18、お友達のお屋敷に遊びに行く
「ダンスパーティーは、貴族の舞踏会とは少し違うのよ」
私は、シャーリーの自室に招かれている。クローゼットから持ってきてくれた去年着た衣装を見せてもらっていた。
華美な装飾も少なく、生地も厚め。丈も膝ぐらい。ドレスと言うより、制服を少しばかり豪華にした印象だ。
「平民の商家の子から、それこそシンシアクラスの貴族まで、身分差があるの。学園内では、立場を気にしない人もいるし、気にする人もいる。
シンプルな衣装から、豪奢なドレスまで、女子は好みが出るわね。それこそ、騎士のような恰好をする子もいるわ。正装で似合うなら、そういう遊びもありなの。
この去年の衣装は商家の娘が着る装いに似せたのよ。
今年は一番衣装を凝る最終学年でしょ。舞踏会に出るようなドレスが主流よね。そういう時は、商家の娘も晴れ舞台とばかりに着飾るわ」
私は瞬きをしながら彼女の言葉を聞く。彼女がいなかったら、本当になにも知らないで、右も左もわからないまま過ごしていたでしょう。
「ダンスパーティーも準備が大変なのね」
「新入生なら合格通知が届き次第、真っ先に何を着るか考えるくらいよ。私も最終学年だし、今年はちゃんとドレスを着る予定なの。
そのパーティー目当てで入学しましたって娘もいるぐらいよ。周囲をきょろきょろして、紳士淑女を見ながら、表情が華やいでいる娘がいたら、きっとそうよ」
シャーリーはけらけらと笑う。彼女に言われていなければ、その女の子像と自己像が重なってしまう。
でも今はそんなことより大事なことがある。
私は彼女が見せてくれた衣装の裾を両手で握りながら、青ざめる。
「私、なにも準備していない……」
「あら、公爵様に相談すればいいじゃない」
「アレックスに」
「そうそう。何とかしてくれるわよ」
私が知らないだけで、彼なら涼しい顔で対応してくれそう。準備してなくても、期日までなんとでもしてしまいそうだわ。おんぶにだっこね。
「つくづく、私は一人では何もできないし、今まで何も知らなかったと痛感するばかりだわ」
悲しくなって本音が漏れる。
「今までが屋敷暮らしだったのだから、仕方ないわよ」
「アレックスに、一年は学園生活を楽しんできてねと押し出された意味を痛感してばかりなのよ」
私は片頬に手を当てて、ため息をつく。シャーリーの前では隠しても仕方ないとし、最近はアレックスの名を出している。
「シンシアの話を聞く限り、公爵様はやり手よね」
「本当に、先を見てらっしゃるわ」
「そんな人がそばにいるのだもの、衣装の問題なんて魔法のように解決されるわ」
さてと、とシャーリーが立つ。
「男性陣も来る時間よ。部屋を出て、テラスに行きましょうね」
シャーリーの屋敷は、今住んでいる屋敷と大差ない広さだ。調度品もシンプル。
歴代の公爵が利用してきた父と母が住む屋敷が広く、長い歳月のなかで美術品のような調度品や絵画が増えて、当たり前に並んでいたのだ。アレックスの住まう屋敷が質素なのではなく、あれぐらいが一般的なのかもしれない。
ところ変われば常識が違う。基準も違う。つくづくと思い知るわ。まだまだ知らないことばかりね。
シャーリーの自室を出て、一緒に廊下を進む。歩きながらも、おしゃべりは続く。
「ねえ、シンシア。エスコートはどうするの」
「エスコート?」
「女性の場合、男性と一緒にホールに入るの。
同じ学年に婚約者がいる私は迷いないけど、婚約者がいる子は、婚約者にきてもらうことができるのよ」
「アレックスに!」
それは難しいのではないかと言いかけて、話を持ち出せば、時間を割いて一緒にきてくれそうな彼でもある。けっして侮れない。
その場には、エリックもいるのだ。想像しただけで、私はいたたまれなくなる。
「頼んでみてもいいし……。男子はあまり気にしないけど、女の子は一人だと気にする娘もいるのよ。婚約者が大人とか、地方にいるとか、諸事情あり女の子二人で参加して楽しんでいる場合もあるけど……」
シャーリーが何を言いたいかわかる。そこまでに、そんな友達を見つけられないわよね、である。ごもっともすぎて、返す言葉もない。
「……一人だと目立ちます?……」
「うーん。顔知られてないから、隅っこにいればいいし。公爵様を連れてきた方が、恐ろしくめだつわね」
やっぱり……。私は、困り顔で冷や汗が流れそう。
「お若くて、見目も良く、前公爵様が亡くなられるまで、公の場に付き添われていたのよ。従者なのかしら美しい方ねと、うわさにはなっていたのよ。
その方がよ、突然、公爵になったものだから……」
ひそっと、シャーリーが私に耳打ちする。
「……社交界のご婦人たちの話題をさらっていることぐらい察してくださいね、未来の公爵夫人様」
私ははっとし、かあっと頬が熱くなった。
「……そうなのね。そういうところに、私みたいな世間知らずがのこのこ出ていくのは、大変と踏んだのかしら……」
「そうかもしれないわ」
シャーリーが腕を組んで、何度もうなずいた。
テラス席が見えてきた。
シャーリーの屋敷の庭は、芝が青々と茂っている。花はなく、広い草原が広がっていた。
すでに到着していたニコラスとエリックが立っている。
「お待たせしたかしら、ごめんなさいね」
シャーリーが、ニコラスのそばにいく。
「今来たところだよ。頼まれていた品も買ってきたよ」
「さすが、ニコラス」
「本当に、すごいよな。よくあの店にするっと並べるよ」
「気後れしすぎなんだよ。みんな優しいよ」
「しれっとできるのがすごいんだよ」
かわらず飄々としているニコラスに、エリックは半分呆れ顔だ。
私は話が見えなくて、首をかしいで、きょとんと見上げる。
気づいたエリックと目があった。
「……女の子が並ぶような店にしれっとニコラスが入っていったんだよ」
「女の子?」
「女の子が並んで買っている行列に普通に並ぶんだぞ。俺には到底できない」
「みんな、親切で優しい子ばっかりだよ。女の子の家に行くから、お土産に買う話をしたら、おすすめが何と教えてくれる。親切な娘ばっかりだったよ」
そう言うなり、彼はシャーリーに紙袋を手渡した。
「ありがとう。ニコラス」
受け取った彼女が、紙袋を開く。中から取り出したのは、ピンクの紙に巻かれた筒状の品だった。
「商家の女の子から聞いたの。せっかくだから、シンシアも一緒に食べましょうね」
そう言って差し出されたのは、薄い生地とクリームが層のように丸く巻かれた縦長のケーキのようなお菓子だった。
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