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2、婚約破棄のち朗報はプロポーズにて

 ベッキンセイル公爵家の当主は代替わりを終えたばかりである。


 先代の祖父が半年前に天に召され、公爵家が担う政務を一手に請け負っていた父が、ベッキンセイル公爵を継ぐものと目されていた。そこに突如祖父の遺言が発表され、予想は大いに覆り、騒然となったのだ。


 重々しい正式なる言葉でつづられた内容で、重要なのは一点のみ。


 公爵を譲る相手は、アレックス・ベッキンセイル。父の異母弟である。


 祖父亡き後、父と異母弟は話し合った。そこに私や母の出る幕はない。


 爪を噛む思いで父からの報告を母と共に待っていたことをよく覚えている。

 仮にも公爵家である。表向きは、トラブルなど起きておらず、つつがなく祖父の遺言を尊重し、代替わりを行った風を装った。


 しかしながら、事を斜に見るのが貴族というものだ。

 父へ代わらなかったことを、一種のトラブルとしてとらえ、社交界などで噂になっていたらしい。


 そのような背景を良しとしない伯爵家が、今回の婚約を破棄したいと申し出てきたのもうなずけよう。アレックスが正式な公爵となった今、私たちに爵位はなく、平民と同等という扱いになるのだ。

 

 次期公爵の娘と次男の婚姻。思惑が外れた伯爵家は、正式にアレックスが継いだタイミングで公爵家のお家騒動を理由に婚約を破棄したのだ。


 伯爵家の選択は、貴族界隈では理解される。

 かくして、祖父の従属爵位である伯爵を名乗っていた父も、その儀礼称号を使えなくなり、今後の身のふりを考えなくてはならない状況にあった。

 私達はともすれば路頭に迷うところでなのである。


 母からみれば、今の生活を奪われる恐れを感じ、伯爵家との縁談は最後の綱のように感じていたのかもしれない。私が伯爵家とつながりを維持すれば、貴族の末端ぐらいに在籍していられると考えていてもおかしくはない。


 特に、母は真っ直ぐなエリック・エヴァンスを気に入っていた。この縁談がなくなることを予想し、私以上に嘆いたのは彼女だ。せっかくの良縁がこのような形で消え失せ、さらにはその原因を作った男との縁談を夫がすすめようとしているのだ。


 母が憤慨するのも、分からないではない。

 片や、私は冷静になる。現実を受け止めるのは私なのだ。


 感情で事は動かない。エリックに霞見た柔らかく暖かい感情が宙ぶらりんとなったとしても、それを悟られれば、母の嘆きは倍増することだろう。


 気持ちを面にも出せず、こもらせ、さらには、父の決定に従う。


 これが私の許された道だろうと唇をかみつつ、笑むのである。

「公爵様はまだいらっしゃるの」


 母は眉間にしわを寄せ頷く。

「まだいますとも。お父様と話がどんどんすすんでいます。シンシアや私のことはまるでかやの外においてね」

 独断で動く父に対する怒りを母は隠さない。大事なことを相談なく決めると不満を漏らすのは常である。


 侍女が寄ってきた。テーブルにこぼれた紅茶を拭き始める。

「ごめんなさい。あまりのことに驚いて、こぼしてしまったわ」

 とんでもございませんと、侍女はかしこまる。


「まずは、お父様のお考えを聞いてみないと……」

 私はつぶやき、立ち上がった。父の応接室に向かう。


 私は足早に廊下を突き進んだ。母が後ろから追ってくる。

 父の応接室の前で、呼吸を一回、二回と整えた。意を決して、バンと扉を開け放つ。


「お父様、どういうことですか」

 執務用の机に手をかけて、考えるしぐさをしていた父がはっとこちらを向いた。


「お父様、公爵様がいらしていると伺ってまいりました」

 追いついた母が入室し、私の背後で扉を閉める。


「おお、母から話は聞いたか」

 父が満面の笑みで迎え入れる。

「シンシア、朗報だ。喜びなさい、お前の縁談がまとまるぞ」

 

 視界の端に大きな揺れを感じた。そこで気づく。すらっとした背の高い男性が立ち上がった。黒髪に琥珀色の瞳が輝く、端正な顔立ち。母親似と聞く容姿は、女性的で美しい。


「お久しぶりです。シンシア」

 貴公子のような所作で彼は私に一礼する。一般の女性なら彼の笑顔に意識がほうっと遠のくだろう。

 共に暮らしていた祖父が晩年、侍女に手を付けて産ませたらしい。外聞も悪く、詳細は耳に入らない。彼の母はすでに亡く、なにかしら事業をおこなっているとは噂程度にきく。


 父の異母弟ながら、私は彼をよく知らない。祖父が亡くなって一年、この家に諍いを持ち込んだ張本人、そんなイメージしか今はない。


 苦虫を噛みつぶした表情をしていてもおかしくないところ、それはまるで母の感情のようでやめた。私は母とは違う人間だ。違う感情を持ち合わせている。


 私は、スカートを片手で持ち、もう片方の手を胸元によせ、足をそろえ、深く頭を下げた。

「ご機嫌麗しゅう。ベッキンセイル公爵様」

 こんなところで、感情を露にするほど、私は落ちてはおりません。婚約破棄されたばかりの哀れな令嬢と目されても面白くない。毅然として目の前のご当主に微笑みかけた。


「シンシア。今回の婚約破棄、あなたには謝罪しても足りないほど、ご迷惑をおかけしました」

 公爵様は心底申し訳ない表情を浮かべる。


「気にされることではありません。こういうことはご縁がなかっただけ、と言うのですわ」

 楚々と笑む。背後で母のものものしい気配を感じても無視する。

 振り向けば、母は公爵様を睨みつけているかもしれない。目の前にいる公爵の涼しい顔からは背後まで読み取れない。

 

「本日、私がうかがった事情は耳にはいっていますでしょうか」

「少しは」

「そうですか……、心痛慮るべき時に、思いやりに欠いた提案を持ち掛け、申し訳ございません」

「先に、謝られるのね」

 面白い人。無理やり、おかしな提案をしてくるというのに……。


「結論からお伝えします」

 公爵様が急に真面目な表情へと変わる。端正で美しい尊顔に見つめられれば、敵愾心も虚を衝かれる。


「私と婚約していただきたい。ひいては結婚し、未来の公爵夫人として、共に生きてください」


 私の方が面食らってしまう。口元へ手を寄せて、目を見開いてしまった。


 まるっきりプロポーズと言えるセリフ。

 さすがに美丈夫からの臆面もない告白をうけ、私の頬は熱くなる。

 

 両手に頬を寄せ、答えがみつからないまま、彼をとらえていた視線は行き場なく漂うのだった。


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