閑話 フェリシア 平和な日々
魔獣に囲まれていた時の絶望感は凄まじかったね。
普段なら魔獣に後れを取る事はまずない。
偶然なのか子供たちの匂いに気付かれたのか魔獣に塒を見付けられた。
そして、数え切れない程の魔獣が押し寄せてきた。
殺せば殺すほど魔獣が増えていく。
本当に厄介な獣だよ…。
終わりがないと思いながらも諦める事なんてできるはずがない。
背には私の可愛い子供たちがいるのだから。
魔獣の種族も分からない程に疲弊していた時に2人はやってきた。
一目見た瞬間に本能で理解した…。
全身の毛が自然と逆立つ。
圧倒的に格が違う存在。
私とは別次元の力の持ち主が現れたと。
その内の1人が邪魔だと言った瞬間に、群がっていた全ての魔獣が死んだ。
流石に笑うしかないような状況だった。
これ程の相手に何かできる訳が無い。
しかし、体を回復してもらえた。
敵ではなかった事に心の底から安堵したよ。
何を言われるか警戒していたが国に来ないか誘われた。
この2人が守っている国に行けば絶対の安全が約束されている気がする。
怖くもあったが魔獣に位置を知られてしまっているので塒を移すしかない。
こんな機会は二度とないと思い誘いに乗った。
そこは想像していた以上の国だった。
見た事がない種族が笑顔で暮らしている。
こんなにも多くの種族を平和にまとめる事ができる圧倒的な力。
やはり移住を選択して正解だったのだと感じた。
家まで用意してもらい強くなる技術まで学校で教えてもらえた。
体の中の魔力を操作して身体能力を上げるとは…。
体が破裂する危険もあるらしいが失敗をすればの話しだ。
それに、この国なら四肢が欠損しようが治してもらえるのだから恐れる必要は無かった。
最初に魔力を見える世界を教えてもらえた。
長く生きてきたが私は世界を知らなかったのだと強く実感した。
そして、身体能力の向上する技術と魔法を教えてもらった。
魔法が使えるとは思っていなかったので驚いたよ。
私は口から魔法が放てるそうだ。
それよりも、身体能力の向上の方が大切だね。
魔法は使う機会が無さそうだからさ。
秘儀と呼ばれているのだが、初歩で自分の体が羽毛のように軽くなったと感じた。
そして、この国の子供たちは私より強いという事もよく分かった。
伝説の狼らしいが人間の子供よりも弱いのだ。
最高に楽しい国じゃないか。
名前を決めて欲しいと言われたからフェリシアにした。
何となく思い付いたとしか言えないが、子供の事を考えると雑な名前にもできないからね。
私が子供たちの鬼ごっこに参加するのは流石に気が引けたから魔獣の狩に出た。
秘儀を鍛えると同時に腹も満たせば丁度いいからね。
魔獣をあの国で喰う気にはなれなかった。
綺麗な国なのに魔獣の血で汚すのは気が引けたからね。
魔力を見れば魔獣の位置が簡単に分かるようになった。
探す手間がかなり省けるよ。
元々視力は良かったのだが、魔力を見る事で遠くに魔獣がいるのがよく分かる。
最初に見付けたのはギガントボアだった。
身体強化して首に噛みついた。
予想もしていない結果に唖然としたね。
ボアの頭が弾けた。
初歩でこれ程まで強くなるのかい。
ギガントボアを食べながら寄ってくる魔獣をどうするべきか考えていた。
無駄に殺戮しても仕方ないからね。
腹を満たすだけでいい。
十分に満たせたから帰ろうと思ったらギガントベアが襲ってきた。
邪魔だと思って前足で払ったら上半身が弾けた。
これは酷いな…。
私は全身凶器じゃないか。
国の中では魔力を動かすだけにして溜めるのは止めよう。
子供から離れて狩に行く安心感も桁違いだね。
何の不安もなく狩の事だけを考えたのは初めてだよ。
国に帰り家に入る。
子供たちも家の中なら安心できるのか皆で遊んでいる。
以前のように縮こまって隠れるように生活をしていない。
この光景だけでここに来て良かったと思えるね。
子供が元気に遊べるだけでいい国だと実感するよ。
「さあ、乳を飲みなさい」
私が横になると乳に子供たちが吸い付く。
丁度その時にベティーナが訪れた。
自由に入っていいと言ってあるからね。
遠慮するのもされるのも苦手だからさ。
「こんにちは。フェリシア様。土地神りんごを持ってきましたよ」
「いつもすまないね。はぁ。本当にこの子たちは…」
子供たちが一斉に土地神りんごを持ってきたベティーナに擦寄る。
私が乳をあげていた事を知ったベティーナが申し訳なさそうじゃないか。
「何も気にしなくていいよ。ベティーナと遊びたいのかもしれないからね。今日はお風呂に入ったかい?」
「いいえ、まだ入っていません」
「それじゃあ、一緒に入らないかい?そこで土地神りんごを子供たちにあげるよ」
「そうですね。一緒に入りましょう」
私は何歳なのかよく分からないがベティーナは2000年以上生きているそうだ。
この国は長命種の腰が低いから本当に分からないよ。
もっと偉そうにしてもいいと思うんだがね。
差別と命令は禁止だけど長命種の精霊や妖精には子供たちも敬語を使っている。
尊敬されているのは分かるじゃないか。
精霊のドリュアスは子供たちの指揮官みたいになっているよ。
よく分からないね。
「では、お風呂に行きましょう。みんな、お風呂に行きますよー!」
「「キャンキャン」」
これではどちらが母親か分からないじゃないか。
子供たちはベティーナに懐いているからね。
お風呂で遊んでもらっているからだと思うけど、こんな日が来るとはね。
お風呂に向かう途中にエマを見かけた。
「エマはお風呂の帰りかい?今から行くんだけど一緒にどうだい?」
「お風呂は何度入っても気持ちいいですからね。行きます!」
「その通りですね。お風呂は何度入っても気持ちいいですからね」
「私を置いて行かないで下さい。私も行きますよ!」
フェニックスが世界樹から下りてきた。
大声で呼ぶのは恥ずかしいからね。
「フェニックスは声が届かない場所にいるからね。下に住んでくれたら声を掛けるさ」
「とても悩ましいですね。お風呂は一緒に入りたいのですが、世界樹の上で寝ると気持ちがいいのです。私が見張るしかありませんね」
「世界樹の近くにいると妖精は安心できるのですが、フェニックス様は何か違う理由があるのですか?」
「そうですね。どのような理由で気持ち良くなるのですか?」
妖精は世界樹を守る本能でもあるのかね?
フェニックスは別の理由だろうね。
「それはですね、世界樹は特別な魔力を出す事ができるのですよ。精霊が入っていないと出せませんけどね。巨大な世界樹の上で寝ると私の成長は早まるのです。あそこまで飛ぶのが面倒ですからこちらの世界樹の上で気持ちよく寝ているだけなのです。本能に世界樹の上で寝る事が気持ちいいと刻まれているのです。ですから、こちらの世界樹の上で寝ても意味はありませんが気持ちいいのです。早く成長したいとも思っていないので丁度いいですよ」
本来は成長を早めるんだね。
巨大な世界樹の頂上まで飛ぶのは流石に面倒だろうね。
私の視力でも高さが分からないからね…。
「そうだね。この国は別に成長しなくても強くなれるし楽しいからね。焦る必要なんて何もないさ」
「そういう事でしたか。やはり特別な木だったのですね」
「私たちには見えない魔力があるのですね。世界は不思議です」
「この星の魔力みたいなものですね。星も生き物ですから」
フェニックスもあの2人と一緒で次元が違うね。
そもそも不死という存在がおかしいからね。
生命である事を否定しているかのようだ。
確実に上位種だね。
しかも最上位の可能性が高い。
この国は強い人の腰が低過ぎるんだよ。
自然界と逆転しているじゃないか。
弱い犬ほどよく吠えるとはこの国でしか当てはまらない気がするよ。
上位陣が化け物過ぎて強さが測れない国だからね。
クリスタ先生が視界から消えた時は流石に驚いたよ。
人間がそこまで強くなれるとは思っていなかったからね。
私の方が絶対に強くなれるとは言っていたけど、どれ程の覚悟で鍛えたのかね。
秘儀を鍛えるのは過酷だからね。
人間であの動きをしているという事は失敗したら即死だよ。
魔力を見ても全身に隙間なく詰め込まれている。
絶対に死ぬような破裂の痛みを何回も経験しているはずさ。
そうでなければ、あそこまで綺麗に全身を魔力で満たせないはずだよ。
本当に凄い国だよ…。
秘儀を生み出して子供たちに教えているという事が一番凄いけどね。
生み出すのと鍛えるのでは圧倒的な差がある。
生み出す時には即死するような痛みを数え切れないほど経験しているはずだよ。
上位種だから精神が耐えられるのだろうね。
普通なら壊れていると思うよ。
それを教えてしまうんだから凄いよ。
この国だけの極秘にするのは当然だね。
人間や獣人の国とは接触していないが碌でもないだろう。
この国の子供のほどんどが他国の奴隷だったというから尚更だよ。
まあ、他国の事を考える必要は無いね。
私はこの国で楽しませてもらうと決めたのだから。
お風呂に着いて私は腹ばいになる。
それだけでも十分だが偶に寝転がる。
温かいお湯で体の汚れが落ちているようだ。
子供たちはベティーナやエラと遊んでいるね。
2人とも母親だから子供をあやすのが上手い。
上手に子供みんなを遊ばせている。
土地神りんごの事を忘れているかもしれないね。
この子たちがここまで懐くとはね…。
世の中知らない事が多いみたいだ。
知らない振りをして土地神りんごを1つ食べる。
ああ、何度食べても美味しいね。
匂いに気付いたね。
私の口の飛びかかってきた。
「平和で心が癒されますね」
「本当にね。世界でここだけが平和な気がするよ」
ベティーナが何かを籠から出したね。
あれは何だい?
「ふふふ。今日は何と土地神りんごジュースを購入できたのです。この味を知ってしまったら子供たちは乳の味を忘れる可能性がありますよ」
「それは危険だね。少し味見させておくれ」
「最高ですよね。土地神りんごジュースは病みつきになりますよ」
「乳飲み子でも飲めますからね。本当に危険な飲み物ですよ」
ベティーナに少し舌に垂らしてもらう。
これは美味過ぎるだろう!
流石に危険な気がするぞ。
「ベティーナは子供にあげた事があるのかい?」
「勿論ありますよ。乳の味を忘れるのは冗談です。母親が一番ですから心配しないで下さい」
「そうですね。子供は母親が一番ですよ。結局母親の乳が飲みたくなるのです」
「間違いありませんね。母親の乳に勝てる飲みものはありません」
あげた事があって乳の味を優先すると言うなら大丈夫だね。
実際に経験があるから飲ませてくれるのだろう。
この子たちを喜ばせたいと思ってくれたのだろうね。
有り難く厚意を受け取るべきだね。
「悪いが子供たちに飲ませてやっておくれ」
「勿論です。さあ、美味しい飲み物が欲しいならこっちにおいで。早い子から順番ですよ」
「流石フェリシア様の子ですね。物凄い早さです。乳飲み子の動きではありませんよ」
「平和で素敵な光景ですね」
ベティーナにジュースを飲ませてもらった我が子が狂喜乱舞しているよ。
本当に、この国にはまだまだ知らない事が多いみたいだ。
土地神りんごジュースはベティーナの厚意です。
彼女は優しいですからね。




