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16、元婚約者の憂鬱②

「今日はオリエンテーションだけよ。午前で終わるの。ねえ、シンシア。あなたは午後に予定はあるのかしら」

「とくにはないです。約束の時間になれば、アレッ……、屋敷の者が迎えにきてくださるので、それまでどこかで暇をつぶしています」


 シンシアとシャーリーが関わるのはいいことだろう。箱入り娘は、闊達で出しゃばりでぶしつけな令嬢に導かれるのがちょうどいい気がする。


「そうなのね。では、お昼を一緒に食べて、お迎えがくるまで、一緒に過ごしましょうね」

「それは、私とシャーリーと二人ででしょうか」

「いいえ。私たちとよ」


 私たち? その一言に、俺の方がぎょっとする。

「エリックも一緒に来るんだよ」

 すかさず、隣から間髪入れずにつっこまれた。


「なっ……」

「エリック! 逃げて、機嫌悪くなっても僕は相手にしないからね」


 この二人は結託して、俺を追い込もうとしている。そんな被害妄想が浮かび、面白くない。

 おずおずと振り向くシンシアと目が合う。いたたまれなくて、また目をそらしてしまった。


「あの、私が、お邪魔なら……」

 震える彼女の声が耳に痛い。

「邪魔じゃない」

 そうだ。邪魔なんて、一言も言っていない。態度はどうあれ、そんな気持ちはみじんもない。


 俺は肘をつき、後頭部に手をのせた。言葉を吐けども、顔をあげられない。持て余す自分の気持ちが忌々しい。

「……邪魔じゃ、ないから……」

 言わなきゃと思って出たのは、そんな小さなつぶやきだった。


 食堂に行けば、女二人がかしましくおしゃべりする。男兄弟しかいない俺に入り込む余地はない。そんな会話の最中、シャーリーが声をあげた。

「アレックス?」


 俺は凍り付く。誰にも気づかれず、平静を装うだけで精いっぱいだ。

 その名は聞き覚えがある。継いだ公爵の名が確か、アレックス・ベッキンセイル……。

 

 シャーリーも気づき、怪訝な顔をしている。ニコラスが俺に目配せした。


「いけない」シンシアがはっとする。「……公爵様のことです。ごめんなさい、聞かなかったことにしてください……」

「ベッキンセイル公爵を名前で呼んでいるの」


 ニコラスとシャーリーが目を合わす。


「……婚約を破棄されてから、日も経っていないのに、ずいぶんと親し気なのね」

「親しいと言いますか……、すでに一緒に暮らしてますし……」


「すでに暮らしているというの」

 仰天したシャーリーが、身を乗り出す。いつもは落ち着いているニコラスもさすがに驚く。


「あっ、はい、婚約の話が出てからずっと一緒に暮らしています」


 逃亡したい。知りたくもなかった。公爵と婚約がすすんでいるとは聞いていた。それだけでも耳をそむけたかったものを、彼女の口から、真実をきくことになるなんて! 俺はどんな顔をして、ここに立っていればいいんだ。

 どうしようもなくなり、目をつむった。


 シンシアは聞きたくもない現実を語り出す。


「卒業と同時に結婚することになってまして、本当はもっと早くすすめたいらしいのですけど、私があまりに世間知らずで……」


 はにかみ、照れるシンシアがいる。他の男についてうれし気な声で語るなんて……。俺一人だけ、彼女への想いを胸に、この十か月くすぶっていたようではないか。


「……そう、なのね。

 ごめんなさい、もう、そこまで進んでいるなんて知らなくて……」

「婚約をするらしいとまでは噂には耳にしていたんだが……。僕らはまだ子どもだ。大事なことは早々に教えてはもらえない……」

「ニコラス。立ち話する内容ではないわ。食事は後、まずは座るわよ」

 シャーリーがシンシアの腕をつかみ、引っ張っていく。

「ニコラス、飲み物を四人分まずお願いね」


 窓辺の席に向かう二人を見送った。


 ニコラスが俺の肩に手を添えた。俺はいったいどんな顔をしている?


「……、エリック。立ち去ってもいいんだぞ」

 俺は左右に頭を振った。

「いい、シンシアにそれも誤解される……」


 これ以上、俺が嫌っていると、彼女に誤解されたくない。


「俺は、彼女との婚約を無かったことにしろとまでしか聞いていない。婚約破棄が正式なものとなり、たった一か月ちょっとでそこまですすんでいるなんて思わなかった……。公爵が素早いのか、俺の立場が弱いのか。もう、どうしようもない」


 そうだ、どうしようもない。

 シンシアが受け入れているなら、俺にどうこうできる余地なんて、ない。


 大人しく、ニコラスと四人分のドリンクを用意し、女子二人が待つ席へと向かう。


 二人は真剣に向かい合って話し込んでいた。横から近づいても俺達に気づかない。それでも会話は続く。

 

「書状が届いた当日に話し合って……、父も喜んでいましたし、私たち家族には、現状の暮らしを続けるためには、最善の選択だったのです」


「じゃあ……、個人間の気持ちがあっての婚約ではなくて、あくまでお家の事情での婚約と言うことね」


「そうとも言えますけど……。貴族の娘ですから、それぐらいは当たり前でないでしょうか」


「まあ、そうね。そういう考え方もあるわよね」


「ごめんなさい。私たちは、エリックの味方だったのよ。あなたが来ると分かって、まだ正式に婚約をすすめられてないなら、彼にもどこかに道はないかと思ったの。


 教師から私があなたの案内役に指名されて、エリックとの関係を取り持とうと考えていたのだけど……。


 もう、学園生である私達には、手の届かない領域まで話が進んでいたのね……」


「ごめんなさい。……今、私とエリックの……その……」


 シャーリーはもろ手を挙げる。


「白状するわ。私とニコラスは、エリックの味方。逃げ出しそうなあいつとあなたを引き合わせてどうにかできないかと思案していた悪人です」


「待って、エリックって……」


 シンシアは戸惑いを見せる。


 俺達だとて、家同士が決めた婚約だ。シンシアとも数回しか会っていない。最後に会ったのだって十か月は前である。

 俺の事なんか、もう忘れていたっておかしくないんだ。元々好き合っていたわけではなかったはずだ。


「エリックは、あなたのことを……」


「シャーリー、やめろ。さすがに本気で怒るぞ。それ以上はやめろ」


 言いかけたシャーリーの頭上に語気の強い一声を放っていた。出しゃばり過ぎだと言いたかった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

心よりブクマと評価ありがとうございます。

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