閑話 クリスタ 想像と現実
駄目だね…。
舐めていたつもりは全くない。
格上だと理解している。
だけど、格上との戦いを理解していなかった。
今日の組手を格上との訓練だとするならば、ジェラルディーン様との組手はお遊び。
お互いに楽しみながら攻防を繰り返すだけだった。
本気のジェラルディーン様を知らない…。
しかし、ジェラルディーン様との組手を基準にしてしまっていた。
攻撃中に魔力を追加するのが禁止されなかったら全てを全力で防御しなければならなかった。
だからといって、格上との組手が攻防を繰り返すだけで終わるはずがない。
最初は確実に様子見されていた…。
威圧に耐えている私が普段と違う事に気付くかどうか。
それと、私の組手の考え方も見られていた気がする。
私は魔力が満たされている状態なら攻防を繰り返す必要があると思っていた。
今日の組手は勘違いを吹き飛ばしてくれた。
考えれば非常に簡単だと思う。
相手が蹴りで腕を狙ってくると分かれば前進して太腿を攻撃する。
魔力を溜められる場所ではないから、魔力を満たした状態であっても脚が吹き飛ばされたはず。
足が攻撃で止められた瞬間に、もう片方の足を狙われた。
これも、脚だった場合は吹き飛ばされて終わっていた。
しかし、土を払うように攻撃された事により体勢を崩し膝を折ってしまった。
立ち上がろうとした瞬間に頭に攻撃された。
本来なら頭が吹き飛ばされている。
格上を相手に簡単に蹴りをしてしまった事がそもそも間違っている。
片足立ちになるのだから、そこを狙われたら終わってしまう。
そして、一番駄目なのは動揺してしまった事。
魔力が満たされた拳を受け止めるつもりだったのに、手に当たった拳には魔力がなかった。
攻撃中に魔力を追加してはいけないだけ。
魔力を減らすのは何も問題が無い。
事前に考えておけば分かるはず…。
私は何も考えずにヴィーネ様を待っていただけ。
ヴィーネ様が組手の相手をして下さるのは分かっていたのだから、準備しておかなければならなかった。
私が勝手に色々な技術を見せてくれる組手をして下さると考えていただけ。
色々な技術を見て意味があるの?
今日の組手はそれを思い知らされた。
ヴィーネ様は私に格上を知らないと教えて下さったのだと思う。
格上と長時間組手できるはずがない。
そんな事すら忘れていた。
私とカーリンが組手した場合、色々な技術を使った駆け引きをするだろうか?
一瞬の動揺や油断で勝負が決まるのにそんな事を考えている余裕は無い。
威圧の強さが違うだけ…。
今日のように勘違いした行動をすれば一瞬で終わる。
全身に魔力を満たした状態でも負ける。
移動してから10分も経っていないと思う。
組手した時間は5分もないと思う。
それなのに、私の勘違いを全て吹き飛ばした。
今日初めて格上と訓練した気がする。
前回の組手でもそう思ったけど今回は質が違う。
より実践に近い形の訓練をしていただけた。
私は安易な行動をし過ぎる…。
空も飛べない私が気軽に足を上げてどうするの?
防御してもらえると思っていた証拠じゃない。
動揺した瞬間に手を蹴られたのもそう。
太股に攻撃されたのもそう。
足を払うだけで私は転んだはずだけど、土を払われたのもそう。
全部注意だね…。
一瞬で勝負が決まると分かっていたのにこの様だよ。
まとめると、格上を教えてあげるから真面目に考えなさいという事だね。
時間が長ければ良いというものではないと痛感した。
それにしても、濃密な時間だったなー。
ヴィーネ様に今日初めて鍛えていただけた。
私に必要なものを教えていただけた。
「疲れたから寝るよ。夕食の準備に起きれないかもしれないから声を掛けてー」
「10分程で戻ってきたじゃない。魔力も半分に減らしてどのような訓練をしてきたの?」
カーリンはウィーノ様と組手しているからいいじゃない。
気になる気持ちも分かるけどさ…。
「ヴィーネ様と普通に訓練しただけだよ。格上との訓練にそれだけの時間しか耐えられなかっただけだから。物凄い手加減されても一瞬で殺されるような相手だから仕方ないよね」
「そんな事は分かっているじゃない。今更じゃないかしら?」
分かっていたよ…。
でも、私はそんな相手と長時間組手する事が当たり前だと勘違いしていた。
ヴィーネ様は私とジェラルディーン様との組手を見ているから足りないと感じたのだと思う。
威圧や殺気も無い組手で格上との組手を経験したと言えるのかと。
だからこそ、ヴィーネ様は格上として相手して下さったのだと思う。
「分かっていても勘違いしていたみたい。一瞬で終わらせられる組手を10分もして下さったのだから十分でしょ?」
「それでも、今まで色々と見せて下さっていたのでしょ?お祭りの時も長く組手しているじゃない。今日の組手に何か成果はあったの?」
余りにも早過ぎるから疑問なのね。
成果なんてものじゃない…。
今日の経験は私を間違いなく変えたね。
「ええ。ヴィーネ様が私を鍛えて下さったのよ。十分な成果でしょ?今までは遊びと授業だよ。訓練は今日が初めてだね」
「今までよりも今日の訓練一度の方が重要に聞こえるわよ?」
「その通りだよ。遊んだり授業を聞くよりもヴィーネ様と一度訓練した方が強くなれる。私は今日の訓練で強くなったと思う。自分と戦えるとしたら昨日の私なら瞬殺できる。そのくらいの訓練だった。訓練の条件はカーリンと一緒だよ。体は吹き飛ばされていない」
「訓練の内容は秘密なのかしら?」
特別な何かがあったと思っているね。
秘密にする事なんて何もない。
私だけにしか意味の無い訓練だったから…。
ヴィーネ様が私の為に考えて下さった訓練内容だからさ。
「別に秘密じゃないよ。組手を通して説教されただけ。格上と組手の経験があると思っていた私の考えを吹き飛ばされて、組手の常識だと思っていた勘違いも吹き飛ばされた。特別な何かがあった訳じゃないよ。格上として相手してもらったら10分で終わっただけ。本当はもっと短いからね」
「ヴィーネ様と実戦に近い形で訓練してきたのね…。魔力量に関係なく瞬殺されたけど、魔力が減るまで待っていただけたのかしら?どれほど手加減していただいても、短時間でそこまで消耗するのね」
「ヴィーネ様は私が動ける威圧の強さを調べてくれたのよ。その状況で私が組手をどのように考えているのか様子見されて、私が普段より魔力の減りが早過ぎると感じた時に瞬殺だよ。止めは私が子供に説教しているのと同じ事をされたよ。威圧に耐えるのと緊張感でこの有様。一番の勘違いは私が人間の限界まで強くなったと思っていた事だね。私は弱過ぎる。まだ強くなれるから限界は知らない」
「魔力を全身に隙間なく満たせるようになったのに、まだ強くなれるというの?」
「隙間なんてあってもなくても関係ないよ。動く速さは変わらないのだから。私は昨日の自分に勝てるから強くなったじゃない。今日の自分にも勝てる日が来ると思う。もういいでしょ?」
「ええ。よく分かったわ。夕食の準備の時間に起きていなかったら声を掛けるわ」
「よろしくねー」
私はカーリンに手を振りながら寝床に向かう。
ふぅー、疲れたー。
カーリンは事情聴取みたいな事をする癖を直しなさいよ。
疲れている私を引き留め過ぎなの。
全くもう…。
ベッドで横になり今日を振り返る。
いやー、今日の訓練はたまらないね!
次回も同じような訓練だと思うから気合を入れないと。
魔力移動速度を鍛えるのを忘れたら駄目だね。
攻撃中に魔力を追加するのが禁止になっただけなのだから。
魔力の満たされた状態で勝負か決まるとは限らない。
隙を生み出す為に魔力を抜いておくのも有りだね…。
本当に秘儀は大変だよ。
楽しいけどね!
勇者クリスタはまだ強くなりますね!




