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23、婚約者と一緒に遺品整理をしてみたら

 アレックスの両手が私の頬を包んだ。

「不安ですか」

 わらかない。答えようがなかった。

「困っただね」


 苦笑する彼は大人だ。余裕があり、寛大で、包み込んでくれる。それはとても心地よいけど、どうしてそこまでしてくれるのかわからない。


「アレックスは、それでいいんですか」

 言っておいて、それが何をさすものなのか、私自身わかっていない。


「わかっていないのはあなたですよ、シンシア。

 本来は、あなたはもっと以前から学園生活をおくっていてもおかしくないんです。それがどうして、あの屋敷に囚われていたのでしょうね」

「それは、そういう母の教育方針で……」


 アレックスは苦笑する。

「楽しんでください。女友達も、男友達も、これを過ぎたら、こころよく話せる友達を作るチャンスも減っていきます。

 どうか、今は、楽しむことを考えて……」


「でも……」

 私はわからない。アレックスが大人で、私は子どもで……。十歳も年が違うからだけじゃない。シャーリーと比べたって、私は何も知らない。

「でも……」

 私は、私の至らなさばかり目についてしまう。


 許されることも、苦しくなる。


「苦しまないで……」

 アレックスが近づいて、いつものように額にキスをする。

「大丈夫。私は、ちゃんとあなたを愛しています」


 彼は優しい。

「私たちの関係も、少しずつ、進んでいきましょう」

 そう言ったアレックスが、初めて唇にキスをくれた。


 あっと思う間もなく触れるだけのキスだったから、目の前のアレックスの顔が離れて、その目が閉じていたことを知って驚いた。

 目を閉じた方が良かった? 

 額に初めてキスしてもらった時の喜びや安心感が感じられなくて、これでいいの、本当にいいの、という思考がループするばかりだった。


 母から与えられた安定した足場が壊れて、なにもかもが不安定で、好奇心はあっても、これでいいの、これで大丈夫なの、という得体のしれない不安がくっついて離れない。


 屋敷に戻ると、書類を確認した。ほとんど私一人で目を通し、見落としがないか最後にアレックスと確認した。

 乗馬の件は、休みの日に練習しましょうと約束する。乗馬用の衣服はクローゼットにすでに用意されていた。私が言い出すのを待っていたかのようだった。


 ドレスについても、明日には洋裁店の針子を呼ぶという。手際が良すぎて舌を巻く。時間帯だけ条件をつけられた。

 

「明日の午前中は、遺品整理をします。針子を呼ぶのは、午後になります」

「お爺様の遺品ですか。私も一緒に見てもよろしいのでしょうか」

「かまいませんよ。リストと照らし合わせて、保管するもの、季節にあわせて飾るもの、廃棄するものを確認するだけです。物を移動しなければ、自由に見てもらってかまいません」 


 夕食を食べて、お風呂に入る。今日は目まぐるしく疲れたので、そのまま寝ますとアレックスに告げた。ゆっくり休んでくださいと言われ、私は自室にこもる。


 寝床にこもって、一人ゴロンゴロンと転がった。そのうち疲れが全身にまわり、私は夢の中に落ちて行った。


 翌日は朝食後、祖父の遺品整理から始まった。二部屋ほど、祖父の遺品が所狭しと並んでいる。アレックスは書類を手にして、遺品を確かめるようだった。


 移動させないでほしいというのは、チェックした品と、チェックしていない品が混ざらないようにしてほしいからだろう。父が譲ってほしい品はすでにうつされており、私が越してくる前に、すべての品をひとまとめにしておいたのだという。


 私は祖父との思い出はほとんどない。以前は一緒にすんでいたらしいものの、接触した記憶も乏しい。床に伏せがちになれば、呼ばれない見舞いなど行くこともなく、年月がすぎた。弱った姿を見られたくないのだと父は言っていた。厳格な人だったのかもしれない。


 父の異母弟をそばに置いていたのは、彼が優秀であり、非常に穏やかで配慮ある性格だったからかもしれない。年老いてできた子どもはかわいい、そう聞くので、彼と共に彼の母がそばに置かれたのかもしれない。


 介護途中で彼の母は亡くなっている。以後は、侍女や執事などの力を借りつつ、事業を行いながら、祖父のそばにいた。

 祖父は彼の手を借りつつも、当主として最期まで君臨した。父を政務の代理とし、アレックスを事業者に育てている。すごい人だったのだろう。


 アレックスは、品を一つひとつ見ては、書類をチェックしている。リストを執事に作らせたそうだが、最後のチェックは自分でやりたいと考えていたそうだ。


 私は一つひとつ品を手にしては元の場所へ戻していく。

 小さなオルゴール。

 宝石が散りばめられた小箱。

 装丁が重厚な年代ものの宗教本。

 トンボの装飾が美しいデザイン性の高いランプ。

 祖父が若かりし頃にはやったという足が猫のように優美な曲線を描く家具。

 小さなものから、大きなものまで。高価そうなものから、日用品まで、さまざまだ。


 蔵書の多さと絵画の量は目を見張った。


「本と絵が多いですね」

「本はやはり長年の積み重ねですね。毎月数冊買っても、五十年もあれば、数千冊は超えますよ」

「途方もない数ね」


 額がついている大小さまざまな絵画の他、まだ額もついていない油絵まである。


「絵も多いですね。額さえついていない絵画が無造作に転がっていますよ」

「父は、絵が好きだったのですよ。無名な頃から親しくしている画家も少なくないですし、父自身も手ほどきを受け玄人かと思うような絵を仕上げています」

「そんな趣味があったの」


 さすが晩年一緒に住んでいただけあって、私より祖父をよく知っている。

 アレックスは品に触れては、書類に目を通し、印をつけることを繰り返す。


「さすがに晩年は若い画家に目をかける余裕はありませんが、祖父が支援し地位を得た画家たちが恩を送るように新鋭的な画家を育て、彼らが描く絵を時折買い取っては、伏した床で満足そうにされてました。懐かしいですね」


「アレックスも絵が好きですか」

「見る分には好きです。誰かを支援するには、審美眼が父のようには私は恵まれてませんよ」


 私はしゃがみ込んで、無造作に立てかけられた額のない絵画を一つひとつ開き見た。

 風景画が並ぶ。時折、人物画が差しはさむ。

 屋敷のバラ園の絵もあった。


「こんなに遺品があったなんて驚きです」

「これでも少なくしたんですよ」

 書類に目を通しながらアレックスが笑う。二部屋分床が見えないほど物が納められる品が並ぶのだ。人が一人亡くなるとはすごいことだわ。


 絵画と絵画の間に小さなスケッチブックが転がっていた。手のひらサイズの、画家がメモ用紙代わりに使っていたものかもしれない。リング状に曲げられた背を止める金具に止められている紙は数枚。破られて、絵画に生かされ残った数枚かもしれない。


 私はしゃがんだまま、両手でそのスケッチブックを開く。描かれたいた人物は、若かりし頃のアレックスだった。


お読みいただきありがとうございます。

次話は27日に予約投稿済みです。

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