26、元婚約者と学園周囲をぶらりと散策①
先日、私がいただいた、ニコラスのお土産を売る店は、女の子たちの行列ができていた。店先に置かれたベンチに座ったり、立ったりしながらも、行儀よくおしゃべりしながら待っている。
白い壁にピンクの扉と屋根がついている様はまさに女の子御用達の店構えだ。
「すごい混んでるのね」
「あそこに、ニコラスは並ぶんだ」
私が感心し、エリックが呆れ顔でつぶやいた。
「すごいわね」
「すごいんだよ」
「店の行列がよ」
「ニコラスが、あの女子の一団に紛れることじゃないのか」
視点の違いに、沈黙する。
「……並ぶだけなら、簡単じゃないの?」
「まさか! 男一人で、あそこに紛れ込むんだ。いたたまれないだろ、普通なら」
最後尾の女の子に聞いたら、三十分くらい待つかもね、と言う。それでも並んでいられるのは、女の子同士、おしゃべりしながらまてるからだ。
私とエリックは顔を見合わせた。
あからさまに、俺無理、という表情を見せられ、苦笑するしかない。
「こんど、シャーリーともう一度来てみるわ」
まだ一年卒業まで時間がある。次の機会として楽しみにしていましょう。
あからさまにほっとするエリックの反応が面白い。ニコラスだけでなく、アレックスも行列に並べそうだから、エリックが変な気がするけど、きっとあの二人が変で、エリックの反応が普通なのかもしれない。
「ねえ、エリック。
シャーリーの地図はもらってきているの」
「ああ、今朝方もらって、ポケットに入れてきた」
ごそごそと彼がポケットから折りたたまれた紙を出す。広げてみると、学園周辺の店が多数記されている。
飲食店だけかと思えば、雑貨店なども記されている。
「学園周りは店が豊富なのね」
「学生向けと観光客相手だな」
「観光客?」
「この学園敷地広いだろ。一角が公園になっているんだ。古い伝統的な建物を博物館にして、文化遺産の観覧施設にしているから、王都の観光名所の一つなんだよ」
「まったく知らなかったわ」
エリックが苦笑する。
「有名だぞ。本当に、シンシアはあの屋敷から滅多に出なかったんだな」
「それについては、否定できないわ」
少し前は悲しくなったものの、今はもう開き直ってきた。
「母の教育方針なのよ。去年も、外に出たのは何回かよ。祖父の葬式関係と、あなたと会う時だけ。呆れちゃうでしょ」
「呆れないよ。ビックリはするけど」
「私の方が過去の私に呆れているのね」
過去の私に頬を膨らませ、斜め上を見上げる。
ふっとエリックが笑った。
「なに、その顔」
おかしそうにさらに笑う。
「自分に呆れているのよ。何も知らなくて、それが当たり前だったのよ」
「そうだな。去年、もっと清楚な雰囲気だったな」
「あら、エリックだって、私には王子様に見えたわ」
目があい、二人同時に噴き出した。
私は笑いながらしゃべる。
「私たちお互いに猫を被っていたのかしら」
「俺は猫を被っていたと言えるが、シンシアは変わったんだろ」
「変わった?」
「違うか?」
「そうね。確かに……」
そうかしら……。
今の私の方が、どこか私らしく感じている。あの屋敷の中で、籠の鳥をしていた頃にかぶっていた何かがはぎとられ、内なる私がむくむくと起き上がっていく。そんな感触がある。
「なあ、時間もないだろ。せっかくだから、店をまわってみよう」
「そうね。シャーリーが地図まで作ってくれたと言うことは、明日は絶対に感想聞かれるわよね」
「だな」
私たち二人が組んでも、シャーリーにはかなわないと頷き合い、同意した。
再び地図を覗き込む。
「これ、そこの店よね」
雑貨屋だ。
「あれが、喫茶店だろ」
通りに面した店と地図の店を照らし合わせてゆく。
「入りやすそうなお店が多いのね」
「そりゃあ、一応元は学生街だしな。文房具や制服を扱う服飾店、喫茶店。そういう学生用の店が中心だったはずだ」
「屋敷から通うのに、店に寄るの?」
「覚えてないのか。人脈を作るために、商家の子女もいれば、地方から寮や下宿を利用して通う者もいる。俺達みたいに、王都に屋敷がある貴族ばかりじゃないだろ」
「エリックは詳しいのね」
「いや、シンシアが知らなすぎるだけだろ」
「……ひとに言われるのは、嫌だわ」
「認めているくせにかよ」
「そうよ」
エリックが口元に手を寄せて、吹き出す。
「いやあ、言うようになったなあ」
再び、さらに笑いだす。
どうしてでしょう。自分で認めるのは嫌じゃないくせに、誰かに指摘されるのは嫌だわ。
「まず、あの雑貨屋でも行きましょう」
ふんとつれない顔で、歩き出した私の数歩後ろをエリックが面白そうについてくる。
ちらりと背後を盗み見ると、口元に拳を寄せて、笑いをかみ殺していた。
ちょっと腹立たしいけど、気にしないふりをする。
雑貨店は二階建てになっている。店頭にワゴンにざらっと品が並べられ、店奥に向かって並んだ棚にも品が所狭しと並べられていた。
「思うより広いのね」
奥まで覗き見て、私は呟くと、エリックが横に立つ。
「覗いていく時間あるのか」
「どうかしら」
振り向き、学園を望むと、時計塔が見える。時間はあるような、ないような。どちらとも言えなかった。
「少し見て、隣の店でお茶飲んで帰るぐらいじゃないか」
作った拳に親指を立てて、隣を指し示す。
「確かに……」
「時間もないだろ、さっさと店を見てしまおう」
そう言うなり、エリックが私の背をぐっと押して、店内に歩みを進めた。
片隅に文房具があるのは、学生用の品だろう。学園指定表示をされた物品も並んでいる。寮や商家の子はこういう雑貨店で必要な品を買うのだろう。
興味深いのは、その隣に学園の印がついたグッズが色々並んでいる。ペンやノート類ならまだ分かるものの、カップやハンカチなど、学園の印が刻印できる品なら何でもいいという具合に並んでいる点だ。
「なんでしょうね、これ」
私はティーカップを手にして不思議に思う。ソーサーをひっくり返すと、王都でも有名な食器店の印があり、ちょっと驚く。
「学園自体が、観光名所だし、地方の子弟が受かったお土産に喜ばれるらしい。伯爵以上の子弟は受験の減免もあるが、地方や商家の子の入学は厳しいらしいんだよ」
「減免?」
カップを棚に戻しながら、
「試験が免除されたり、点数の判定が甘いんだよ」
「……私、減免されているのに、あんなに頑張らないと、受からなかったの!」
私は意外と馬鹿だったということなの。やっぱり屋敷で母と二人きりで過ごしたハンディキャップが大きかったということかしら。
「違うだろ」
青ざめている私に、エリックが嘆息する。
「減免される余裕で入れる公爵家所縁のご令嬢が、試験結果も良かったものだから、シャーリーが案内役に抜擢されたんだ」
そうだ、彼女は成績優秀者でもあるのだ。
「そんなに頑張らなくてもよかったのに……」
くっとエリックが笑う。
「公爵に騙されたな、シンシア」
面白そうに笑うエリックに返す言葉もなく、むむむっと口元を結んで、私は黙るしかなかった。
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