37、公爵家の秘密②
私は頭を抱えてうずくまった。
私の出生こそ、公爵家の秘密だったのね。私は、表向きはこの家の娘でも、実際にはその血を引いていない。
アレックスが唯一、父の実子なら、父が継ぎ、彼が公爵を継いでいくのが筋だ。私やエリックでは、公爵家の血筋が絶えてしまうに等しい。
「……だから、お爺様は、遺言を残されたのね……」
直系の孫に、爵位を譲渡した。
「お爺様も賢明な方ね。ここまでややこしくしてしまった現状を、遺言一つで、正すなんて……」
もう、私には、そうとしか言いようがない。
「エリックとのことは、申し訳なかった。
こうなっては、彼の後ろ盾に私もつけない。彼の未来に責任を持てない以上、伯爵家にも事情を説明し、婚約破棄の方向で話をすすめた。
伯爵家も、息子の将来を案じ、私たちの意向を汲んでくれた。これが真相だ」
やはりエリックの将来も考えられてのことだったのね。
「マーガレットが納得できなかったのは、シンシアとエリックの婚約が、彼女の夢を反映したものであったからだ。
お前が知るエリックと、私の親友のエリックはとてもよく似ている。性格も、容姿も、まるで生き写しのようだった。
シンシアとエリックが並ぶ姿は、マーガレットにとって、涙なくては見られない光景だったのだ。
私とマーガレットに息子一人生まれていれば、こんなことにはならなかった。しかし、まあ、子どもとは授かりものだ。
こればかりは、望んでも、うまくいかないこともある」
父が押し黙った。父と呼んでいいものか、惑う。
私はおずおずと、顔をあげた。
「……お父様……」
震える弱々しい声だった。今後も、父と呼んでいいものか迷う。
「……私は、お前の実の父ではないが、養父ではある。私にとって、お前は娘であることは変わらない」
父の言葉に涙があふれた。
「お前も知っていようが、アレックスは、婚約を公表までしていない。今ならまだ、引き返せる」
アレックスが私に決断を迫っていることを知っているのね。
私は父を見据えた。
私はこの人の実の娘ではなかった。
実の父は、伯爵の実弟。
アレックスが唯一の父の実子。
母は、事故により馬や馬車を恐れるようになった。
エリックが私の実父と似ていて、彼と私の婚約は母の悲願だった。
これだけ分かれば十分だ。
頭がキンキン痛むほどの事実が控えていた。
本当に、貴族の過去なんて探ってみていいものではないわ。
私自身が、公爵家の血をひいてないなんて。そんなことが隠されているなんて。想像もできなかった。
私は大きく息を吸って、吐いた。
これで、心置きなく、すべてを受け入れられる。
「ありがとうございます。お父様。
すべてを包み隠さず、話していただき、本当にありがとうございます」
私はその場で立ち上がった。ソファーの横に歩み出る。
ダンスを踊り切った後のように、父と向き合う。スカートをつまみ、膝をおり、深い礼を示す。
顔をあげると、父が驚いていた。
私は、笑んだ。すべてを話してくれたこと。今まで育ててくれたこと。そのすべてを感謝して。
「お父様、今まで、私を育ててくださいましてありがとうございます。私は、アレックスの元へと帰ります。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします」
結論は出ていたのだ。たとえ彼と異母兄弟でも、父が知りながら私と彼の婚約をすすめたなら、背景を理解し納得する気持ちでいたのだ。
「そうか、アレックスの元へ帰るか……」
父が下を向き、鼻をすすった。
「今、アレックスはこの屋敷にいる。テラス席か、庭のバラ園にいるだろう」
「あら、せっかちな人ね。てっきり屋敷で待っていてくれているかと思ったわ」
くすくすと私が笑うと、父も苦笑した。
「あれも不安なんだろう」
「もう少し、信頼してほしいわ」
「若くてきれいな婚約者じゃ、気が気でない男心もわかってやれ」
「バカな人ね」
ふふっと笑ったら、父も笑った。
「私、迎えに行って、そのまま、屋敷に帰りますわ」
「そうか、またおいで」
「ええ、お母様にもよろしくお伝えください。また、来ます」
私はひるがえす。振り向きもせずに、扉を大きく開け放ち、アレックスを迎えに出た。私は廊下をずんずんと進む。
ばかな人。
本当に、ばかな人。
なにを遠慮しているのだろう。なにを恐れているのだろう。
受け身な私を案じておいて、試練を与えて、扉を開かせておいて、怖気づいて逃げてしまうの。
賢い人なのか、愚かな人なのか、わからないじゃない。
好きよ。大好き。
私が幼い頃遊んだ人。ぬくもりだけは、覚えているわ。
名前……、あの時、私は彼をなんと呼んでいた。
あっ……あっ……、アル、アルだわ。
幼い頃も好きだったけど、今は今で、今のあなたが好きよ。
ねえ、アレックス。どこにいるの。
テラス席を横切り、私は庭へでた。ずんずんとバラが植えられたゆるい坂道をのぼる。
星が明滅し月が輝く。柔らかい光の薄化粧で輝くバラたちが、濃厚な香りを漂わせる。
香りをかき分け、私は進む。
人影が見えた。背中を向けて、立っている。
走ろうとすると、ヒールがある靴が邪魔だった。私は靴を脱ぎ、指にかかとをひっかけて持ち歩く。
彼は空をぼんやりと見上げていた。月がきれいだと眺めているのかしら。
闇色の髪が風に揺れ、輝く月を思わせる瞳をぼんやりさせてたたずんでいる。
あと数歩というところで、私は走り出した。
「アル」
ぼんやりしていた彼がはっとして、こちらを向くと同時に、私は彼に体当たりするように抱きついた。
「ただいま、アレックス」
「シンシア」
驚き目を見張り、アレックスも叫ぶ。
「どうして!」
「どうしてって……」
この人は本当におかしな人ね。
「私は、あなたの婚約者よ。お父様とも会ってきたわ。全部教えてもらったの」
彼の背後に抱きついた私は、振り向く彼を見上げて、笑う。
「ちゃんと聞いてきたわよ」
アレックスは目を見開いたままだ。
私は、腕を少し緩めて、彼を見つめる。私の腕の力が緩むと、アレックスは身をひねった。
そのまま、かぶさるように私を抱いた。
「アレックス。
私とあなたに血のつながりがなかったこと。
あなたがやはり父の実子であること。
母の秘密。
全部、全部、聞いてきたの。
でもね、ちゃんと決めていたのよ。
すべてを知って、私はあなたの元へ帰ると……」
アレックスの背中に手を伸ばした。
「帰ろう。私たちの屋敷に、帰ろうね」
「……帰りましょう」
アレックスが腕の力を緩める。
「辛くなかったですか。すべてを知って……」
私は斜め上を見る。少し唸ってから、笑い返した。
「驚いたわ。でも、スッキリもしたの。これですべてを受け止められるわ」
「強くなったね」
「あなたのおかげよ」