同じ名前を持つ姉弟
「どうする?」
「俺たちもこの家に泊まればいいんじゃない?」
「それは、さすがに図々しいだろ! 家主の人もどこにいるかも分からないのに」
「こんな場所に子供二人をほったらかしてる家主?」
「ルーだって、あの子らの秘密を知りたいと思ってるくせに」
「そうだけど・・・・・・」
部屋の隅で固まっているちびルチカに声をかける(二人で相談して、女の子を『ちびルチカ』男の子を『ちびフィロ』と呼ぶことに決めた)私たちもこの家に泊まってもいいか、と。ちびルチカはかすかだけど、こくんと頷いた。ちびフィロにも同じことを聞いたが、見事に無視されてしまった。
「じゃ、ここに泊まるの決定」
男の子は言葉を話さないので、女の子に私たちもこの家に泊まってもいいか、と尋ねると、意外にも好きにすればと返事が返ってきたので遠慮なくそうさせてもらうことにした。
フィロに言いくるめられたようにも思えるが、実際、この子たちだけで夜を過ごさせることに不安を感じていたから、フィロがああ言ってくれて、ほっとした気持ちもあった。
子供たちに何を食べて生活しているのかと聞くと、部屋の隅に置いてある。二つの大きな袋を指さした。その中には大量の穀物が入っていて、もうひとつの袋にはこれまた大量の干した果実が入っていた。
「この袋、どこから手に入れたの?」
「知らない、朝になったら玄関の前に置いてある」
「誰が置いたのかわかる?」
「知らない」
困ったな。しかし、この穀物と果実自体は我々も味見してみたが、特に問題はなかった。だけど、この子たちはこの街に来てから、ずっとこの穀物と干し果実だけを食べ続けていたということだろうか。よくないことだけど、日も暮れてきたし、今日のところは仕方ないかな。当面の食料の調達はまた明日考えよう。
ちびフィロの様子がおかしい。そうフィロに呼ばれて、夜中に目を覚ました。
ちびルチカはすでに起きていて、ちびフィロに寄りそっていた。
みんなで声をかけたが、反応はなかった。ぴくぴくとまぶたがけいれんしている。
てんかんの症状だ。横向けに寝かせて、衣服のしめつけを解いた。子供のてんかんの発作に効く摘んでおいた雨ならし草を塩でもみ、もみ汁を口に含ませる。
ちびルチカが心配そうにのぞき込んでいる。彼女の顔も真っ白だ。
「大丈夫だよ」
私はちびルチカの手を握った。手の冷たさと震えが彼女の恐怖を物語っていた。
「治る?」
ちびルチカはすがるように、私を見つめた。自分よりも小さい者を必死で守ろうとする目だ。血が繋がっていようといまいと、彼女『お姉さん』なのだ。
「こういうこと、よくある?」
「うん。何日かに一回。しばらくしたら、治まるんだけど。こんなに苦しんで、かわいそうだよ」
「うん、辛かったね」
頼れる大人がいない子供二人だけの生活。この子だけで、小さな男の子の看病をしなければならなかったのだ。
「大変だったね」
「そう、フィロがかわいそう」
「あなたも」
ちびルチカは、きょとんとした顔で私を見た。
「頑張ったね」
「私は何もしてない」
「あなたがいなかったら、この子はもっと辛かったよ」
ちびルチカはぶんぶんと首を振った。
「私たちをこの家に入れてくれたのは、私たちが薬売りだからだよね」
彼女たちと出会った時のことを思い出した。ちびルチカは、私が薬売りだと名乗ると、確かに「薬……」と呟いたのだ。
「この子が心配で、治してあげたかったんでしょ?」
「・・・・・・うん、私、あの子のそばに居てよかったな。居てよかったんだ」
噛みしめるように、そう言ったちびルチカの言葉に私はなぜだか泣きたくなった。
「これからは、私たちも居るからね」
ちびルチカは、ふっとほどけるように笑った。
子供たちと丸一日、過ごして分かったことだが、気分が不安定ではあるが、記憶をなくしていること以外は、日常生活に支障をきたすような症状は、特に見あたらなかった。二人は庭の井戸から水を汲んで飲み、台所に置いてあった大量の袋詰めの穀物と干した果実を食べて生活していたらしい。
食べる時以外は、二人とも部屋の隅にいき、ぼうってして日がな過ごしている。
夜になった。ちびルチカとちびフィロは、布団の上で寝息を立ててすやすやと寝入っている。こうして見ると、普通の家のごく仲のよい姉弟みたいだ。だけど、二人は、血の繋がっている姉弟なのだろうか。そんな疑問が頭にふと浮かんだ。
「この二人って血がつながってるのかな?」
「どうして?」
「似てないきょうだいが多いって前提のうえで言うけど、ちびルチカが黒髪の黒の瞳でちびフィロが赤髪の緑色の瞳だよね。顔もあんまり似てないっていうか、容姿できょうだいって感じられるところがないなあって」
「うん」
「そういう可能性もあるかもしれないって、ちょっと思って」
翌朝、ちびルチカとちびフィロは水を飲んで、干した果実をほんの少し口に入れただけで、部屋の隅で丸くなってしまった。ずっと毎日毎日こうしていたのか。意を決して提案してみた。外に何か美味しいものを食べに行こう。すると、ちびルチカはいやいやときっぱり首を振った。
「私たち、外なんて出たくない。食べるものならいっぱいあるもん」
「穀物とか干したぶどうとか、同じものばっかりじゃない。他のものも食べたほうがいいよ」
「いらない。他のものなんて、毒だもの」
「毒? どうしてそう思うの?」
「変なものを食べたら、死んじゃうよ」
「誰かにそんなこと、言われたの?」
「分かんないよ」
「食べるものは、たまには自分で選ぶのも楽しい?」」
「楽しい? 食べることが?」
「うん、食べることって、楽しくできるよ」
「私は楽しくなくてもいい」
「そっか……おし付けて、ごめんね」
ちびルチカはぶんぶんと首を振った。
「そうじゃなくて。そういう意味じゃなくて」
「うん?」
「みんながいてくれたら、楽しくなんてなくていいよ」
そう言って、ちびルチカは、私とフィロを指差した。みんな。そんなこと言われたら、嬉しくなってしまう。
そうは言っても、他のものも食べてもらいたい。
袋に入っていた穀物と水とルミノという木の実をすり潰したものに樹皮から採取した水を加えると粘状になる粉を加えて、練って、団子状にする。市場で買ったバターを平たい鍋に溶かし、先ほどの丸めた団子状のものを少し平べったくして鍋に入れる。香ばしいにおいが立ちこめる。焼き目がついて、全体が狐色に染まってきたので、焦がさないように注意する。ちびルチカが柱の影から半分だけ顔を出し、こちらの様子をうかがっている。
「何してるの?」
「ご飯つくってるの」
答えてから、気がついた。ちびルチカが自分から話しかけてくれるのって初めてだよな。
「何これ」
「いつも君たちが食べてるもの」
多少色々加えたが。ほぼ、おおもとは、彼らが普段食べている穀物だ。
二人はくんくんと匂いを嗅いでいる。
「いただきます」
フィロは焼き団子をがぶりと口に入れた。あっという間に自分の分を平らげる。
「美味しい。食べないなら、俺が食うよ」
フィロはちびルチカとちびフィロの焼き団子の皿に手を伸ばした。すると、ちびルチカとちびフィロは、自分たちの皿をさっと後ろに隠したため、フィロは大人しく伸ばした手を引っ込めた。
ちびルチカとちびフィロは改めて、自分たちの焼き団子の皿をじっと見つめた。
そして、とうとう根負けしたように、焼き団子におそるおそる口をつけた。
「美味しい」
ちびルチカは私の顔を見て、感激したように言ってくれた。私は胸いっぱいになった。
ちびフィロも焼き団子をほおばっている。気にいってくれたみたいだ。ちびルチカは、焼き団子の断面をしげしげと見つめた。
「変なのが入ってる」
「ルミノって木の実を砕いて入れたの」
「かりかりしてる。ちょっと甘いのね、味も香りも」
「そうなの! ルミノの実は、ほんのり甘いの」
「ふうん」
「お茶、飲んでみる?」
いつも食べている穀物とカロットの樹の根を炒ったお茶だ。香ばしくて、心が落ち着く香りがして、私とフィロのお気に入りのお茶だ。
ちびルチカは、お茶をくんくんと嗅いで、ゆっくりと啜った。
「美味しい」
「でしょう」
見ると、焼き団子の皿が空になっている。気に入ってくれたみたいで、ほっと息がつけた。
「こんなに色々つくってくれたんだね」
「食べてくれてよかった。ちょっとおせっかいだったかなって」
「ルーだからだよ」
ちびルチカは、私を見た。今までの伏し目がちではなく。まっすぐな目で。
「ルーが私のためにつくってくれたから。他の人だったら、食べられなかった」
「ありがとう」
今度つくる時はもっと美味しいものを食べさせたい。そうしたら、今日よりもっと楽しい食卓になる。