。

「大丈夫、みんなで外に出よう」

 両側の二人は力強くおお、と応えた。


 男が外側から入口を爆弾でふさいだせいで、地盤がゆるくなっているおそれがある。下手に内部から火薬を使うと、天井から土砂が落下して、三人とも埋まってしまう危険性がある。

「だからね、外と近い薄い岩壁を破壊すればいい」

 私は草笛を取り出した。ピーっと高い音が洞窟の内部に響く。そして、そのまま歩き出した。

「俺はじゃあ、向こうを探す」

 タクト・タタの提案を制して、私は言った。

「待って、三人一緒に行動しましょう」

「何で?」

「外で待っててくれる」

 得心がいかない、というタクト・タタを見て、フィロは親指を立てた。そのまま、私は草笛の音を響かせながら、三人で歩き出した。

 

 かすかにロニの鳴き声が聞こえた。私たちを追ってきてくれた。

「どうして、角犬が」

「私の能力のひとつです」

 私は草笛をタクト・タタに見せた。

「この草の笛は、人間には届かない音波を動物に届けることができる」

 私はロニに自分たちの居場所を知らせるために、家から洞窟までの道のりで笛を吹いた。ロニにしか聞こえない音波でロニにこう伝えた、「ついてこい」

 その音波を察知して、ロニは私たちのあとをついてきてくれた。

 私は笛を吹いた。強く。外からのロニの鳴き声がそれに呼応するように強くなった。

「ここなら、岩壁を壊して外に出れる」

 タクト・タタは周囲の岩壁を叩いて、強度を確認した。

「ここなら、天井が崩れてくることはないな、任せろ」

 タクト・タタが私たちを後ろに下がらせて、火薬に火を点けた。爆発した。岩壁に大きなへこみができた。タクト・タタがそのへこみに思い切り蹴りを入れた。大きな音を立てて、岩壁ががらがらと落ちていき、大穴が空いた。

「わん」

 ロニが穴を抜けて、フィロと私に駆け寄った。

「ロニ、久しぶり」

 フィロはロニに顔をなめられて、両腕でロニを抱きしめた。弟がようやく元に戻った。

「ロニ、タクトさん、ありがとう」

 外の光が底の見えない恐怖で固まっていた私たちを眩しく照らしてくれた。ここが出口なんだ。

 

 外に出て、私たちはミロルとカロンの待つ家に走った。

「おかえり、どこに行ってたの?」

 出迎えてくれたミロルとカロンの顔を見て、こぼれそうになる涙をこらえた。

 この子たちの体の中には水晶血丹の種がある。こんなこと、伝えられない。ましてや、それを飲ませたのは、この子たちの父親だなんて。

「大丈夫、体はしんどくない?」

「どうしたの? 元気よ、ずっと」

 私とフィロはミロルとカロンを診察した。二人は血色もよく、脈も強く、体の痛みもない。いつも通り、元気。ミロルは何度も言い、カロンもこくこくと頷く。

 しつこいと言われながら、診察を続けるうちに夜になり、結局、私たちはいつも通りになってしまった。四人で食卓を囲んで笑いあう。

ミロルとカロンが何かと私たちの世話を焼こうとしてくれたのが、ありがたく私たちは体力を回復するために眠り続けた。

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