36、公爵家の秘密①
「お父様、公爵家のこと、母のこと、アレックスのこと、すべて教えてもらえますか」
ダンスパーティーが終わりに差し掛かり、先んじて馬車にのり帰宅した私は、父の応接室へ真っ先に飛び込んた。ダンスパーティーで着ていたドレスもそのままに、整えた髪が少し崩れて、なお気にせずに、私は父と対面する。
ただいまもなく放った第一声に父は目を丸くする。嘆息し、机に視線を落としつつ、立ち上がった。
「すべてを伝える。そこに座りなさい」
促され、父から視線をそらさずにソファーに座った。
私の帰宅を察して執事が紅茶を用意し入室する。私と父の分をローテーブルに並べた。
父は執務用の椅子からはなれ執務用の机を回り込むと、ゆっくりと私に近づく。
「さて、どこから話すものか……」
考えあぐねているのか、片手をあごによせ、首をかしげ、眉間にしわをよせる。
ソファー席に近づき、私の前に座った。姿勢を正し、私を見据える。
「シンシア。アレックスの出生は感づいたか」
「はい」
アレックスと彼の母、それに父が描かれた絵を思いだす。
「気づいた通り、アレックスは私の実の息子だ」
驚くことは何もない。ただそれだけ、父の口から聞きたかった。
「実の息子と知りながら、私との結婚を喜ばれたのですか」
「そうだ」
「それは家の安泰のためでしょうか」
「そうとも言えるし、違うとも言える」
「私とアレックスは、異母兄妹であるということでしょうか」
「違う」
「えっ?」
私とアレックスが、兄と妹ではない。
「アレックスとシンシア、お前たちに血のつながりはない」
「私と、アレックスに血のつながりはないですって……」
ぐるんと頭が回転する。予想だにしなかった。
アレックスは父の息子であり、絵に描かれた女性と容姿がそっくりだった。一目で親子とわかる。
片や私も、母に似ている。
振り返れば、二人とも祖父や父の面影はない。
「……まさか……」
今、対峙している父と私。容姿はまるで似ていない。
「察するか、シンシアよ」
まさか。
まさか、私と目の前にいる父が……。
「私とお前に血のつながりがないのだ。
シンシア。お前が、私の実の娘ではないのだよ」
ぶるんと体が震えた。怖くなった。両手を口元に寄せ、私は今まで信じて生きてきた半分ほどを失ったかのような衝撃に耐えた。
「……お父様の、娘ではない……」
そんなこと、疑いもしなかった。
伸ばしていた背筋を丸め、両肘を曲げて身をかがめた。父を直視できず、視線を左によせた。
「母の不貞で生まれた娘でもない。その点は安心して、聞いてほしい」
父の静かな声さえ、雷のようだ。
「私と、アレックスの母も、マーガレット……お前の母も、すべてを知っている。
シンシア、お前の実の父は、マーガレットの元婚約者であり、恋人であり、私の親友だった男だ。
名はエリック。
エリック・エヴァンス。
現エヴァンス伯の実弟だ。
お前の元婚約者であるエリックの父の弟が、シンシア、お前の実の父親だ」
「……どうして、何が、あったの……」
私はアレックスとは一滴も血のつながりがなく、むしろ、エリックと血縁があり、その関係は、いとこ同士だというのね。
手で押さえた口元の震えが止まらない。
「つらいか。今日は、ここまでにして、休むか。シンシア」
嫌だ。こんな中途半端に聞いたまま、休むことなんてできない。
「……最後まで、聞かせてください……」
お父様、とは言えなかった。
「これから話すことは、お前が生まれる前のことだ。
誰が悪いとも言えない話だと理解して、聞いてほしい。
マーガレットとお前の父であるエリックの結婚が間近に迫っていた時だった。エリックが落馬事故により絶命した。
マーガレットの失意は深く、しばらく外出できないほどだった。二人と親しかった私だけ、彼女の元へと足しげく通った。
その時、彼女が、妊娠していることが判明する。
おろすか、産むか。決断に迫られた。産めば、乳飲み子を抱えたマーガレットに新たな嫁ぎ先はない。幼い子供を抱えて、肩身狭くし、生きる道しか残されない。
私だとて、彼女ほどではないが親友を失い嘆いていた。
親友の忘れ形見でもあるお前を、みすみす見殺しにする真似はしたくなかった。
この家の侍女であった、アレックスの母にも相談した。もちろん私の親友二人とも面識があり、マーガレットも私の恋人がアレックスの母であることは知っていた。
アレックスの母は自身の立場を理解している。どんなに私といても、自分は妻とはなれない。いずれは私が本妻を迎えると承知していた。彼女にとっては、息子一人得たことが宝だったのだ。
そんなアレックスの母にとって、マーガレットがエリックとの子をおろすなど、彼女の倫理が許さなかった。
すべてを了解した上で、マーガレットに内密に提案した。彼女を本妻に迎え、お腹の子を産み、安心して育てる道だ。
私が足しげく通っていたことも効を奏した。
エリックの子であることは関係者だけそっと胸の内に秘め、公表しないこととした。
幸い生まれたのが娘であり、マーガレットによく似ていた。後継問題も起きそうになく、安堵したよ。
父の悩みの種であった私の本妻問題も解決した。
あとはマーガレットと私との間に、息子が生まれれば、すべてまるく収まるはずだったのだ」
「……母が馬や馬車が苦手というのは、落馬事故のせいでしょうか……」
「それもある。マーガレットが決定的に馬と馬車に拒否反応を示すようになったのは、シンシアが生まれた後だ。
生まれたての赤ん坊も丸々と太り、首が据わった時期に、シンシアを連れ馬車にのり外出した時に、再び事故が起こった。
馬車の車輪が外れたのだ。その衝撃で、赤ん坊のお前が大きく目を見開き、息を呑んだ顔をしたそうだ。ショックで、赤子まで死んでしまう恐怖にかられたと後にマーガレットは言っていた。
馬車内にいたマーガレットが擦り傷を負ったものの、赤子のシンシアには傷一つなかった。
他にけが人も出ず、大きな事故にはならなかった。
身体的な怪我は残らなかった。
マーガレットに残ったのは、精神的なものだ。
落馬により恋人を失い、その一年半後に、馬車の車輪が外れる事故にあい、シンシアまでも失う恐怖にさらされた彼女は、馬や馬車を恐れおののき、利用できなくなった。
この屋敷から出られなかったのは、シンシア、お前ではなく、母の方なのだよ。
学園に通わせることなどが難しかったのは、マーガレット自身がのれなくなっただけでなく、お前が頻繁に馬車にのることを見るのが、耐えられなかった彼女の事情もあったのだ」
母の事情があって、私は屋敷から出ずに教育を受け、育てられたということなのね。