閑話 マリアンネ 悲しい現実
とんでもない殺気がする。
これは、ヴィーネ様じゃないか?
嫌な予感がする。
悪い事が起きなければいいが。
少ししてから街長室にグスタフがやって来た。
「どうした。今は訓練の最中ではないのか?」
「ああ、国防隊は解散させられたよ。誰も戦士がいなかった」
何を言っているんだ?
いきなり解散だなんて流石に意味が分からない。
「どういう事だ?お前達は国を守る気があったんじゃないのか?」
「無かったよ。それを見せつけられた。長老が組織してくれるそうだ」
長老はシャーロット様にかなりの恩を感じているはず。
そのお返しと考えるべきだが…。
「それより、どんな話があったんだ」
「当たり前の話だよ。シャーロット様がどれだけ努力して魔力操作の訓練方法を考えたとかな。そもそも、国防隊の存在が無意味だと言われたよ。否定も出来なかった。事実、無意味だからだ。誰も動けなかったよ。誰も守る気がないんだ。自分より弱い相手に対して威張りたい愚者しかいないと、見事に見破られたよ」
何だそれは!
お前達の気持ちはそんなに軽かったのか?
国を守ると本気で思っていたのではないのか?
「何故反論しない。何故立ち向かわない。勝てる勝てないじゃないだろ?国を守るんだ。常に命懸けだぞ。その為の判断基準がさっきの殺気だったのだろ?動けるだけで合格にしてくれると思うのだが、違ったのか?」
「その通り、優しい試験だよ。でも、誰も動けなかったんだ。恐怖を知らなければ戦場では役に立たない。正にその通りだったよ。どれだけ技術を磨いて強くなった気でいても戦場では役に立たない」
「お前の言葉を聞いていると、国防隊は、強くなって自慢したいだけの集まりにしか聞こえないが、そういう集まりだとお前が認めるのか?」
「ああ、認めるしかない。その通りだ。身体強化の事を誰にも話せない様に呪いをかけてくれ。解散した国防隊が何をするか分からない」
「何だと!お前たちは心を鍛える事をしていなかったのか?まさか…!誰も知らないのか?戦うという恐怖を誰も知らなかったのか?」
「そういう事だ。血の気の多い馬鹿の集まりだった。だから呪いで縛る必要がある。自分より弱者を虐げる可能性があるからだ」
「何て事だ!最悪な結果じゃないか。そんな最低な話をどうやってシャーロット様に伝えるんだ。これ以上失望されないように、シャーロット様を兵器だと思わない様にすると決めたじゃないか」
「そうだな。だが、現実はこの通りだ。もう結果は変わらない。本当に無様だった。やる気があるだけで戦える戦士では無かった。戦士にはできなかった。それが答えだ」
その言葉はお前の無能さを表しているんだぞ。
まさか…。
「長老の組織にフェリクスは入れないのか?奴も駄目なのか?」
「あとで話を聞いたよ。殺気を前にして思ったそうだ。自分の技術を磨くのに酔っていたとな。無理だ」
最悪だよ。
エルヴィンに任せるべきだったか?
いや、自分が隊長になるべきだった。
私も人を見る目が落ちた様だ。
今のシャーロット様にお願い出来るのか?
確実に見放される。
人間や獣人という種族じゃない。
大人を見放す可能性が高い。
いつの間にかヴィーネ様が目の前にいた。
彼女はまるで自然現象のようだ。
空気が当たり前にある様に、そこにいる。
「心配しなくていいよ。母さんには私が説明するよ。大丈夫。呪いが必用なら私がかける。母さんの悲しむ顔は見たくないんだ。私は母さんと同じ事が出来る。だから安心して。まだ大丈夫だと思う。長老が立ち上がってくれたから。未来には長老の組織に短命種も入れると思う。覚悟の問題だからさ。強さじゃないから。本気で国を守りたい、家族を守りたい人なら立ち上がるよ。マリアンネは母さんに負荷をかけ過ぎているのを心配しているんでしょ?私が肩代わりするよ。多少だけどね。それでどうかな?」
「お願いします。万が一外に漏れるのも危険ですし、住民に力を使う所を見られたら終わりです」
完全に助けに来てくれている。
あのまま国防隊の訓練を進めていたら終わっていた。
「だよね。呪いをかけた後、魔力を使えなくしてもいいの?」
「ええ。可能でしたらお願いします。可能な限り危険は排除しておきたいので」
「分かったよ。召喚魔法」
情けない顔をした国防隊が集まったもんだな。
本当に無様だよ。
「今からお前達の魔力を封じてさせてもらう。意見のある奴はいるか?」
「何でそこまで?今までの俺の努力を無にするんですか?」
「そうですよ。ここまで頑張って来たんです。恐怖に立ち向かえなくても戦えますよ!」
「戦えます。次こそ立ち上がれます!」
「恐怖しないように鍛えます!」
何だこれは?
お前達は誰と戦うつもりなんだ。
こんな奴らを集めて鍛えていたのか…。
私はお前を失望しそうだよ、グスタフ。
「殺す?念力」
「グスタフ、お前の判断に任せる」
「殺すとシャーロット様が悲しみます。記憶を消して下さい」
「国防隊と魔力操作の記憶を消せばいいね。闇魔法」
「グスタフ、国防隊はどうなった?」
「何の話だ?私は知らないが?」
「分かった。今日は皆、解散してくれ」
グスタフまで記憶を消したか。
甘さが一切ない。
徹底している。
当然だな。
シャーロット様の気持ちを裏切った奴を許すはずがない。
殺されなかっただけでも奇跡だと思うよ。
区長会議も考え直さないとまずいな。
だが、住民から選ばれたという仕組みを変える事ができない。
「マリアンネは気にし過ぎ。区長に獣人がいないと反発がありそうだし、このまま運営していってくれればいいよ。私はグスタフくらい立ち上がると思ったんだけどね」
「まさか、あいつは立ち上がる事も出来なかったのですか。区長でありながら国を守る気が無いのか…」
やはり思った通りだよ。
自分だけでも立ち上がっていたら違ったはずだ。
「マリアンネ、それ以上は考えない方がいいよ。種族対立に繋がるから。このままでいいんだよ。今がちょうど中間地点だと思うんだ。だから、仕方が無いと思う。中途半端な人が途中で逃げ出すのが一番困るんだ。母さんはね魔力操作を練習する国防隊が目障りだったんだよ。鬼ごっこの後でも子供には手加減したとか言い触らす様な奴らなんだ。もう、母さんを悲しませないでほしい。国防隊よりクリスタの方が強いのは見れば分かるからね。母さんは国防隊を見放していたよ。だから、区長達は運営に力を入れて。マリアンネは母さんの努力を皆に教えてあげて。何度体を壊したか分からないよ。回復魔法があるからってね。敵にやられたんじゃないよ?人に教える為に壊してるんだ。その事実をしっかりと教えて欲しい。じゃあね。転移魔法」
吸血鬼だから痛みが無い訳じゃない。
恐怖がない訳じゃない。
人の為に身を削って伝えた技術が、この様な使われ方をしたら許せませんよね。
「ディアナ、クリスタに伝えておいてくれ。子供たちは知って欲しいからな。それと、他の区長を今すぐ集めてくれ」
「分かりました」
緊急の集合だ。
集まるのが早いな。
「皆、突然だが報告がある。国防隊は解散した。そして、グスタフの記憶から魔力操作と国防隊は消してもらったよ。今後は長老が戦士を集めるそうだ」
「なんだそりゃ?いきなり何があったんだ?」
「そうだよ。決意したばかりじゃないか」
隠す必要も無いな。
全部話しておこう。
「国防隊に国を守る気は無かったんだ。シャーロット様の技術を身に付けて自慢したいだけ、自分より弱者を甚振りたいだけの集団だった。怖い相手や強い相手には立ち向かえない。グスタフもその1人だ。最悪だよ。ヴィーネ様がいなかったら終わっていたよ」
「あいつが集めたやる気のある奴は、ただのクズだって事じゃねーか。しかも、自分も同類だっただと?どうするんだ?区長として失格じゃねーか!」
「ああ、私もそれを言おうとして止められたよ。種族対立になるからとな。運営だけしてくれればいいと言われてしまったよ。私に人を見る目が無かったよ。国防に関しては気にせずに孤児や子供の教育に集中する。グスタフに任せる仕事は現状無いが、区長として獣人との連携を頑張ってもらう。グスタフの出来事は無かった事にしてほしいそうだ。それが、今できる最善手だ」
「そういう事か。完全に見放されているんだな。それを悟らせないようにするのが俺たちを集めた理由か。どうせ、あの殺気で全滅したんだろ?グスタフも立ち上がれなかった訳だ。今の時点で判明して良かったと考えるしかねーな」
「そうだね、敵軍を前にして逃げ出す姿を見られなくて良かったと考えるべきだろうね。まさか、区長まで国防を意識していないなんて…。時代が変わったんだね」
「私には黙っている事しかできないが、それが最善だと思う」
「そう、ヴィーネ様も言っていた。ちょうど今が中間地点だそうだ。だから混乱する。ヴィーネ様は完全にシャーロット様の娘だ。母親を思う娘だったよ。母親の心を守る為に国防隊を解散させたんだ」
「それほど国防隊は酷かったのか…。まあ切り替えるしかねーな。とりあえず子供の教育だ。大人は現状維持をしてもらえば十分だ」
「そうだね。そうしよう。次の時代はすぐに来るんだ。楽しみに待とうじゃないか」
「ああ、私は次の世代に向けて研究を進めるよ。それだけしか役に立てないからな」
「そういう訳だ。緊急で集まってもらってすまなかった。今後も頼む」
最悪な状況は防いで頂いた。
同時に私達には国を任せる資格が無いという事も明確になった。
討伐隊、国防隊、何度機会を与えられても駄目だったのだから仕方が無いな。
マリアンネが鍛えたら誰もついてこれません。
それが討伐隊や国防隊の現実です。




