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14、元婚約者はぞんざいで少し優しい

 目と鼻の先に学園の正門が見える地点で馬車をとめてもらう。アレックスがそのまままっすぐ仕事場に向かうため、学園には入らない。私はアレックスに扉をあけてもらい、馬車をおりる。


「いってらっしゃい。シンシア」

「いってきます。アレックスもお気をつけて」

「今日は早く帰れますので、学園のことを教えてくださいね」

「はい」


 扉を閉めて数歩下がる。走り去る馬車を見送り、歩き始めた。横を何台も馬車が通り過ぎていく。走り去るかと思った、とある馬車が目の前で急停車した。

 開かれた扉から、エリックが飛び出した。


「シンシア。なんで一人で歩いているんだ」

 慌てて、彼は駆け寄ってくる。

「なんでって……」

「屋敷からここまで遠いだろ」


「まさか」

 くすくすと笑ってしまう。

「歩いてなんてこないわよ。今さっき馬車からおろしてもらったばかりよ」


 エリックは、はっとする。

「そうだよな。歩いてなんかこないよな」

 バツの悪そうな表情で、またあらぬ方を向く。

「公爵様がお仕事行く馬車にのってきたの。正門近くで、おろしてもらって歩いているだけよ」


「そうか。公爵家ゆかりのを一人歩かせるなんて、ありえないよな」

 エリックが胸をなでおろす。

「一緒に馬車にのるか?」


「歩くわ。すぐそこだもの」

「俺も一緒に行く」

「えっ」

「嫌か」

「いいえ、そういうことではないけど」


 どうしよう。これは普通のことでしょうか。アレックスがいて、別の異性と一緒に歩くのはどうなんでしょう。ましてや、元婚約者なんて……。


「いや、嫌なら……」

 引き返そうとひるがえすエリック。思わず手を伸ばしてしまった。彼の制服の裾をつかむ。

「嫌じゃないわ」


 そう、嫌じゃないのだ。嫌じゃないから、困ってしまう。


「そうか」

 晴れやかで、まっすぐな笑顔。


 二人で会ったら見せてくれた懐かしい笑顔だ。

 これだから困る。たとえ家と家の、お互いの意志なんて介在しない婚約だったのに、彼は真っ直ぐで、正直で、素直で……。いいところしか思いつかない。

 

 だからこそ、婚約を破棄された時、寂しかったのだ。


 嫌な男性はぱっと思いつかない。接している人の数が少なくて比べる対象がない。それでも、エリックの人のよさや気持ちのよさはわかる。


 彼を避ける理由がない。友達として横にいられるなら、こんな頼もしい人はいないだろう。

 元婚約者じゃなければ、アレックスにこんないい友達ができたよ、と喜び勇んで報告していたかもしれない。シャーリーも優しく正直で、ニコラスも飄々と周囲をよく見ている。


 婚約を破棄されて、ああよかったと思えるほど、嫌な相手だったら、どんなに良かっただろう。そう思えない相手だ。

 そんな彼を選んでくれたのも、父と母である。


 彼らがきちんとした人を選んでくれた。エリックの良さはそこへもつながる。

 ならば、父母の先行きを不安にさせないためにも、アレックスとの婚約は正しかったのだと思うことができる。


 これでいいんだ。エリックとは友達。友達として一緒にいる。友達としての親愛としての、親しみを込めて接しているだけだ。絶対に、それ以上はない。

 

 エリックと並んで正門まで歩いた。

 黙っていることに耐えかねたのか、エリックがしゃべり出す。


「……あのさあ……、シンシア。学校行事があるのは知っているか……」

「行事?」

 背の高いエリックを見上げると、彼がちょっと私を見て、また前を向く。


「新入生がきて、新学期が始まる。最初のイベントはダンスパーティーだ」

「私も参加できるの」

「もちろん、全学年集まるし最終学年の俺たちは最後の年だ。みんな楽しみにしている」


 私は食堂の座席数を思い出す。あの席が埋まるほど人がいるのよね。

「たくさん来るのね。楽しみだわ」


「最初の頃は、新入生の歓迎が主たる行事だ。

 最終学年の俺たちはおおよそ先も決まっているし、残っている者もそろそろ決めている。文官を目指すのは試験勉強もあるが、騎士団に所属する俺みたいなのは、見習いとしてすでに籍をおいているのが普通だ。

 学生として優遇されている分それほど頻繁に訓練もない。進路が決まった最終学年は子どもの終わりに、学園生活を楽しむ。これが一般的だな」


「私には最初で最後の楽しみね」

「そうか……、良かったな。一年だけでも、通えて……」


「はい、こうやって……」

 あなたとまた会えてうれしい、なんて言ってしまっていいものかと口をつぐむ。

「……学園に通えてうれしいです」

 改めて言葉を選び、誤魔化して笑むと、エリックも笑い返してくれた。


「エリック、シンシア」

 シャーリーの元気な声が響いて、振り向いた。彼女とニコラスが並んで歩いてくる。合流してから、四人で教室へと向かった。


 教室で授業を受け、お昼時に食堂へ行くと、人でごった返していた。私はこんなに人がひしめき合っているのを見るのが初めてできょろきょろしてしまう。


「ここがね、ダンスパーティーの会場にもなるのよ」

 シャーリーが肩をぶつけてくる。

「ここが!」

「広いでしょ。厨房にもつながっているでしょ。椅子とテーブルを移動させたり、しまえば、ホールの出来上がり。夜はきれいよ。二階まで吹き抜けで、天井まで続く大きなガラス窓がある理由がわかるでしょ」


「そしてこれだけの人数が集まるのよね。想像できないわ」

 ショックを受けて、ぐるぐると周りをもう一度見回す。

 シャーリーが目を丸くしてから高らかと笑う。

「シンシアは面白いわね」


「シャーリー、からかうなよ」

「あらエリック、からかってなんかないわ。楽しいのよ。可愛らしくてね」


「シンシアは、お茶会にも出たことがないぐらいだぞ」

「うそ! じゃあ、誰かのお家に遊びに行ったこともないの」

「その、まさかだ」

 

「それもなかなかだな」

 ニコラスが顎を撫でながら唸った。


 私の世間知らずは度を越えていたのかしら。三人の反応を見て、なんとなくいたたまれなくなる。母の教育方針は、どこかずれていたということかしら……。


「じゃあ……、今度、うちにいらっしゃいな」

「シャーリーのお屋敷に!」

 受けてたことのないお誘いにびっくりしてしまう。


「次のお休みの日でも、ダメかしら」

「はい、それなら、大丈夫ではないかと思います。屋敷に戻って、予定を確認してきますね」


 屋敷へ戻った私は、帰宅したアレックスに聞いてみた。


 今日は彼の自室のソファーで並んで座っている。

「……というわけで、次のお休みの日に、シャーリーのお屋敷に誘われたのです。行ってもかまいませんか」

「行ってらっしゃい。良かったですね、友達ができて、誘ってももらえて。あなたの世界が広がっていくのを目の当たりにできて私もうれしいです」


 アレックスはにこやかだ。彼の笑顔は、私が何を言ってもおどろきもせず、受け入れてくれるかのような笑みばかりである。


「シャーリーの他に、実は、あと、男性二人もいるのです。問題ないでしょうか」

「シンシアは、なにを気にされているんですか」

 

 訝るアレックスに、私はエリックの存在がいることを言えない後ろめたさで縮こまる。

「アレックスがいて……、その……、他の男性と仲良くするのは、どうなのでしょうか」

 強く目をつむり、下を向いた。


 アレックスの手が伸びて、肩を抱いた。そのまま引き寄せられ、彼の肩へ押し付けられる。

「そんなことを気にしているんですね。可愛い女性ひとだ。これから夫人として、いろんな場に出れば、たくさんの人と出会い挨拶することになります。


 いろんな人がいます。世間知らずのあなたが驚くような人はごまんといるのです。

 今は様々な場に慣れていく方が大事ですよ。学園生であり、女生徒の屋敷で一人は彼女の婚約者。場数を踏むと思えば、とてもいい機会です」


 見上げると、優し気にほほ笑むアレックスがいて、私の頭を二度三度と撫でてくれた。


最後までお読みいただきありがとうございます。

一日一日ブクマ増えるのを見ますと、励みになります。

ありがとうございます。

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