閑話 レナーテ 神との出会い
私は回復魔法を使う事が出来ます。
部位欠損等の大きな症状は治せませんが大抵の傷なら大丈夫です。
それが原因でしょう。
一生懸命に努力した私が馬鹿だったのです。
この国では努力する事自体が損だったようです。
懐かしい記憶を思い出します。
遠い遠い国でした。
私は強制的に働かされる事になりました。
所謂、王族の専属医です。
名称だけ見れば出世したように思われるかもしれません。
しかし、平民だった私は奴隷のように扱われる事になりました。
最低な日々です。
擦り傷をした王子の怪我を治せと殴られる。
指を切った王女の怪我を治せと殴られる。
寿命で死んだ国王を助けられない無能だと蔑まれる。
感謝の言葉すらなく日々罵倒されます。
何故このような人たちを治す必要があるのですか?
そんな日に遂に終わりがやって来ました。
厄災のドラゴンが国を襲ったのです。
ドラゴンは王宮に火を吹きました。
逃げ回る人々。
私も逃げようと必死に走りました。
しかし、何故かドラゴンは私を目に付けたようです。
捕まえられて囚われの身となりました。
特に不自由な暮らしではありませんでした。
すぐに勇者が助けてくれました。
勇者に斬られた厄災のドラゴンは美しい女性になりました。
思い出すと本当に恥ずかしい過去です。
何が勇者ですか。
魔石の剣を渡されただけの勘違いした冒険者。
魔法使いも自信過剰で自分が一番だと疑わない。
剣士も短気ですぐに誰かと揉め事を起こす。
何故私はあそこまで馬鹿だったのでしょう。
普通に考えれば分かるじゃないですか。
勇者のパーティーじゃないって。
自信過剰の魔法使いが瞬殺され、馬鹿な剣士も瞬殺され、勇者は実験台にされていました。
残酷な様に思えますが完全に自業自得なのです。
だって、相手は殺すつもりも何もなかったのに、いきなり殺すと言われ襲われたのですから。
殺されても文句は言えないでしょう。
そして、私の人生に転機が訪れました。
シャーロット様にここに住んで働かないか聞かれたのです。
脅された訳じゃなく普通に聞かれたのです。
孤児院という場所で働いて欲しいと言われカーリンを紹介してもらいました。
それにしてもこの街は凄いです。
いくつもの国や街を渡り歩いて来ましたが、これほど綺麗な国はありません。
一般の人が着ている服を見るだけで、この国の人は恵まれていると思います。
そして孤児院です。
人間、獣人、エルフ、こんなにも多くの子供たちがいるのです。
「すみません。ここは何故こんなにも子供たちがいるのですか?」
私は気になった事をカーリンに尋ねました。
「この子たちは攫われたり奴隷だったりした子なのです。シャーロット様が助けているのですよ」
えっと…?
そんな事をしている人がいたのですか?
しかも、先程の人がそのような事を?
「私はここで働く事になったのですが何をすればいいでしょうか?」
「子供たちの世話をするだけですよ。食事を作ったり、お風呂に入れてあげたり、一緒に遊んであげたりするだけです。昼間は勉強をしているので忙しい時間も限られていますし、比較的楽な仕事だと思いますから大丈夫ですよ」
「勉強とは何でしょう?」
「この国の子供は全て無料で勉強をする事が出来ます。文字の書き取りや、計算、街の決まり事、魔法の知識などですね。それを活かし好きな仕事をして国を発展させて欲しいというのが、シャーロット様の思いなのです。ですから、この国は全てが発展していると思いますよ」
素晴らしい。
何て素晴らしい環境でしょうか。
私が住んでいた国とは天と地ほどの差があります。
「私は回復魔法が使えますが役に立てますか?」
「では、空いた時間は病院で働いてみてもいいかも知れませんね。この街に怪我人や病人は基本的にはいません。半年に1回シャーロット様が部位欠損だろうが病気だろうが、全てを魔法で治療してくれるのです。しかし、それだけに甘えては駄目だという事で病院という施設があります。人の体を研究し、様々な治療方法を考えているのですよ」
何ですかそれは。
私は異世界に来てしまったのですか?
「すみません。病院とはどこでしょうか?」
「隣の建物ですよ。孤児院と病院と学校。この国は子供を大切にし、人の治療を大切にしています。だから、中央に揃っているのです」
「少しだけ覗いて来ますね」
「はい。もし、仕事がしたければ私に言って下さいね。仕事を管理している人を紹介しますから」
「シャーロット様ではないのですか?」
「シャーロット様は命令しません。人の発展に協力する事はあっても強制する事は無いのです。ですから、この街を管理しているのも人ですよ。シャーロット様は吸血鬼ですがこの地を500年以上守り続けて来ました。土地神様として崇められていますよ」
私の常識と違いますね。
力を持った人が命令をする訳ではないのですね。
あれ程の人が協力をしているだけなのですか。
命令をする事もないのですか。
土地神様ですか…。
「では、病院を覗いて来ますね」
「はい。行ってらっしゃい」
この国の人は皆、カーリンのように柔らかいのでしょうか?
私が出会ってきた人々は常に苛々しているようでした。
本当に同じ人間でしょうか。
私は病院の前に立ち言葉が出ませんでした。
魔法で治せるのに、これだけの施設を作られたのですか。
とんでもない事を普通にされるのですね。
私が病院に入ると女性に声を掛けられました。
「こんにちは。どのような症状で来られましたか?」
なるほど。
先に症状を聞いて対応を決めているのですね。
「実は孤児院で今日から働く事になったのですが、私は回復魔法が使えるのです。部位欠損までは治せませんが、それ以外の治療ならできるのです。仕事はありますか?」
「そういった理由で来られたのですか。でしたら、私たちで対応出来ない症状の時、いつもシャーロット様を呼んでいたのですが、状況によっては孤児院に声を掛けに行ってもよろしいですか?」
「はい。それで構いません。遠慮なく声を掛けて下さい」
「ありがとうございます。では、その時はよろしくお願いしますね」
私は病院の人たちと軽い挨拶を交わした後、孤児院に戻りました。
「どうでしたか?」
「病院で対応出来ない症状があった時、声を掛けに来てくれる事になりました」
「分かりました。今度、街を管理している街長を紹介しますね」
「はい。よろしくお願いします」
孤児院の設備は凄すぎて意味が分かりません。
部屋は明るく、いつでもお風呂に入れて、食材は痛まないように冷やされていて、トイレも水で洗って終わりです。
全ての設備が魔石です。
魔石ってこんなに簡単に手に入る物ですか?
「カーリン、この設備はいったいどうなっているのでしょうか?」
「シャーロット様が特別に手入れしています。この街の最新の設備は孤児院から導入されます。それだけ、子供を大切にされているのです。特に孤児院の子たちは辛い思いをして来た子供しかいません。ですから、常に気を配っているのですよ」
邪悪な吸血鬼を討伐しに来た勇者?
本当にただの馬鹿じゃないですか。
ちゃんと情報を集めれば邪悪じゃない事なんてすぐに分かります。
そもそも、検問でそのように説明されていたのを思い出しました。
ああ、何て愚かなんでしょう。
そんな事を考えているとシャーロット様からの声が届きました。
厄災のドラゴンがこの街を襲いに来たのです。
私は逃げる気にもなりませんでした。
色々と分からない事が多過ぎて疲れていたのかもしれません。
そして、ドラゴンから放たれた明らかに異常な攻撃を、シャーロット様は変身して防いでいます。
土地神様じゃないですよ。
神様ですよ。
変身したシャーロット様を見て自然に拝んでいました。
今までの辛い人生はこの時の為にあったのですね。
そして、経験した事がない楽しい毎日が始まりました。
何も強要されない、子供たちとの触れ合いも楽しい、給料で好きな物も買える。
偽物の勇者とつまらない旅をしてきましたが、神様の元まで案内してくれた事は感謝しましょう。
孤児院はシャーロットの事が大好きな人が集まっています。




