消せないわだかまり
「・・・・・・どういうこと?」
「あんたは見なかったの? 私はさっきも見た」
フィロは押し黙った。やはり、二人で同じものを見ていたのだ。
「・・・・・・お母さんもここに落ちた」
持ち帰った藻を改めて広げてみた。水中で見るときと、地上では大分印象が違って見える。
水中で見た時は、深緑に見えたが、明るい室内で見ると、暗めの黄緑色で水中で見るときよりは不気味には感じない。
「この藻がお母さんの記憶を読み取った・・・・・・」
私は先ほど見た光景をフィロに説明した。私の頭に刻まれたのは、この言葉だ。
『あんな植物に手を出すなんて』『許せない。こんなの薬売りじゃない』
「母さんは、じいさんに縁を切られたんじゃない。自分から切ったんだよ」
「どういうこと?」
「駆け落ちしたっていうのは嘘だと思う。じいさんの名誉を守るために」
そして、私たちが万が一にでも、そんな植物と関わらないように。
「じいさんはやばい植物を薬の材料にしようとして、縁を切られたんだ」
「……それはありえる話だね」
「母さんはじいさんとは違う方法で、薬売りになろうろしたし、私たちにもじいさんと同じ道を歩ませたくはなかった」
「じゃあ、母さんは辛かったよね。親と縁まで切ったのにさ。息子が宿主にされちゃうなんてさ」
沈黙が流れた。とりつくろった慰めは余計にフィロの心を傷つける。でも、何かを言わなければといくつかの言葉がぐるぐる回った。
「ねえ、お母さん、近くにいるんじゃないかな?」
フィロの顔に一瞬、怯えの色が広がった。だけど、私は見なかったふりをした。
「何でだよ?」
「・・・・・・分かんない、なんとなく」
「何だよ、それ」
「ねえ、お母さん、ちゃんと探さない?」
「・・・・・・何で?」
「あんたのその、水晶血丹、お母さんなら、ううん、うちのいかれたじいさんなら、何か知ってるんじゃないかな。だって、そういう植物を研究してたわけだし」
「だから?」
「母さんに会えれば、おじいちゃんの居場所も分かるんじゃない」
「・・・・・・生きてるかも分からないじゃん」
「でも、他に手がかりがないじゃない。もう、いい加減、これを退治しなきゃ。あんたの体調悪いの、これのせいじゃん」
「悪くない」
「ううん、この街に来てからおかしかった。元気が空周りしてたよ。だけど、どんどん変な汗をかいてる。辛いのを一生懸命隠そうとしてる。だから、母さんに助けてもらおう」
「俺なんかのことよりも、自分のことを心配したら?」
「私? 私はもう、大丈夫よ。何の問題もないじゃない」
「ル―の痣、広がってきてる」
思わず、フィロから顔をそむけた。それは、肯定の意味になってしまっていることに、フィロが気づかないわけがなかった。
「ル―、隠してた。広がるっていうより、痣、薄くなってきたところがまた少しずつ濃くなってる」
ぎくりとした。レオル村でぎもろも草を成長させた時、いや、その前の薬草を成長させた時だ。焦っていたから、見過ごしていたが、あの時、大分体に負担がかかってしまった。あの笛の能力を受け継いだ時、母さんから聞かされた。
「力の発動の強さに比例して、自らの体に何らかの代償を受ける」
その体に受ける『代償』は、扱う人間によって異なる。私には、以前毒草の棘によって、発症してしまった痣の再発、という形で現れてしまった。
正直、弱い力で吹けば、多少体力を奪われるだけで、何ともないと思っていた。改めて、自分以外の人間、それも一番近しい存在のフィロに痣の再発を指摘されると、これは紛れもない現実なんだ、と改めて突きつけられた。
「やっぱりフィロもそう思う? そうだったか……」
「本当は気づいてたんだろ」
「いや……気のせいだったらいいなあって」
「もう使わないで」
怒りと悲しみが入り混じっている声。有無を言わさないフィロの圧。
「返事」
「はい」
私は叱られた幼児のようにただただうなだれた。
「でも、私のはしょせん、痣だよ。命にかかわることじゃない。フィロ、あんたの方が大事だよ。ねえ、もっと自分の体のことに向き合ってよ。そのためには、母さんの知識と経験が必要なんだよ」
「母さんは俺なんかに会いたくない。俺も会いたくない……母さんは俺のこと、殺そうとしたから」
「……嘘」
フィロの顔は真っ白だ。さっき溺れかけた時よりもずっと。
「ルーは見てないよね? 俺が水晶血丹に寄生されて帰ってきた夜のこと。母さんは俺がそんな植物と一心同体になったことが許せなくて、首を絞めたんだ」
「嘘だよ、私たちの母さんがあんたを殺そうとするなんて、ありえないでしょ? そうに決まってる」
「俺はそれだけのことをしたから」
「母さんがそんなことするはずない」
「違うんだよ。もう俺と母さんは元には戻れない。だけど、ル―は違う。ル―はさ、薬売りなんてやめて、村で母さんと暮らしなよ」
「馬鹿! そんなことできるわけないだろ! フィロがいなきゃ意味ないんだよ」
「俺がいなくても、意味はあるよ。ル―、一度びびの入ったお皿は元には戻らない」
「私たちはお皿にも勝てないのかよ、ふざけんな!」
「ル―、怒鳴らないで」
私は耳をふさいで、部屋を飛び出し、物置小屋の中に飛び込んで泣き喚いた。ミロルらしき声が聞こえてきたけれど、私は何も答えられず、ただただ泣くことしかできなかった。