22、婚約者はすべてを受け入れゆるしてしまう
「お初にお目にかかります。ベッキンセイル公爵、エリック・エヴァンスと申します。レディ・シンシアを招いた友人が、遠乗りに出てしまい不在のため、代わりに彼女をお連れしました」
私の手がエリックから、アレックスに渡される。
「ありがとう。エヴァンス伯のご子息だね、騎士団での活躍は耳にするところです。とても将来有望と、騎士団長からもうかがっていますよ」
「お褒めの言葉をあずかり光栄です」
エリックが美しい礼を返す。
アレックスの立場を目の当たりにして私は仰天する。無愛想な態度を微塵も感じさせないエリックの態度は、彼がいかに目上の人なのかを示す。毎日一緒にいると、そんな当たり前のことも気づかないものなのね。
「シンシア。楽しかったかい」
アレックスが私に笑いかけた。
「はい、楽しゅうございました」
いつもなら、楽しかったわと嬉々としてしゃべり出しそうな自分がなりをひそめ、よそ行きの仮面に覆われる。
エリックが元婚約者だと知ってなお、予想通りアレックスの態度は変わらない。エリックも、アレックスも、私よりずっと大人なんだ。
「……とてもいい時間を過ごしました」
私にできることはなんだろう。一緒に過ごした友達が、すごくいい人だよ、と彼に伝えることぐらいだろうか。
「シャーリーには、近々行われるダンスパーティーのことを教えてもらい、彼女の人脈から市井で美味しいと言われるお菓子もご馳走になりました。とても美味しかったです。
授業で乗馬もあると聞きました。それで、少し馬に触らせてももらい、エリックに馬にのせてもらいました。良い経験をさせてもらったのです」
私はつたない言葉で、アレックスに語り掛けていた。
「それは良かったですね、シンシア」
アレックスは婚約者だ。彼をたてるのは必然。エリックは元婚約者で、本当は関わらない方が良いに決まっている。
「……はい……」
でも、エリックはとても、とても、できた人だ。だから、こんな小さなことで誤解されたくはない。
「……シャーリーも、ニコラスも、もちろんエリックも」
私はまっすぐにアレックスを見つめた。怖くて、エリックの顔は見られない。
「とても、素晴らしい友人です」
アレックスは微笑してくれる。
「それはそれは良かったです」
そして、前を向く。
「今日は、良くしていただき、ありがとうございます。ホーキンス伯爵家のご令嬢とご挨拶できず、とても残念です」
「友人には私から伝えおきます」
「ありがとう。これからも、シンシアと仲良くしてくれるとうれしいよ」
「はい」
エリックが一線を引いて接している。アレックスは寛容な言葉を投げる。
男性が向き合う緊迫感に、やはり私はどこかかやの外におかれてしまった。
エリックに礼をし、私たちは先んじて帰らせてもらった。待たせていた馬車にのり、アレックスと二人きりとなる。それでも、彼の機嫌は変わらない。
「……アレックス」
私は恐る恐る話しかける。
「なんですか」
とてもうれしそうな笑顔を向けられて、ドキッとする。
「あの……エリックとは、本当に友達なんですよ」
「はい、そう聞きました」
「誤解されないんですか」
「しませんよ」
アレックスの鉄壁の笑顔に驚愕してしまう。
「どうしてですか。私、今日、彼も同席していると伝えなかったんです。
シャーリーと、彼女の婚約者と、もう一人男性の友人が来るとは伝えました。でも、彼は元婚約者です。知っていらっしゃるのでしょう。
なんで……、なんで、怒らないんですか」
「怒る必要がないからです」
きっぱりと言われて、私の方が面食らった。
「……私の言葉を信じるんですか? それとも、家が取り決めた婚約者だから、互いの関係が変わらないからですか?」
こんなことを言いたくもないのに、するりと言葉に出てしまう。これではまるで、疑ってくださいと言っているようなものじゃない。
「あなたが学園生活を楽しんでいる。それでいいんです。良い友人と言うなら、そうだと納得します。
見たでしょう。彼の礼節を……。分かっているのは、あなただけではありませんよ」
アレックスが上手過ぎて、私の理解が及ばないわ。
「……、馬にのせてもらいました。これから授業であるそうです。
屋敷でものせてもらった方が良いと、エリックからアドバイスをもらいました。
ダンスパーティーがあります。
日にちが近いので、早めにドレスを用意した方がいいとシャーリーに言われました。
その時には、男性のエスコートも考えてと言われました。
婚約者のアレックスにお願いするのが筋だと言われてますが、学園生のイベントに公爵自身が参加しても騒ぎになるかもしれないそうです。
だから、その時だけ、エリックに頼んでもいいのではないかと言われました。
ダンスのイベントも、乗馬についても、事前にもらった書類に書いてあるかもしれないので、アレックスと一緒に確認した方がいいとも言われました。
ねえ、アレックス。今日一日でこれからの課題をたくさんもらいました。私は何も知らないし、一人でもできません。どうか、たすけてくれませんか」
「はい。もちろん。シンシア、よくできました」
「アレックスは何でも先んじて手を打たれます。今回、書類を私に任せて、目を通されなかったのもなにか意図があったのでしょうか。例えば、私自身で気づくようになどと……」
「御明察の通りです。私が助けてばかりではあなたのためにはなりませんからね」
「私は、試されているんでしょうか」
「成長するのを待っているのですよ」
「エリックとは、学園が終わって馬車が来るまでの間、学園の周囲を一緒に散策する約束もしました。それもかまわないのですか」
「はい、あなたが楽しみにしているのなら」
笑顔で肯定するアレックスは、私の理解をこえている。
私のすべてを許して、受け入れてくれる。先を見て導いてくれる。必要なことを見定めて、じっと待つこともじさない。
それはすごいことでしょう。誰でもできることではないわ。
ニコラスの言う通り、これでは本当に婚約者ではなく、保護者よね。
彼は言ったわ、これからは恋人のように……と。でも、恋人なら、もう少し、私が他の男性と一緒に居たら、嫌なものではないのかしら。
わからないわ。私には比べる男性の基準がないのですもの。
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