表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/40

32、ダンスパーティーの始まり

 空が赤く彩られる。学園全体から人のさざめきが流れてくる。いつもなら日が暮れかければ人気ひとけ薄れる校舎も、今日ばかりはそこここに灯りがともる。光源が重なりあい、滲めば、幻想的な揺らめきを伴い、学園全体に魔法をかける。

 色鮮やかな衣装をまとった学園生が行きかう校舎や園庭が、紳士淑女が集う立派なお屋敷へと変貌する。


 馬車から降りた私は、談笑したり、歩く人々を眺めながら、最終学年が集う待合場に指定された教室へむかった。

 生暖かい風が吹き、髪飾りをつけた髪がなびく。


 教室に入ると、先んじて到着していたシャーリーとニコラスと合流する。

 ニコラスはグレーを基調とした正装。シャーリーは、オレンジを基調に、レース生地でふんわりと丸みをおびた愛らしいドレスを着ていた。いつもは流している髪も今日はアップにしてまとめている。快活な彼女には、オレンジのグラデーションがきいたドレスが良く似合う。


「今日のシャーリーはひときわ可愛らしいね」

「ありがとう。シンシアは、どこの社交場に出ても人目を惹きそうなほど輝いているわよ」


 互いに褒め合って、喜んでいると、エリックも会場に到着する。白っぽく装飾の少ない正装で入ってきた。私のデザイン画を参考に、色やデザインを配慮してくれていた。

 

 私とエリックが並び立つ。シャーリーに目配せした。

「変じゃない」

 

 珍しくぼんやりしていた彼女が、はっとして、首を横に振る。

「まさか、すごい。今年の最終学年による最初のダンス披露は話題になるわよ。二人とも、本の挿絵から飛び出してきたみたいよ」


「褒められても、裏がありそうだな」

 エリックが、嫌そうな顔で身震いする。

「なによ、褒めているんだから、その辺は素直に受けてよ。エリックはいいわ。シンシアを褒めたのよ」

 シャーリーがふんと毒づく。

 結局、いつもの二人に戻り、ニコラスがやり取りを納めてまとまるのだ。


 しばらくすると、運営に携わっている腕章をつけた制服姿の学園生が、最終学年の私たちを呼びに来た。新入生の会場入りが終わり、他の在学生の入場も始まったらしい。

 最終学年のうち、平民、地方貴族と順に制服姿の運営に勤しむ学生が誘導する。


 王都に屋敷を構える貴族のみ待たされる。


 窓の外はすっかり暗くなってた。月も出て、星もまたたいている。


 程なく案内の学園生がやってきた。

「お待たせいたしました。これから会場に案内いたします」

 私たちを含めて、最後の十数人が、案内係の学園生に導かれて、教室を出た。


 先を歩くシャーリーとニコラス。その後ろを、私とエリックが並んで歩く。


 婚約者同士のシャーリーとニコラスが、自然と腕を組んだ。

 背後から見ていれば、彼らがとても仲がいいとよくわかる。


 私はエリックをふと見上げた。エリックも私を見る。

 なんとない距離がある。私たちはやはり元婚約者同士であり、互いにアレックスに対する後ろめたさを抱いているのだろう。


 エリックはふいと斜め上を見上げた。

 私は斜め下に視線を落とし、伸ばした手を握り合わせた。


 いつもは開け放たれている食堂の扉が閉じられている。

 運営担当の学園生に、私とエリックだけ、下がっているように言われた。


 シャーリーが振り向く。

「最後に入場する二人以外は、順々に入るの。あなたたちの前に一度扉が閉まるだけよ」

 にっこり笑って、また前を向いた。


 私とエリックは少し離れた壁際に二人並ぶ。


 目の前を早足で、運営の在学生が行きかっている。シャーリーとニコラスが楽しそうに談笑する後姿が見える。

 会場からは音楽が漏れ、時に笑い声も聞こえた。


「会場は楽しそうだけど、裏方は大変そうね」

「色々役回りがあるからな。新入生と最終学年以外はそれなりの人数が駆り出されているんだ。俺も去年は、警備で外回りをしていた」

 あらとエリックを見上げると、前を向き腕を組んでいた。


「婚約者がいて連れてこれない場合も運営にまわることがある」

 ちらりと私を見る。

 私がいたから、遠慮してくれたんだ。


「……そっか、ありがとう。ごめんね……、こんなことになって……」

「シンシアのせいじゃない」

「そうかしら。そう言ってくれると嬉しいけど……」


「なあ」

「なあに」

 私を見つめる彼を見つめ返す。


「なぜ、爵位の譲渡が、父ではなく異母弟ちちのおとうとだったか、考えたことあるか」


 ふいに聞かれたことに目を見張る。

「どうしてそんなことを聞くの」

「疑問は、持たなかったのか」

 エリックの問いは何を示しているの? 私が抱いている疑いを察しているのかしら。


「……どういう意味」

「どういう意味って……」

 エリックが口元を抑える。

「公爵との婚約を……ちゃんと、納得しているのか」


 それは、父とアレックスの関係を意味して言っているのかしら。だとしたらエリックはどこで悟ったの?

 納得しているかと問う真意は……私とアレックスの関係を理解しているか。理解した上で、婚約を受け入れたか、聞きたがっているのかしら……。


「納得とは……」

 ねえ、エリック。あなたは公爵家の事情を察しているの?


「……シンシアが納得しているなら、俺はいいんだ……」

 納得している?

 納得していると言えば、納得しているわ。

 正直、例え彼と私が異母兄弟でも、拒否する思いは薄い。


 納得できないとしたら、父が私たちの関係を知ってなお、もろ手を挙げて喜んでいたことだわ。あとは、ふってわいてきた母の秘密かしら。

 

 父の口から、お前たちは異母兄弟だと宣告されたら納得し、秘密を隠してなお、家のために、私たちの婚約を推し進めたと理解しうる。


 知らないまま、人形のように飾られているのが、嫌なのよ。

 嫌になってしまったのよ。

 昔の私なら、そんなことを嫌なんて思わなかったでしょうに……。

 どうして、今の私は、嫌なことを嫌と思えるようになったと思う。ねえ、エリック。


 かけてきた腕章をつけた学園生が「こちらへ来てください」と私たちを導く。ぴたりと閉じた食堂の扉前に並んで立った。

 間もなく扉が開くと学園生から声がかかった。


 少し前に出たエリックが肘を曲げる。その隙間に私は手を差し入れた。


「俺と婚約破棄された時、どう思った」

「悲しかったわ」

「俺もだ」


「エリックは今の私をどう思う」

「元気で、明るくて……一緒にいると楽しいよ」


「ありがとう。私はあなたの婚約者だったころと変わったわ」

「そうだな……」


「私を変えたのはアレックスなのよ」


 扉が開く。

 先んじて入場している学園生全員の視線を浴びる。

 輝かしい会場に私たちは一歩を踏み入れた。


 そう、私を変えてくれたのは、アレックスだ。

 彼こそが、今日、私をこの会場へと導いてくれたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ