8、合格発表と婚約成立
アレックスのおかげで試験は無事に通過した。
合格通知を受け取った喜びは格別だった。努力が報われることが、こんなにも満ち足りた気持ちを与えてくれるとは知らなかった。
合格の書類を持ち上げたり、近づけたりしながら、緩みそうになる頬を抑える。誰もいないのだから気にせず、にんまりしていればいいのに、淑女たる者あからさまに喜ぶのはどうかと冷静な私が制する。
合格通知を見つめて、ふつふつとわいてくる歓喜に浸れば、努力が報われた満悦はひとしおで、建前なんて羽が生えて飛んで行ってしまった。
ソファーにゴロンと寝転がって、足をあげてばたつかせる。合格通知を掲げて、にやけることが止められない。
その時、扉のノック音が響く。はしたない恰好をしているとはっと気づき、座りなおして、スカートの裾をなおす。
「どうぞ」
いままではしゃいでいたことを隠すように、すまして答えた。
扉がばんと開かれると、アレックスが飛び込んでくる。私以上に喜びを満面にたたえている。
今は仕事時間ではないの。
「アレックス!」
どうして彼があらわれたか分からず、びっくりした私は彼の名を叫びながら立ち上がった。
「おめでとう、シンシア」
彼が私の手をつかんで、ぶんぶんとふる。
「執事から連絡がありました。試験通られたんですね」
「はっ……はい」
唐突にあらわれ自分のことのように大喜びする。私は呆然と頷く。
「よく頑張りました。目標達成おめでとう」
「いえ……、アレックスの目標設定と環境づくりが功を奏したんです」
彼は大きくかぶりをふる。
「あなたの前向きに取り組む姿勢あってのことです。あなたならできると信じていました」
アレックスが片手を離し、後ろを差す。
控えていた執事がなにやら大きな箱を持っている。
「学園の制服が入っています。試着してみませんか」
「はあ……」
喜びが驚きに変わり、私は流されていく。
「私は隣の自室で持ち帰った仕事をしています。ぜひ着替えて、制服姿をみせてください」
笑顔のアレックスは有無を言わせない。
合格を喜んでくれているのはわかるので、悪い気はしないものの、その素早さには面食らってしまう。そういえば、破棄から婚約までも怒涛のような展開をみせた。アレックスの行動力には、ほとほと度肝を抜かれる。
アレックスが出ていき、私は制服を見つめた。シンプルなつくりで動きやすそうだ。男性のジャケットを思わせる上着。ブラウスにはリボン。スカートはドレスより短めである。
着替えて鏡の前に立った。シンプルで動きやすい服装だけど、なかなか可愛らしい。スカートも膝丈ぐらいで、ドレスのように長くない。
「こんな動きやすい服装初めて……」
アレックスが、私を世間知らずと称した意味をこんなところでも思い知る。今年一年、楽しく暮らす。彼が言うならきっと間違いない。
私は、自然とほころんでしまう。
動きやすい服装に、鏡の前で回ってみる。
アレックスに見せに行こう。私は自室を飛び出して、隣にいるであろう彼の部屋の扉を叩く。返答も待たず、私は扉を開けてしまった。
「ねえ、アレックス。すごく軽くて、動きやすいの!」
机に座って書類とにらめっこしていたアレックスの手が止まる。目が大きく見開かれ、何とも言えない表情を見せた。
「……アレックス」
ものすごく喜んでくれると期待していたと自覚した。彼の静かな反応に私の喜びは行き場を失う。
急に私は不安になる。
アレックスが立ち上がった。ゆっくりと私に近づいてくる。ひどくまじめな顔だ。いつものにこやかな笑顔ではない。
自分から飛び込んでおいて、私は半歩後方へ足をすりよせた。
アレックスが私まで数歩というところで、歩みが早まる。あっと思う間もなく、私は彼に抱きしめられていた。
私の両眼は大きく開く。今まで手をつないだことはあっても、抱きしめられたことはなかった。
初めての抱擁に、私は戸惑い、どうしていいかわからない。
「アレックス……」
戸惑う声を発しても、彼の腕ははなれない。抱きしめる力はつよくなるばかり。
「どうしたの」
いつもならはにかんだり、恥ずかしがったりする彼が、急に大人の男性に感じられれ、私はドキドキする。
「アレックス」
「……シンシア」
やっと名を呼んでくれて私はほっとする。
「本当に、よく頑張って……。よく成長しましたね」
感慨深げな彼のささやき声が響き、私の頭部に頬をよせてくる。
「頑張りましたけど……成長したかどうかは……」
「いいんです。本当に、よく頑張りました」
アレックスに褒めてもらえると、とても心地よい。
「ありがとうございます。このような結果が出たのも、喜びを味わえたのも、アレックスのおかげです」
息を吸い込んだ。彼に包まれながら、そっと手を伸ばす。彼の背に腕をまわした。
「ありがとう、アレックス」
彼が少し身を離した。
私の腕は彼の背に回されている。
「シンシア。これで、私たちは、正式に婚約者です」
「はい」
「婚約者という立場だけであなたをしばりたくはありません」
アレックスの言葉の意味がわからず、私は首をかしぐ。
「シンシア。愛しています。結婚するまでのこの一年間。私たちは、婚約者であり、恋人同士として、お付き合いしたいです」
照れる間もない告白に、私の頭は真っ白になった。