ジェラルヴィーネ 短命種組合
会議の前にカーリンがもう一度社に来た。
就職を考えて13歳以上の希望者は見学を許可する事にしたみたい。
組合を知らなければ入会する為の判断材料が少ない。
納得できる内容ではあるね。
だけど、少し引っ掛かりを感じる。
人間と獣人の保護組合には皆が入会するものだと思っていた。
間違った考え方をしていて説教したのだろうか?
社に来た前日の夜に職員が食事場所に集まって話し合いをしていた。
カーリンとクリスタとレナーテが怒るという状況なのは確かに気になる。
カーリンには悲しさも含まれていた…。
そして、少し怒りを見せていたのはエルマーだ。
個人的に説教されて怒ったのだろうか?
何を言っているのか今の私には分からないけれど組合の話で問題があったのだと分かる。
孤児院は平穏であって欲しいのに職員が争ったら駄目だよ…。
母さんに聞いても内容を教えてくれなかった。
但し、カーリンたちの考えが正しいとだけは教えてくれた。
いよいよ今日の昼食後は組合結成の打ち合わせ。
それなのに、母さんが揉めていた。
流石に初めて見たよ…。
今日の母さんは分身を制御できていないのかな?
「私が行くに決まっているでしょ。役割を守りなさい」
「あなたが約束したでしょ?今日がヴィーネと話す場よ」
「今日は組合結成の会議よ。勝手にヴィーネと話す場にしないで」
「人には得手不得手がある。あなたは苦手じゃないの?本当にいいの?後悔しない?」
母さんが劣勢なんて初めて見たよ。
相手は母さんだけど…。
「うっ…。今日はヴィーネとゆっくり話す時間なんてないわよ?いいのね?」
「ええ。あなただって分かっているでしょ?今日が大切なのよ」
「ぐっ…。分かりました。私は闘技場に行くから会議に行ってよね!」
「そうだね。役割から考えたらそうなるよ」
母さんが分身相手に言い負けた…。
能力を完璧に制御できているはずなのに。
「会議が始まるまでヴィーネと話したいから早く仕事してきてよ」
「どっちが分身か分からなくなるじゃない。本当にもう…。行ってくるよ。転移魔法」
「母さんもお婆ちゃんには勝てないね。良かったね、姉さん。話したかったのでしょ?」
「確かに同じ分身とは言っていたけど…。同じ意識を持っているの?新しく生まれているのでしょ?違うのかな?」
お婆ちゃんの血を多く使った分身だと母さんは言っていた。
それだけで、お婆ちゃんになるのかな?
だけど、母さんに勝てるのはお婆ちゃんだけしかいない気がする。
「フェニックスを見れば分かるじゃない。新しく生まれていても記憶が一緒なら同じよ。但し、全て同じである必要があるけどね。私には血が2種類入っているから配分が違うと性格も変わるよ。つまり、私が同じ血の配分の分身を生み出しているという事だよ。分かったかな?」
やはり母さんの能力制御は完璧だね。
性格が同じ分身を生み出しているのだから。
だけど、分身が分身を生み出していると言うのは混乱するよ。
「凄く分かりやすかったけど、フェニックスは何も考えなくても一緒の体で生まれ変わるじゃない。分身は意識しなければならない。母さんは完璧に分身の母さんを生み出しているという事なの?」
「そういう事だよ。基本的には私だね。偶に全く同じ自分を生み出す時もあるけど、闘技場で審判するのは私が適していると判断しているんだよ。今日はヴィーネと話したいと思っていたから私が残っただけだよ」
それは、凄過ぎるでしょ…。
状況に合わせて分身の性格まで変えているんだ。
「それで、今日私と話すという事は会議は余り良くないんだね?」
「組合を作ろうとしている側の意見も分かるけど助けに行くのは私たちだからね。ヴィーネ、あなたは不幸な人を見ると感情が高ぶる。それは、自覚しているかな?」
目の前に不幸な人がいると無性に助けたくなる。
精神汚染が影響しているとは思えない…。
「自覚しているよ。何故か分からないけど何かしなければならないと焦ってしまう。今までずっとそうだった気がするよ…」
「ヴィーネとウィーノを比べてヴィーネの方が劣っている訳ではないけど理由はあるんだよ。以前、自分で言っていたでしょ。私の記憶が見辛いとね。ディーン姉ちゃんの記憶が前にあるせいで不幸な場面に対しての耐性が低い。500年以上も人と関わってきた私は不幸な事ばかり。楽しく過ごしていた人たちが寿命で先に死んでいく訳だからね。私が守っていた人が寿命で死ぬのを多く見てきたよ。ウィーノの記憶にもあると思う。ヴィーネはその記憶が見辛い。それが、焦ってしまう原因だよ。私も昔は何とかできないか焦っていたからね。お母さんを元気に長生きさせる方法を探したりとかさ…。本当にもう…。それでね、焦る事が悪い事ではないと知りなさい」
本当に母さんなの?
同じ姿なのに全く違う印象を受ける。
母さんは自分の過去を余り語らないから…。
それに、お婆ちゃんの話をしている時に苦笑いをしたのは何故なの?
母さんにとっては一番辛い過去のはずだよ。
どうしても違和感を覚えてしまう…。
「理由は分かったよ。それで、私はどうするべきかな?」
「大切なのは心を鍛える事。悲しい出来事になれる必要はないよ。でも、人と関わる長命種であれば避けては通れない。あなたは記憶力も優れている。自分の心の中で生かしてあげなさい。一緒に過ごした日々を思い出すと心が温まるように。寂しくて凍えてしまうような記憶では駄目。温かくなるように生かしてあげなさい。これは、未来への助言ね。世界樹の恩恵と身体強化があっても人間の寿命は150年くらいが限界だと思う。大切だと思える人ができた時は一緒にいる時間を大切にしなさい。分かったね?」
母さんがお婆ちゃんに対して思っている事なのかな?
普段と会話の内容が全く違うよ…。
「分かったよ。大切に過ごすよ」
「いい子ね。では、今日の話をするよ。ヴィーネはどのような救出条件であれば納得する?」
救出条件…。
私が納得する必要はあるのかな?
「人間と獣人の保護だから組合で決めればいいと思っているけど駄目なの?」
「駄目よ!母として許しません。条件から漏れた子はあなたに罵詈雑言を浴びせるかもしれない。何故か分かる?」
「見捨てられたから?選ばれた人だけ幸せになるのが許せないから」
「違うよ。殺されてしまうからだよ」
えっ…。
置いてきた子は殺されるの?
「同じ場所で奴隷として働かされるだけじゃないの?」
「極めて運が良ければね。奴隷は命令違反すれば処刑が当然なの。何もしていなくても処刑される事がある。そもそも王族や貴族は奴隷の顔なんて覚えていない可能性が高い。それに、まとまって脱走したようにしか見えないよね?一斉処刑が妥当だよ。組合が条件を言ってきても、ヴィーネが置いてきて殺された子はヴィーネを恨む。おかしいでしょ?ヴィーネはお願いされて助ける必要のない子を助けてあげているのだから。さあ、ヴィーネは条件を言われたらどうする?」
私が動くと子供が死ぬ…。
何なのそれは。
そんな事は絶対に許せない!
「飛ばすか殺すかもしれない。私に罪を被せて自分たちは保護活動していると言う訳でしょ?」
「ほら、すぐに感情が高ぶる。あなたは殺される子を想像した。聞きなさい!あなたには何とかできる力がある。寿命で死んでしまう以外の事には全て対応できる。感情制御を心掛けなさい。冷静に考えればいいの。あなたの考える事は何だったかな?子供を助ける方法でしょ?そのような組合の言う事を聞く必要はない。お願いに来るだけ。無視してしつこければ飛ばせばいい。焦らない。ゆっくり考えなさい。組合結成は認めればいい。但し、お願い次第では飛ばすと言えばいいだけ。落ち着いてきた?」
血の配分を変えるとここまで性格が変わるの?
母さんと話している気がしないよ…。
それに、何故だか懐かしく感じる。
話を聞いているだけで落ち着くよ。
「落ち着いてきたよ。その場で何かしなくてもいいね。私は子供を助ける方法を考える。それに、国民の子が一番だから」
「そうよ。国民の子が一番大切。激怒して飛ばす、殺す。確かに問題は解決するかもしれないけどヴィーネが怖く思われてしまう。私はそれが嫌なのよ。だから、私の選別に任せなさい。ヴィーネは静かな心で先を見据える。あなたはいつもその場で処理してきた。それが、最適な時もある。でも、慌てない。念力で止めてでもいいから深呼吸して考えなさい。できそうかな?」
本当はお婆ちゃんじゃないの?
母さんの振りをしているだけ…。
あり得ないけどそんな気がして仕方ないよ。
「できそうだよ。一度止めて深呼吸すればいいんだね。大丈夫だよ!」
「会議に行く前にもう1つ。この国には孤児院がある。好きに使えばいいじゃない。今は大変だけど、組合がそうであるならばヴィーネの気まぐれでどこかの国の奴隷の子を助けてあげればいい。2年も経てば孤児院の子は半数になる。孤児院は1軒で十分ね。でも、それでいいのよ。少しでもいいから奴隷の子を助けてあげなさい。私たちが勝手に動くのだから種族の保護ではない。孤児院で働いてくれている子が問題ない人数を助けてあげる。誰も置き去りにしない国を選ぶ。保護施設ができたら子供を助けるのはお願いされた時だけになる訳ではないよ。視野を広くもち深呼吸して冷静に考えなさい。会議は戦闘ではないからね。すぐに決断する事が正しい事ばかりではないよ。気持ちの準備はできたかな?」
「大丈夫だよ。落ち着いてる。冷静に対応できる」
「ウィーノはまた今度話しましょう。私が拗ねているけどね」
「分身に拗ねるのは母さんらしくないね。どうしたのかなー?」
ウィーノは分かって言っているね。
また話したくて仕方ないようだから。
母さんはお婆ちゃんを再現しようとしているのかもしれない。
せめて性格だけでも似せて懐かしむ為に。
そんな気がする。
母さんを追い出せて孫の私たちには優しい。
お婆ちゃんだよ…。
「じゃあ、行こうか。転移魔法」
母さんの合図で食事場所に移動した。
私が主催者みたいなものだから声を掛けるのは私だよね。
母さんとウィーノは私より一歩下がっている。
「やあ、お待たせ。会議は始めているのかな?」
「本日の流れの説明だけです。会議はこれからになります」
「じゃあ、始めてよ。私たちは見学しているね」
「会議の主催者はヴィーネだから任せるよ」
「私も姉さんの判断に任せるからねー」
母さんの言っている事はとてもよく分かる。
だけど、ウィーノは面倒なだけでしょ?
絶対に叔母さん似だよ!
「では、組合について話し合って下さい!」
カーリンの開始の合図で話し合いは始まった。
かなりの人数が見学に来ている。
飛ばされた子のほとんどが見に来ている気がする。
訳も分からずに飛ばされてしまったからね。
同じ経験はしたくないのだと思う…。
・・・・。
組合名:短命種組合
施設名:短命種保護院
組合名と施設名はすぐに決まった。
新孤児院の職員が決めてあった名前が採用されたから。
さて、問題の救出条件だね…。
「まず、就職人数を知りたい。何人が就職する予定なんだ?」
「逆じゃないの?救出条件を聞いて何人に就職して欲しいか求人を出すべきでしょ?」
助ける人数を決めておくのか、就職した人数で決めるのかの違いだね。
初めてに近い経験をするのだから決めておいた方がいいと思う。
「つまり、保護院で保護する人数を決めておいて欲しいという事だな?」
「普通じゃないかな。組合に入っていれば人が必要かどうかは分かるからね。救出する子に応じて臨機応変に対応するのが組合でしょ?施設の上限は決めておくべきだよ」
「800人だ!800人を予定している。20人就職してくれれば問題ないはずだ。どうだ?」
エルマーは何を言っているの?
ふざけているのかな?
(ほら、怒らない。見守りなさい)
(分かっているよ。怒っていないから…)
「流石に冗談だろ?それは、孤児院の限界を意識した人数か?流石に無理がある。孤児院の卒業生を保護院に縛り続ける事になるぞ」
「そうよ。エルマー、話し合いを聞いてそれを言っているの?打ち合わせと全然違うじゃない」
「50人から様子を見るべきじゃないのか?それでも、多いと感じるけどな。同時に800人なんて世話できるのか?前例もないぞ」
打ち合わせと違う事を突然言い出しているみたいだ。
何が理由なのかな?
「ああ、だから世話が可能な子を救出してもらう予定だ。10歳以上の子に限定する。それなら、縛り続ける事もないし入れ代わりで世話できるだろ?」
こんなに生意気だったかな?
不愉快にも程があるよ!
(ヴィーネ。分かっているわね?)
(分かっているよ。心配性だよ。本当にもう…)
(姉さんが大人に見えるよ。流石母さんだね!)
都度止められる…。
絶対にお婆ちゃんだよ。
性格は間違いなくそうだと思う。
母さんにそっくりだけど、母さんより心配症。
ウィーノの言葉がなければ嬉しいのに。
本当に腹立たしい言葉の選択だよ!
今にも殺しそうなクリスタたちを止めよう。
冷静に周りを見ないとね…。
念話。
「旧孤児院の大人は動かないで。話を聞いていたい」
「「かしこまりました」」
話し合いが白熱してきたね…。
「救出に行くのはシャーロット様たちだよ?10歳以上なんてお願いをするつもりなの?」
「全部決めているだけじゃないか?問題あるのか?」
救出条件に反感を覚える子はいるみたいだね…。
すぐに殺していたら何も知らないままだったよ。
「何でエルマーが組合長のように振舞っているんだ?それも、話し合うべきじゃないのか?」
「組合を先に作ったのが僕たちだからだよ。君たちは後から入ってくる。組合長が先に決まっていても仕方ない事じゃないのか?」
「私たちが就職してから動き出すのに何を言っているの?それなら、話し合いなんてする必要ないわよ。全て決めてある内容を説明すればいいじゃない」
その通りだよね…。
後から入ってくるのだから文句を言うなと黙らせようとしている。
これは、流石に駄目じゃないのかな?
(慌てない。焦らない。話を聞きなさい)
(はーい。分かりました)
「だから、決めてある救出条件を説明しているじゃないか。何をそんなに怒っている?」
「置いて行かれた子がどうなるか考えた事はあるの?確実に処刑されるじゃない!」
やはり孤児院の子は処刑されると分かっている。
私が孤児院を把握できていない証拠だね…。
「全ての子は救えないじゃないか。処刑されるのと奴隷として働き続けるの、どちらがいい?助けられないのであれば楽にしてやるべきだろ?」
「命があれば助かる機会があるかもしれないじゃない。私たちの勝手な救出で全てを奪うつもりなの?」
「おいおい…。孤児院の敵になるのかい?流石に外野からだけど参加させてもらうよ。その処刑された子の死は誰が背負う事になるのか分かっているの?僕たちが勝手に作った組合と施設で短命種を保護してもらうのに、救出時に死ぬ事になる奴隷の子はシャーロット様たちに背負ってもらうつもりなのかい?僕たちは顔も名前も何も知らないから罪悪感がない。だけど、救出に動いているシャーロット様たちはその子たちを見る事になる。泣く子や罵声を浴びせる子がいるかもしれない。明らかにシャーロット様たちを裏切っていると考えるよ?いいのかい?」
「俺も外野からだが言わせてもらうぜ。組合に入っていればいいと思ってたけど、何だよその年齢制限は。しかも、800人とか言い出すし。どうしたんだ?根拠が何かあんのかよ?」
根拠は絶対にない。
そのような救出をした事がないのだから。
それに、奴隷の子を800人同時に世話しようと思ったら職員が何人必要になるのか分からない。
一月も維持できずに崩壊するのが目に見えている…。
「根拠はここにあるじゃないか。800人近く世話してきた。10歳以上なら間違いなく世話できる」
「エルマー、あなた説教されたから張り合っているの?人の命が関わっているのよ?あなたの感情だけで動くべき問題ではないわ」
こいつは馬鹿なのかな?
カーリンでも不可能な事を可能だと自信を持っている。
(反抗期の男の子にありがちね。過剰な自信を持っている。大体が勘違いだけどね)
(よくある事なの?初めて見たけど…)
(反抗期は大人に成長する為の通過点みたいなものだけど、人の命が懸かっている事を理解していない。恐らくカーリンたち旧孤児院の子たちへの反発よ。説教されたから見返したいと考えているだけ。だから、中身も何もない。それに、私たちが見ている事を理解していない。残念だけど孤児院はそんなに優しい施設ではない。反抗期を温かく見守ってくれる子はいないよ。皆が自制しようと努力しているのだから。ヴィーネも努力できるわよね?)
(できるよ。一緒にしないでよね)
(あー、誰かに似ていると思ったら姉さんだったのかー)
あー、腹が立つ!
とにかく妹に腹が立つ。
(ウィーノは姉を揶揄ってばかりいると組手に招待するからね)
(バイバイ。楽しい組手に行ってきてねー)
(ごめんなさい。この世の終わりに連れていかないで)
「説教は関係ない。考えた結果ここに行き着いただけだよ。そもそも説教される事だっておかしいじゃないか。孤児院とは別組織になるんだぞ。関係ないのに口だけ出されるのか?」
「孤児院の敵になるからでしょ?あなた、孤児院の家族で仲間から外れたいの?何を言っているのよ!」
カーリンが悲しんでいたのはこれかな?
反抗期の自制を促しても聞き入れてもらえなかった。
そんな気がするね…。
「新しい家族を作ればいいじゃないか。そんなに、孤児院の家族で仲間が大切なのか?それなら、孤児院で働けばいいじゃないか。保護院で働く必要はない」
「唯の反抗期の子供じゃない。奴隷の子が800人も来て世話できる自信はどこからくるの?どうやって立ち直らせるのよ!」
孤児院の家族から抜けるつもりなんだ。
反抗期だからといってここまで馬鹿になるの?
絶対の約束だと言ったはずだけど。
反抗期の子は忘れてしまうのかな?
「学校に通ってご飯食べてお風呂に入れば元気になる。僕たちはそうだっただろ?」
「全くちげーよ!カーリン姉ちゃんにどれほど励まされたのか忘れたのか?奴隷だった子がすぐに学校に馴染める訳が無い。普通の子のように遊ぶのだって大変だ。新孤児院は元気な子だけしか見てねーのか?あー、食事の時間も別にしていたな。それにも、気付いてないようだ。おい、クラウス。始末しろよ。それとも、埋めるか?」
身内で処分しようとしているね。
孤児院でも許されない存在になっているよ。
「本当に孤児院の派閥は物騒だな。話し合いだけで始末されたり埋められるのか?話し合いで解決しようじゃないか」
「誰の話も聞いてねーじゃねーかよ。800人なんて無理だ。何十年もかければ可能かもしれないが、800人の奴隷の子が同時に連れてこられたらどうやって励ますんだ?学校に行って飯食って風呂入れば元気だと?姉ちゃん達の仕事を侮辱しているのか?それに、子供を励ますのは子供もしていたんだ。新しい施設には元気な子がいないじゃねーか。どうするつもりだ?」
「学校にいるじゃないか。学校で励ましてもらえるだろ。違うのか?」
「初等科には幼い子が多い。奴隷だった子を励ませる訳が無いだろ。あの子たちに過去を思い出させるような事をするんじゃねーよ。孤児院の妨害しかしてねーじゃねーか。保護院の院長は誰だ?カーリン姉ちゃんか?姉ちゃんでも800人いきなり奴隷の子を連れてこられたら対応できねーよ。旧孤児院の姉ちゃん達なら50人くらいでも大丈夫かもしれねーけど、新しい施設で50人を立ち直らせようと思ったら、どうするのかさえ分からない状態なんだろ?学校で立ち直らせるなんて馬鹿な事を言っていると飛ばされて終わりだ。学校を崩壊させてどうするんだよ。この国で一番重要な施設だぞ。全種族が同じ学校で勉強するから差別も命令もない。精霊様とだって一緒に遊べるんだ。10歳の奴隷で字も書けない言葉もまともに話せない子を学校に押し付けてどうするんだよ。短命種が邪魔にしか見えねーよ。話し合いどころか何も考えてねーだろ。何で卒業予定者以外も見学可能になったのか分かったぜ。こうなる気がしてたんだよ。卒業予定者だって養護できないだろうけど人数が少ない。それに、助けてあげたい気持ちはあるからな。人数を減らすのが限界だろうぜ。だがな、俺は組合に入る気すらなくなったぞ。就職なんてありえねー。そうだろ?クラウス!」
「新しい組合を僕が卒業した時に作る。まともな組合がないなら作ればいい。不幸な環境にいる子を助けてあげたいんだよ。アルフィーも手伝えよ。この話し合いで作った組合しか許されていない訳じゃない。組合は自由に作っていいんだ。僕は院長じゃなくていい。正しく運営されているのか監視するから。ここまで酷いと話し合いなんて必要ない。拒否だよ!姉ちゃん達に説教されてやり返しているつもりなのかもしれないけど子供じみている。何も計画性がない。助ける子は就職した人と同じ人数からでもいいくらいだよ。年齢制限って何だよ。自分が弾かれた時の事を想像できないの?絶望しかない。恨むかもしれない。相手はシャーロット様たちだ。それは、許さない。公安部として絶対に許さない!ヴィーネ様、この組合に興味はないので戻りたいと思います。席を立ってもよろしいでしょうか?」
すぐにエルマーを処分していたらこの光景も見れなかった。
焦って急いで解決するのが正しい事だとは限らないね…。
「いいよ。君の作る組合を楽しみにしているよ。頑張ってね」
「ありがとうございます。みんな帰ろう」
「俺も帰るよ。エルマー、じゃーな」
「「失礼します!」」
200人は帰った気がする。
クリスタ公安部とチェルシー親衛隊とカーリン軍の一部かな。
卒業予定者以外で残っている子も組合には何も期待していない。
この話し合いの結末が知りたいのだと思う…。
「はぁー。これで煩いのが帰ったよ。さあ、話し合いの続きをしよう」
「エルマー、まだ10歳以上の子を800人救出していただいて、学校で励ましてもらうつもりなの?」
反抗期ってここまで自暴自棄になるの?
どこにも居場所が残っていないよ。
「流石に就職する人が少なければ無理だ。20人就職してくれれば可能だと思っている」
「分かった…。私は来年も孤児院を手伝う。カーリンお姉ちゃん。それはいいでしょ?」
「ええ。カミラが手伝ってくれるのはとても助かるわ。来年子供たちが卒業すれば孤児院を元の形に戻せる」
孤児院が来年まで安定してくれるのは助かるね。
話を聞いているだけなのに全く違った結果を生んでいるよ。
(母さん、反抗期ってここまで酷いの?)
(種族特性も入ってそうだね。反抗期と合わさって悪化してしまっているように見える)
(獣人の種族特性は勉強していないのが原因ではなかったの?)
(短気で攻撃的なのは自制しないと駄目だね。今までは我慢していたけど洗脳の件が切っ掛けかな?)
(あの子で試験したのが失敗だったかな?簡単に人の言いなりになるのが許せなかったのかも)
(皆の為の試験に許すも許せないもないよ。孤児院の事を考えて受け入れるべきなのだから。ヴィーネはすぐに自分の責任にする。感情制御の練習なんだよ。制御している?)
会議が練習の場になっているよ。
(練習しているよ。かなり制御できているでしょ?)
(前回の会議に比べたら十分成長していると言えるけど、私の娘として見たら甘いね)
それを言われると何も言えないね。
母さんの感情制御は凄いから…。
「カミラは脱落か。さて、卒業予定者は何人就職してくれる?」
「組合に入る気持ちすらないよ。ここまで酷いと笑えないぞ。説教が原因なのか何か知らないけど無茶苦茶過ぎる。それに、孤児院の家族で仲間から外れたくない。二度と忘れないと約束したのに家族から抜けようとしている。何がしたいんだ?とても不幸な子を世話したいとは思えない。不幸な子を大勢世話して誇りたいのか?孤児院に張り合いたいのか?動機が分からなけど無理なのは分かる。クラウスの作る組合に入って人手が足りないなら手伝ってやるか。まあ、来年の卒業生は多いから人手は足りるだろうから普通に就職だな」
「おい!誰も入らないのか?その為の話し合いなんだぞ?」
「カミラが手伝うみたいだし、私も手伝う。カーリンお姉ちゃんいいでしょ?」
「ええ。ブリギッテも手伝ってくれるのはとても助かるわ。これで、かなり安定するわね」
孤児院が更に安定した…。
母さんはこれを予想していたのかな?
「孤児院に残りたいなら残ればいい。それで、何人就職する?助ける子の人数が変わるぞ」
「誰もいないと思うぞ。孤児院の家族から抜けるのは問題外だよ。大切な約束を軽々破って何がしたいんだ?本気で分からない。悩み事でもあって混乱しているのか?素直に白状しろよ」
やはり最後は1人ぼっちになったね。
ここまで無茶苦茶にすればそうなるよ。
「不幸な子を救いたいのは口だけだったのかよ。1人で舞い上がって馬鹿みたいだな。誰も就職しないなら奴隷の子は働き続ける事になる。残念だよ」
(ヴィーネ。エルマーに選択肢をあげなさい。いきなり処分はしないでいいから)
(分かっているよ。心配し過ぎだよ…)
「エルマー。君の組合は残念ながら結成されないみたいだ。そこで、選択肢をあげよう。獣人の里か狼の国か隕石が見れる島に飛ぶ。3つ用意してみた。君の選択はどれかな?」
「待って下さい。僕は全部を決める為に会議していただけです。何故飛ばされるような事になるのですか?」
(怒らない。冷静に視野を広くもって答えなさい)
(分かってる。怒ってないから…)
「何故って君は孤児院の家族ではないのでしょ?母さんを裏切っているじゃないか。孤児院は家族で仲間で身分は土地守。母さんを裏切る者は許さない。二度と破るなと約束したよね?君は自分から家族を捨てた。カーリンたちに対する当てつけかな?それとも、極秘だと言った情報を利用するつもりだったのかな?もしくは、獅子の獣人は希少だから上に立つべきだと考えたのかな?20人で800人の孤児を世話できる根拠を示してくれればいいよ。皆が納得できる方法があるのでしょ?800人の孤児を連れてきたら孤児院が空いていても流石に無理だからね」
(それでいいの。賢い子なのだから力で押さえ付けない。言葉で解決するのも大切な事よ)
(分かってるよ。心配し過ぎだからね。本当にもう…)
「健康で10歳以上の子なら判断力があります。すぐに環境に適応する事もできます。励まさずとも自分で立ち直る事ができます。後は身の回りの簡単な世話をしてあげれば済みます」
「字が読めない。書けない子が多くいるよ。みんな中等科卒業にするつもりなのかな?」
励ましてもらって孤児院を卒業したのによく言えるよ。
反抗期だから許せるとはならないよ。
「救出された事に感謝して高等科を卒業します。過去救出された子は高等科卒業しかいないと教えれば大丈夫です」
「誰でもできるね。救出された子にそのように伝えるだけで高等科卒業まで勉強するんだ。だけど、置いていかれた子も見ているよ。大丈夫なの?疑心暗鬼にならないのかな?」
「それが、やる気に繋がるのです。高等科を卒業しなければ飛ばされると不安に感じるでしょう。全力で努力します」
「高等科を卒業できなかったらどうするの?」
恐怖心を利用して勉強させるつもりなの?
もしかして、奴隷として命令するつもり?
「勿論飛ばします。この国の孤児は高等科卒業が必須ですから」
救出を願って高等科を卒業できなければ飛ばせだと?
流石にお前は殺すべきだと判断したよ!
(怒らない!この人の処分は決まっているよ。黙って見ていなさい)
(はーい…)
(拗ねない!感情制御だよ。練習している?)
(しているよ。これも、練習扱いなんだね…)
完全に私の事しか考えていないよ。
この獣人は教材なんだね…。
「君は10歳以上の子を救出してきて欲しいと私たちに願って、高等科を卒業しなければ元の場所に戻すと脅して、卒業しなければ私たちに飛ばせと願うんだ。奴隷に命令して勉強させて高等科を卒業できなければ飛ばす。この国で命令は禁止。奴隷も禁止。私に何人の子供を殺させる気なの?どちらにしろ、救出に行かないから意味がない。願いを叶えるとは言っていない。君の組合の願いは叶えない。どのような理由が背景にあるのか知らないけど君の組合と施設は必要ない」
「反抗期と自身に対する過剰評価の結果なのかな?若い子にありがちだね。但し、それに私の娘を巻き込み、子供の命を巻き込んだ。選択肢は2つ。飛ぶか死ぬ。私たちを都合よく利用しようだなんて笑わせる。私が助けた命だから私が終わらせる。さあ、選びなさい」
処分は決まっているって、母さんが処分するという事なの?
それは、母さんが処分を決めるだけじゃない…。
「この国の事を思っての発言です」
「じゃあ、答えが分かったら救ってあげるよ。この国で一番不幸なのは誰?」
この獣人だね。
飛ぶか死ぬしかないのだから。
「僕です。今まさに飛ばされるか殺されるか分からない状況です」
「正解。君は働き続けるよりも処刑される方が救いだったね。叶えてあげるよ」
この人の発言を利用するから処分は決まっているんだね。
完全に自業自得だよ。
「待って下さい!飛ばして下さい。僕が間違っていました」
「そうなんだ。じゃあ、飛ばしてあげるよ。バイバイ。闇魔法、転移魔法」
(ヴィーネ。帰るから終わらせて)
「今年は組合を結成できなかったね。来年に期待させてもらうよ。またねー。転移魔法」
社に移動した。
「お疲れ様。少しは感情制御の練習になったかな?」
「練習にはなったけど余りにも酷い内容だったじゃない。何で飛ばしたの?」
「そうだねー。殺しても良かった気がするけど」
「視界に入らない弱者の生死を気にしても仕方ないでしょ?余りにも酷い内容でも飛ばされただけで済んだと思わせておいた方がいい。来年か再来年になればまともな組合ができる。それが、分かっただけでも良かったでしょ?ヴィーネがすぐに処罰しなくても勇気を持って反論を言う子はいる。間違った事を言っているのだから猶更ね。それなら、その子たちが発言しやすい場にしてあげた方が未来に繋がる。何でも途中で切ればいい訳ではないよ。冷静な判断をする為に怒りはとても邪魔になる。衝動的な行動に繋がりやすい。悲しみは思考を止める。立ち止まってしまう事が多い。経験して覚えていくのも大切だけど知っているのも大切だから。感情制御を意識して鍛えなさい。戦闘でも役に立つからね。あなた達は強いし行動範囲が広い。考えずに行動すると思わぬ結果を生む可能性がある。焦らずに心を鍛える。後から後悔しないように冷静に判断できるようになりなさい。2人とも分かったわね?」
「「分かった」」
「まだ帰ってこないし組手でもしようか?」
「待ってよ!それは、おかしいでしょ?もう今日は頑張ったよ。ゆっくりしていようよ」
「そうだよー!それだけはないよ。今日は十分仕事したよ。ゆっくりするのが一番だよ」
「ほら。感情制御が甘い。慌てない。焦らない。冷静に真っ当な理由で回避しなさい。考える力も身について丁度いいね。どうするの?」
「母さんは何でこの国で一番不幸な人を聞いたの?誰でも目の前の飛ばされそうな人だと思うよ」
「そうだよねー。聞く意味があったの?」
「不愉快だから殺すと言ったら私が殺す事を選択した事になるでしょ?質問すればあの人が自分で選んだ答えになる。働くよりも死ぬ方がいいと話していたのだから。それを、皆が知っている。私はあの人が望んだ通りにしてあげようとしただけ。最後に飛ばして欲しいと望んだから飛ばした。但し、楽な場所には飛ばしていない。私は最初から最後まであの人の言葉の通りに行動しただけ。だから、何も感じない。人の命を軽く扱うような人の事は考えるだけ無駄。あの人の自業自得で終わる話だよ。人を簡単に殺す必要はないし、人の死を背負う必要もない。相手によって向き合い方を変えるのも大切な事だよ。今日は冷静に話を聞いていれば解決できた。ヴィーネが激怒して殺しても解決できたけど皆に恐怖心が残る。無駄な事は止めなさい。不愉快でも何でも視界に入らなければ十分。何もできない弱者なのだから。あなた達は世界最強。それに、見合った行動をしなさい。弱者と向き合う事は大切な事。でも、向き合う人は選びなさい。それも、勉強だね」
記憶にも残すつもりがないから質問したんだね…。
好きなようにしてあげたのだからどうでもいいよね。
「今の母さんは、母さんが望んだお婆ちゃんの姿なの?」
「どうなんだろうね。あの子に聞いてみたら?」
性格をお婆ちゃんに似せただけだと思っていた。
だけど、母さんをあの子と呼んだ。
とても優しい口調で…。
お婆ちゃんを完全に再現するのは不可能だと思う。
体から記憶まで全て違うのだから…。
だけど、お婆ちゃんだと思ってしまう。
「ただいまー。話し過ぎだよ。解除するよ?」
「早くしてよ。待ってたんだから」
消えちゃった…。
とても寂しいよ。
「分身の私が無茶苦茶しているよ。ヴィーネ、勉強になったの?」
「なったのかな?怒りを我慢して話を最後まで聞いたのは初めてだから」
「姉さんすぐに怒るからねー。叔母さんに似て可哀相だよー」
早速練習の成果を見せるべきだね。
この生意気な妹に!
「どうして叔母さんが出てくるのかな?会いたくて話題にしちゃったの?」
「姉さんを見ていると思い出しちゃうからね。仕方ないよねー」
「はいはい。今日はもう寝るよ。疲れたよ…。本当にもう…」
「「はーい」」
母さんが布団を敷いたらすぐに入る。
また同時だよ…。
そろそろ諦めなよ!
「じゃあ、おやすみー」
「「うん、おやすみー」」
会議がどうでもよくなっちゃった。
母さんの中にお婆ちゃんは生きているのかな?
とにかく心配性で優しかったよ…。
母さんしか分からない事を気にしても仕方ないね。
分身お母さんのお陰で今日はとても楽しかったよ!
お母さんより心配性の分身お母さんでしたね。




