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20、元婚約者に馬に乗せてもらう

「エリック……、あなたと私の婚約破棄の件があるのよ。好奇の目で見られたら……」

 焦る私に、エリックがどっしりと睨むような視線を投げる。


「ベッキンセイル公が、代わりを了承した場合だけでいい。公爵が出向いてくるなら、それもかまわない。結論は、シンシアの好きにしていい」

 怖いぐらいに睨みつけられ、私は黙るしかなかった。


 ものものしい雰囲気を察してか、シャーリーが口をはさんでくる。

「軽く考えてシンシア。しょせん学園のダンスパーティーなの。事情ある女の子がペアになることも、同性の集団で参加することもあれば、女の子が騎士姿でも許される。公式のようで、遊びの場なの。

 ベッキンセイル公爵が婚約者だから参加するよりも、代理で同級生と参加しても変ではないし、あなたがエリックのエスコートを受けても、ニヒルなジョークと受けてもらえる程度のイベントよ。

 あまり真剣にうけとらないで。学園生のイベントだからね」


「まだ先の事だから、シンシアはまず、公爵に相談するのがいいよ。話を聞く限り、婚約者と言うには、まるで後見人や保護者みたいだよね」

 ニコラスも苦笑しながら付け加えた。


 提案はどうあれ、ニコラスの言う通りだ。私にとって、アレックスは婚約者と言うより保護者に近い。

 アレックスは何でも許してくれそうだ。どうしてこんなにも許容できるのだろう。エリックの事さえ、笑顔崩さず、背を押してくれそうである。

 公爵は何者なの。彼は私みたいな子どもをいったいどう思っているのでしょう。


 その後もシャーリーとエリックが戯れ、ニコラスがたしなめる場面が幾度かあった。三人はいつもこんな感じの付き合いなのかもしれない。


「ねえ、シンシア。あなたはずっとお屋敷にいたのでしょう。いったい何をしていたの」

「普通に……」


 普通という言葉を使って、ふっと止まる。私の置かれていた状況は普通ではない。母から与えられていた日常から離れたら、こんなにも世界は広かった。

 学園があることも、そこに通う学園生がいることも、私は何も知らないできた。


 アレックスが編入試験勉強を要求してくれて、結果が出なければ、今目の前にいるシャーリーにも出会えない。


 すごいことだ。この一か月半で、私の世界はひっくり返った。


 まさに、アレックスが、ひっくり返したと言えないかしら……。


「……シンシア」

 しゃべりかけて黙ってしまった私をシャーリーが覗き込む。心配しないでと笑みを返す。


「私が普通だと思っていたことが、実はあまり普通ではなかったのかなと思い至っていたの。本当に、この一か月と少しで状況ががらっと変わってしまったと噛みしめてしまいました……」


 シャーリーとニコラスが顔を合わす。


「屋敷では、家庭教師も来ますし、それぞれのお稽古の先生もいらっしゃいます。本もありますし、刺繍や絵、音楽などたしなんでいれば時間は自然とすぎていきます。庭に出れば、バラが咲き誇ってますし、彼方には山々も見えます。お気に入りのテラス席から季節を味わうことはできました」


 静かに語って、「本当に狭い世界でしょう」と最後に苦笑した。


「……馬には触れたことはないのか……」

 横からエリックの声がして、ふと横を見ると、肘をつき、私を見上げるように見つめていた。静かな声なのに、目が真剣で、私は戸惑う。


「残念だけど、なかったのよね。出かけることも少ないから、馬車に乗ることも数えるほどだったの」

 目をそらし、無知を恥じるように下を向いた。


 そう思えば、毎日馬車にのって学園に通っている現状は依然と比べものにならない。アレックスと暮らすようになってからの馬車にのる回数は、すでに以前の暮らしで馬車にのった回数を超えているだろう。

 なんということでしょう。出かけている回数さえ、比べものにならないなんて……。


「シンシア。馬に触ってみる? よかったら、うちの馬にのってみてもいいのよ」

「それもいいね。乗馬経験さえないなら、今のうちに試した方がいい」


 シャーリーの弁に、ニコラスが付け足す。その意味合いが不明で、首をかしいだ。

「今のうち?」


「授業でも、乗馬があるのよ。女の子だからって、未経験ではいられないわ」

「ええ、どうしましょう。馬なんて触ったこともないのに~」

 情けなくも、小さな悲鳴をあげてしまう。


「大丈夫。エリックは騎士団に入るぐらいだから、そのくらい親切に教えてくれるわよ」

「エリックが……」


 私は、エリックへおずおずと顔を向ける。ふいに振られて嫌な顔をしてないでしょうか。彼はじっと私を見ているだけだった。感情乏しい碧眼は何を思っているのか、うかがい知れない。


 それでも、このまま馬に触れることなく、授業に向かう不安が勝る。

「……ごめんなさい。エリック、おしえてくださらない」


 エリックは大きくため息を吐き、呆れるとも、仕方ないとも、しょうがないともとれる表情で笑った。

「お安い御用ですよ。お嬢様」


 テラス席を四人であとにする。馬小屋までいき、数頭の馬を見せてみらった。小屋に充満する家畜の匂いはなかなかで、鼻が曲がりそうだ。

 伯爵家で雇っている厩番に案内してもらう。道具の使い方、馬とのふれあい方など、教えてもらえる機会がなかった分だけ新鮮だった。


 一頭の馬をエリックが借りてきた。大人しく優しい性格と紹介された、鹿毛の馬だ。慣れた手つきで、馬の首やたてがみを撫でる。


「怖いか?」

 聞かれたので、頷いた。

「そのまま、見てろ。怖がると、馬も恐れる」

 

 そう言うと、エリックは馬具をつけていく。

「こういうのも、一度は見ておくといいだろ。見たこともないことを突然こなすなんてできやしない」


「うん」

 エリックの動作から目をそらさないで頷いた。


「屋敷にも馬や厩番がいるはずだ。公爵にお願いすれば、予習ぐらいさせてもらえるだろ。良かったな、こういう授業もあるって先に知っておけて」

「そうね。資料にものっていたのかもしれないけど、見落としていたのね」

「編入学だと資料も多いだろ。ちゃんと公爵と一緒に一度目を通した方が良かったんじゃないか」


 エリックの言う通りだ。

「本当ね。アレックスなら、こんな見落としなんてしないもの」

 彼の用意周到さは尋常じゃない。ならばなぜ、私の学園の資料には目を通さなかったのだろう。


「どうした」

「いえ、なんでもないわ」


 アレックスのことよ。きっと何か意図があってもおかしくないわね。


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