シャドウ 心に残った棘
やはり心残りになっているな。
あのクソ野郎をぶちのめしておかないと気が済まないようだ。
どうでもいいという思いもあるが、綺麗に清算しておきたいというのが本音だろう。
今の俺なら確実に殺れるか?
あいつを鮮明に覚えているが、精霊は相手の強さを見るのが得意な種族とは言えねーからな。
ましてや、自分の強さと比べるのは苦手と言えるだろう。
やっぱり得意な奴に聞くのがはえーな。
「おい、ダーク。社に行くぞ。ついてこい!」
「僕は姉ちゃんの小間使いじゃないんだけど!何でお母さんの所に行くのか教えてよ」
めんどくせー。
弟を生みだしてもらったのはいーけど全然俺の言う事を聞かねー。
何なら俺の口調を直そうと口煩い日が多いくらいだ。
めんどくせー。
シャーロットが女王様扱いされるのを嫌って、生みだした精霊たちに母と呼ぶように言った。
その結果、俺とドリュアス以外の精霊たちまで呼び方を変えやがった。
お母様やお母さんと呼んでべったりだ。
シャーロットの肩に誰が座るのか揉めている日もあるくらいだからな。
「うるせーな。お前だってシャーロットに会いたいだろ?」
「夜になったら一緒に寝るから別にいいよ。何で会いに行くの?」
新しく生みだされた精霊は夜になると社に帰る。
あの女に生みだされた俺たちは住む場所までは変えていない。
何だかんだで付き合いがあるからな。
それに、ここは居心地がいいからよ。
ダークはシャーロットに夜までは姉を手伝えと言われていなければ社から出ないだろう。
俺を姉と呼ぶのもシャーロットに言われたからだろうな。
多分だけどよ…。
先に生みだされている同じ属性の精霊を兄姉として慕うように。
そして、夜までは兄姉の手伝いをしろと言われている。
だから、俺と一緒に活動している訳だ。
別の理由もあるけどな…。
闇の精霊としての仕事はシャーロットに頼まれた簡単なものだ。
地上を魔獣が生まれる程度の瘴気の濃さに保つだけ。
魔獣を食糧としている種族は多いだろうからな。
世界の理とは無関係だが、世界の為に仕事をしていると考えると悪い気はしねーな。
「地下世界の魔王を殺しに行こうと思ってよ。だから、シャーロットの意見が聞きてーんだよ。今の俺なら勝てるかどうか気になるだろ?殺しに行って瘴気に隠れるとかダセーし、負けるなんてもっとダセー。絶対に殺せるまで鍛えてから会いに行くつもりだったんだよ」
「地下世界の魔王なんて瘴気で汚染すれば楽勝だよ。負けるはずないでしょ?」
「分かってねーな。魔王を操って殺すのはダセーだろ?魔王だけは操らずに殺して暇つぶしをしてたんだよ。今の魔王は他の魔人を操っても殺せねーし、操っている奴がいると勘付いて挑発してきやがった。俺は馬鹿にされ続けたんだ。許せねーだろ?」
「僕と姉ちゃんで2人操って4人で挑めば勝てるでしょ?駄目なの?」
「何の為に鍛えていると思ってるんだ。1人で殺せなきゃダセーだろ。鍛えている理由は違うが、小さな棘が刺さっているように感じるんだよ。そろそろ抜けそうだと思ってな」
「対抗戦で負けたくないから鍛えているんでしょ?負け続けるのは悔しいからね。お母さんには聞こえていると思うから、そろそろ来る気がする」
対抗戦で負けたくないとか子供みたいじゃねーかよ。
真剣勝負と言って欲しいぜ。
精霊の尊厳をかけた本気の球当てだ。
負け続けて悔しくない奴がいる訳ねーだろ!
まあ、今は対抗戦より魔王だな。
ダークの言う通りシャーロットが来そうな気がするぜ。
「お待たせー。ダークも行くの?」
何となく分かっていたけど本当に来ると驚くぜ。
何人の会話を同時に把握しているんだよ…。
「勿論だよ!お母さんが行くなら僕も行くよ」
「それでどうなんだ?俺は勝てそうか?」
「姉ちゃん、言葉遣いが荒いよ。お母さんとはもっと丁寧に話してよね」
めんどくせー。
早速言われたな…。
今更言葉遣いが簡単に直るかよ。
「ダークは優しいね。私は何も気にしていないから別にいいよ。正面から姿を見せて殴り殺したいの?」
「それが最善だな。何か不安があるのか?」
ダークがシャーロットの肩に座って腕を組んで俺の話し方に不満を表していやがる。
こいつはホント可愛くねーな!
「秘儀を鍛えても魔法を防げるようにはならないからね。闇属性の魔法であれば無効だけど、それ以外の属性の魔法を当てられてしまうと耐えられるか分からないよ。魔王が回避できる魔法を使うか分からないからね。会話なしの瞬殺なら間違いなく勝てるけど、シャドウの話を聞いた感じだと相手に敗北を教えたいのでしょ?殺さずに徹底的にボコボコにして負けを認めさせる方が棘も抜けると思ったけど違うかな?」
地下世界の習慣で殺せばいいと簡単に考えていたようだ。
ボコボコにして負けを認めさせる方が最高に気持ちがいいな。
だが、魔法で反撃されると面倒だ。
魔王が避けられる魔法だけを使うとは限らないからな。
どうすっかな…。
「姉ちゃん、お母さんの力を借りてボコボコにした方がいいよ。魔法を禁止にして殴り合いだよ。姉ちゃんだって瘴気を使わないのだから条件は一緒だよ」
「そうだったな。俺も能力を使わねーから条件は一緒か。頼むわ」
「いいよー。じゃあ、遊びに行こうか。転移」
濃い瘴気で満たされた地下世界は懐かしいな…。
隠れずに堂々と飛べる日が来るとは思わなかったぜ。
忌々しいクソ野郎が見えてきたな。
頭から短い角が2本伸びていて、全身黒色で、背中には硬質な羽がある。
カブトムシの雌を人型にすればこんな感じになるか?
似ている気がするな。
少し笑えるぜ!
瞳は赤く染まっていて殺意しか感じない。
そして、周りには魔人の死体が転がっている。
地下世界の魔王って感じだな。
殺しを心の底から楽しんでいるんだろう。
「よぉ。お前を殺しに来たぜ。散々俺の手駒を殺してくれたからな。直接殺しに来てやったぜ」
「クッ、クッククク。その声は聞き覚えがあるぞ。蠅が俺を殺そうとしていたのか。蠅が2匹と蠅の血を吸った吸血鬼か?よく生きてここまでこれたものだ。早速死ぬか?」
魔王が突然震えだした。
全身から汗が噴き出ている。
「お前は私の子を蠅と言ったのか?甲虫の分際で調子に乗るな。謝罪の仕方も知らないだろうから教えてあげるよ」
魔王が耐えられないといった感じで両手と両膝を地面につけた。
四つん這いの状態だな…。
「お、おいおい…。俺の出番がなくなるじゃねーかよ」
「この虫が悪いよ。調子に乗り過ぎだね。魔王なんて大層な呼び名は必要ないよ。世間知らずの虫でしょ?謝罪の仕方を教えてあげるなんて、お母さんは優しいね」
シャーロットとダークがマジ切れだよ。
こうなる気はしていたけどな…。
「ごめんなさいが聞こえないよ?早く謝罪しなさい。このまま死にたいの?」
魔王が地面に這いつくばっている。
踏み潰された蛙みたいだな…。
本気で俺の出番がなくなるじゃねーかよ。
「お母さん、殺しちゃおうよ。謝罪もできない虫は処分した方がいいよ」
「おーい!俺が殴り倒す予定だろ?そろそろ解放してやってくれや」
「仕方ないね。約束だから任せるよ。じゃあ、シャドウが謝罪させてね」
魔王が震えながら立ち上がった。
「さあ、蠅と殴り合おうぜ!準備はいいか?」
「な、なめるなよ!どんな能力を使ったか知らないが克服してやったぜ。蠅は焼け死ね!」
魔法を使おうとしたんだろう。
右腕を伸ばして掌を俺に向けているからな。
格好つけたかったのか?
昔から魔方陣を使わずに魔法を使っていたか?
流石にそこまでは覚えてねーな。
まあ、どっちでもいいか。
魔王が伸ばしていた腕を蹴り飛ばした。
【ボギィ】
簡単に折れちまった…。
少しだけ悲しくなるぜ。
こんな雑魚ばかりの地下世界で隠れていた自分が情けねーよ。
「グアッーー。この俺様に痛みだと?何をした?何故治らない?」
煩いから顎を蹴り上げた。
手加減してやったよ…。
殺してしまいそうだからな。
【グシャ】
魔王の口から血が噴き出した。
歯も折れたみたいだな。
「ア、アブゥー。ウグググ。ウバー!」
何を言っているのか分からねーな。
両腕を挙げて襲い掛かってきやがった。
折れている右腕は肘から先がブラブラしているけどな。
「弱過ぎだろ。こんな雑魚が魔王を名乗っていたなんてな」
骨が折れる力加減にして魔王の全身を殴り続けた。
出鱈目に振り回す魔王の腕も遅過ぎて当たる気がしない。
・・・・。
「ア、ア…」
「話す気力もなくなったのか?悲しくなるじゃねーか。もう少し頑張れよ!」
「早く謝罪してよ!頭を下げるくらいできるでしょ?」
そんな事ができるのか?
地下世界の魔人は謝罪なんて知らない気がするけどな。
恐怖に怯えて命乞いをするのが精々だろう。
ダークの声を聞いた魔王が頭を何度も上げ下げしている。
謝罪じゃなくて命乞いだな…。
予想通りだけど地上世界が強過ぎだ。
いや、俺たちの国が強過ぎるだけか。
ふふっ。
俺たちの国か…。
いつの間にか俺も国民になっていたようだ。
精霊には国に所属するなんて考えはないはずなんだけどな。
「どうしたんだ?魔王が死にそうじゃねーか。今のうちに殺しておこうぜ」
「ついに寿命か?待たせやがってよー。とっとと死ね!」
これだから地下世界は嫌になるぜ…。
殺意に染まった馬鹿共がワラワラと集まってきやがった。
普段は魔王を恐れて隠れていたような連中だろう。
死にそうな魔王を見かけて自分が魔王になる絶好の機会だと考えているに違いない。
はぁ…。
どうでもよくなったな。
強くなる努力をしなかった自分が情けないだけだな。
時間はいくらでもあったんだから。
「シャーロット、もういいわ。やっぱり地下世界はつまんねー。雑魚を気にしていた自分が情けないだけだ。予想通りだけど、ここまで差があると虚しいな」
「姉ちゃんが大人びた事を言っているよ。お母さん、姉ちゃんも成長したみたいだし帰ろうよ」
はぁ?
何でダークが上から目線で俺が成長したとか言ってるんだ?
まったくよー!
可愛くねー弟だぜ。
「高位回復魔法。もう動けるでしょ?友達と遊んでいなさい」
「俺様を回復したのか?ば…」
光が一瞬だけ視界を奪った。
何が起きたのか周囲を確認してみると魔王の両腕が消えていた。
「何か言いかけていたね。よく聞こえなかったよ。大きな声でもう一度言ってくれないかな?」
魔王の口からカチカチ音がする。
歯の根が合わないみたいだ。
本物は格が違い過ぎるな。
余りの出来事にこちらの様子を窺っていた魔人たちも沈黙した。
つまんねー棘が残っていたもんだぜ。
やっぱりこいつら圏外だ。
地下世界にいる奴ら全員が圏外だよ。
「お母さん、虫に話し掛けても仕方ないよ。姉ちゃんも満足したでしょ?」
「そうだな。試合も近いし練習の方が大切だな」
「精霊対抗戦もそろそろだったね。高位回復魔法、謝罪の仕方は覚えた?」
魔王は頭を何度も上げ下げしている。
それしかできない人形のようだ。
貴重な時間を無駄にしたな。
「じゃあ、バイバイ。転移」
エルダードワーフの洞窟の中にある俺の家に移動した。
やっぱりここは落ち着くぜ。
「私は社に帰るね。ダークは練習していくでしょ?」
「勿論だよ!2位じゃ駄目なんだよ。1位じゃないと意味がないからね」
「分かってるじゃねーか。ドリュアスは俺たちより強いからな。鍛えるしかねーぜ」
精霊の中でドリュアスだけは別格の強さだからな。
連携どうこうよりも秘儀を鍛えて追いつくのが最優先だ。
「じゃあ、またねー。転移」
シャーロットが目の前から消えた。
さて、ダークと特訓を始めるか!
「球当てしながら秘儀を鍛えるぞ。音を上げんなよ!」
「姉ちゃんがドリュアスを当てないと駄目なんだよ?分かってるの?僕はドリアードより強いからね。姉ちゃんが弱いから勝てないんだよ!」
マジで可愛くねーな。
事実だから余計にムカつくぜ!
まあ、俺に文句を言える奴は少ないからな。
多少は我慢してやるか…。
弟だしな。
優しいお姉ちゃんです。
弟も姉思いです。




