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不吉な花の駆除

 翌日は、ロステムの家の裏の山に花の駆除に向かった。村の人たちが手伝いを申し出てくれたが、花粉が飛び交う中での作業は危険なので、丁重にお断りした。私たちは花粉を通さないさまざまな植物の繊維で紡いだ布を作り、鼻と口に当てた。繊維を何重にも張り巡らせる特殊な織り方で、母が教えてくれたものだ。

 そして、目を異物から保護してくれる眼鏡もかける。

 私たちは昔の人たちの知恵で守られていると感じる。気合を入れて、山に足を踏み入れた。


 歩を進めるうちに、どんどん花粉の量が多くなる。昨日までの澄んだ空気の山と同じ場所だとは信じがたかった。山の中では布と眼鏡がなければ、いくら呼吸法を工夫したとしても、作業などとうていできなかっただろう。

「フィロ、本当に大丈夫?」

「大丈夫、これが反応するのは、生き物に『ついた』やつだけだから」

 さらに、花粉をまき散らしている元凶の元へ、ぐんぐんと先へ進む。


 そして、ようやくたどり着いた。見渡す限り、真っ赤な花の大群。

「想定していたのの倍以上だね」

「うん」

 ここまで、大量に花が咲いていると分かっていれば、花の駆除を最優先にしていたのに。

 つい、村の人たちへの訪問を先にしてしまっていたがために、今回の事故は起きてしまった。判断を誤ったことが、改めて悔しくてたまらない。


 さっそく、駆除にとりかかる。呼吸法のみで凌いでいた昨日よりはましだが、息苦しいことには変わりない。時間との勝負だ。うっとうしいことこの上ない花粉を忌々しく思いながら、私とフィロは黙々と花を根こそぎ引っこ抜いていった。やはり、思ったよりも根が深く張っている。あっという間に泥まみれになった。


 日が傾き始めた。数は大分減らすことができたが、崖の岩肌に自生している花は採り切ることができそうもないことが、どうにも気にかかった。

「あそこの崖の花を駆除すると、地盤が緩んで土砂崩れが起きるかもしれないな」

 フィロも私と同じ考えだった。

「あの辺りは諦めるしかないんじゃない?」

 そうするしかないだろうな。私たちのせいで、後々の災害の可能性なんて、生みたくはない。

 しかし、完全に駆除できなくていいのだろうか。おそらく、あの自生の仕方だと繁殖力はかなり強いと言っていいだろう。しばらくはいいのかもしれないが、だんだんと根を広げて、何年か後には有毒な花粉をまき散らすかもしれない。


 ふと我に返ると、私もフィロも見事に全身、花粉まみれで間抜けな姿になっていた。

 花粉が届かない木の洞を見つけ、そこで休憩することにした。

 「そういえば、あのおばあさんが言ってた薬売りってさ、本当にうちのじいちゃんだったら面白いよね」

「売薬手帖にあるんだったらさ、この村に来てたってことだよね? ソーヤ村の薬売りがさ、そんなに何人も来るとは思えないんだよね。自分たちの縄張りってもんがあるでしょ? だったら、可能性は高いんじゃないかな?」

 その時、頭の中にひらめくものがあった。

「ねえ、あの草、ぎもろも草、ここで使えないかな?」

「どんな草だっけ?」

「あの家の土壁に使われてた草だよ」

「ああ、あの草か。茎から粘液を出すから、土にまぜたらねばねばになって、木と土の接着剤になるんだよね」

「そう、だからあの草は家の建築に重宝される。だったら、あの草を花を駆除した後の崖に植えれば、土嚢の役目を果たしてくれるんじゃない?」

「すごい、面白そう」

「でしょう」

「やっぱり、ルーはすごいね」

「そうかな」

「うん、ルーはいつも俺の先を行く。俺に背中しか見せてくれない」

「よせやい……らしくないこと言うんじゃねえよ」

 たまに褒められると、ただでさえ花粉がうっとうしいのに、鼻がむずむずしてしまう。


 まず、村のありこちに生えているが、この斜面に集中して植生させるために、集めた束にしたぎもろも草を植える。


 土笛を吹いた。ぎもろも草が一気に伸び、茎が岩肌を這いずり回り、寒天のようなものが土砂を包み込んだ。この寒天状のものは、やがて、蒸発して、より粘性の強いものに変質し、土砂を固める。

 ぎもろも草はレオル村では、雑草とされている草だ。

 何の役にも立たない、むしろ駆除すべき雑草とされているが、土砂を固定する役割を果たしてくれる。売薬手帖が教えてくれたことだ。


 ぎもろも草は繁殖力の強い植物で、能力を制御していても、勝手に伸びてくれるので、体力の消費はそれほどなくすんだ。ぎもろも草を急成長させることで、花の駆除で弱くなった地盤を固定させる。そして、とりきれなかった花の花粉をぎもろも草の群生が受け止め、さらに草の粘液が時間が経つと、寒天状になり、花粉を吸着してくれる。


 力を抑えて吹いたにも関わらず、ぎもろも草は斜面に生えている樹木を包み込むように蔓を茂らせる。まるで、私たちの羽織っているマントみたいだ。私はもう十分であることに気づいていた。だけど、次第に高揚感が増していく自分を抑えられなかった。もっと、もっと、自分の力を確かめたい。

「ルー、もう、やめろ!」

 突然のフィロの大声で笛を中断した。フィロがこんな大きな声を出すなんて、いつ以来だろう。

 いつになく、険しい表情をしている。それを通り越して、恐ろしげなものを見たような表情に私は肌が粟立った。そんな目で私を見るなよ。

「ルー、もう大丈夫だから」

「うん」


 ぎもろも草は、根の部分から粘液を出し、土に粘りけを持たせ、伸びる蔓が樹木を覆い被し、風や直射日光を遮る。つまり、光合成を防ぎ、花粉をまき散らす『赤い花』が生育することを防ぐのだ。 ぎもろも草が土から空から、両面でこの地を守ってくれるはずだ。

 

 これで、花を駆除した後でも、土砂崩れの心配はなくなる。それにしても、この赤い花の繁殖力には、舌を巻いた。よもやこんな場所にも生えてはいないだろう思っていた岩肌にも毒々しい花を咲かせていたのだから。一輪の赤い花を瓶に入れて、鞄にしまった。手についた花粉を忌々しく思いながら。

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