閑話 エルヴィーラ 組合長として
ヴィーネ様の考え方が明らかに変わられた。
世界一信用される国であると同時に世界一発展している国にするのは変わらない。
しかし、他国を一切信用しておられない。
それ程の状態の国を見続けた結果なのでしょう。
商人組合の運営も変えなければいけないね。
ヴィーネ様の話を聞いた後だと登録した商人すら疑わしい。
とりあえず、全員を集めて説明をする必要があるね。
「アデーレ。至急全員を集めておくれ」
「はい。分かりました」
秘書のアデーレに従業員を組合長室に集めてもらうように指示を出す。
商人組合の在り方を変える必要があるからね。
程なく全員が集まった。
「忙しいところ悪いね。商人組合としての行動指針を変えるよ。今までは信用できる商人を登録して、この国を世界一信用できる国にする為に動いてきた。しかし、ヴィーネ様の話を聞いた状況だと登録した商人すら怪しいのが現状だ。まず、この国は奴隷が発展させたと強調する。そして、能力がある者は移住が可能であるとも伝える。世界から集まる商人を宣伝に利用するよ。アグネスとエトヴィンは孤児院の状況を聞いてきておくれ。どのような子が集まっているのか知りたい。子供から過去を詮索する必要は無いよ。カーリンやクリスタが知っている情報までで構わない。私が知りたいからと伝えて聞いてきておくれ。頼んだよ」
「「分かりました」」
とりあえず、これだけ伝えれば商人組合の従業員なら大丈夫だろう。
あとはアグネスとエトヴィンの報告を待つしかないね。
孤児院の状況が分からないのはまずい。
この国は孤児院を卒業した子が支えているようなものだ。
シャーロット様が子供の救出を中止にするとは余程の事態だよ。
ヴィーネ様の宣言を曲げてしまっている。
相当酷い状況になっているに違いない。
「組合長、ヴィーネ様が訪れたのですか?」
「ああ、先程まで話をしたよ。そして、今年はシャーロット様が子供の救出を中止にしたと聞いたのさ。とんでもない状況だよ。一番子供を救出したいのはシャーロット様だからね。それなのに、中止にせざるを得ない状況に世界はなっているのさ。そんな世界から集まってくる商人を簡単に信用できないだろ?奴隷を人だと思わない商人は排除する。登録されている商人でも徹底するよ」
イザベラも困惑しているね。
シャーロット様が子供の救出を中止にした理由が分からないに違いない。
ヴィーネ様が孤児院の卒業生に命令してまで子供を最優先にする国だと宣言された。
それなのに、子供をこれ以上救出する事ができないなんてね…。
「イザベラ、明日になれば分かる。2人が孤児院の状況を聞いてきてくれるさ。私は世界の醜悪さに吐き気がする思いだがね」
「そんなに酷い話があったのですか。それならば、醜悪な他国から来る商人を疑う必要がありますね。誘拐を犯罪だと思っていなかったように、奴隷の扱いについては何とも思っていない商人が登録されている可能性があるのですから」
流石に察しがいいね。
その通りだよ。
奴隷を人だと思わない馬鹿共…。
自分たちがいつ奴隷になるか分からないじゃないか。
この国を訪れたのなら分かるはずだ。
お2人がその気になれば世界中の人が奴隷だよ。
奴隷の扱いを自分に置き換えられないのかね?
本当に馬鹿共だよ。
偶々奴隷じゃないだけだと理解できない。
そんな商人を登録する必要は無いね。
人間と獣人はこの世界は力が全てだと何度教わったのか…。
厄災のドラゴンを知っているのだから自分たちが奴隷になる可能性もあると分かるはずだ。
そもそも、何故同族で協力しようとしない?
階級を作って自分より下の奴隷を甚振っても何も変わらないだろ。
王族が奴隷を廃止して能力のある者を登用するだけで変わるだろうに…。
世界で見れば力の弱い人間と獣人の中での地位がそんなに大切なのかね?
私には分からないよ…。
この国で育ったからなのかね?
翌日、私とイザベラのみ話を聞く事にした。
皆が知ったとしても何ができる訳でもないからね。
知らない方が良い事もある…。
組合長室には私とイザベラとアグネスとエトヴィンがいる。
2人の顔付きが昨日とは明らかに違うから余程酷い状況なのだろう…。
「さあ、包み隠さず全て話しておくれ。商人の登録する条件も変える必要があるだろうからね」
「私は聞くのが怖いですね。シャーロット様が子供の救出を中止にするだなんて…」
まあ、そうだろうね。
どんな状況なのか想像できないよ。
「私が話します。ヴィーネ様が子供を最優先にする国と宣言されてから子供を救出に動いたのは三度です。一度目の救出がフェニックス様を拷問していた国です。子供の体を切断しフェニックス様の体を食べて回復するのか実験していたようです。子供たちは切断された部位が腐り痛みに苦しみ続けていたようです。2度目の救出が子供を魔獣の餌にしていた国です。子供と魔獣を隣同士の檻に閉じ込めて生活させていました。子供は36人いたそうですが、6人魔獣の餌にされています。男女の人数を合わせる為と子供が魔獣に怯えるようにする為です。そして、1000人以上の観衆がいる中で子供を魔獣の餌にしようとしたのです。国を挙げての催し物だったみたいです。子供たちに名前は無く番号で呼ばれていました。三度目の救出は人を食べていたドラゴンの生贄にされた子供たちです。王族や貴族が自分の子供を食べられないようにする為に毎月10人の子供を生贄にしていたみたいです。奴隷の人数が足りなければ平民も生贄にされたようです。孤児院は奴隷の子が新しく入ると皆で協力して馴染ませようと努力します。二度目の救出の時は余りにも状態が酷かったようで子供たちに指示が出ました。助けられた時の状況を聞かない事、名前を聞かない事、小さな子を近付けない事です。その為に1ヵ月は鬼ごっこにも参加せず、孤児院で勉強もせずに新しい子に馴染んでもらうように努力したそうです。救出された子が学校に通うまで子供たちも大人たちも束縛されてしまいます。三度の救出でクリスタお姉ちゃんがこれ以上は無理だと判断しました。シャーロット様も同様だったそうです。カーリンお姉ちゃんが過労で倒れてしまうからです。その時に孤児院は崩壊します。あれだけの少人数で子供の世話ができているのはカーリンお姉ちゃんが指揮しているからなのです。ですので、今年の救出は止めになりました」
たった三度の救出なのかい…。
それなのに、世界が腐っていると強く伝わるじゃないか。
人間と獣人が世界を崩壊に導いていると感じるね。
ここまで愚かで醜悪なのか…。
行商人は世界を渡り歩く。
この事を知っている商人の方が多いのではないか?
お2人が偶々酷い国に救出に行ったと思える訳が無い。
奴隷を助けに行くのだから恐怖や痛みの感情を元に救出に向かわれる。
感情を元に動いたらどのような子がいるのか想像できない。
私も商人として色々な国を見てきたつもりだが全く想像できない。
こんな事が平気でできる国から商品を持ち込まれて売りに出されても迷惑でしかない。
協力して一緒に発展していこうなどと思う訳が無い。
商人の私ですら思ってしまうよ…。
他国から来る商人は宣伝にしか使えないとね。
「これ程なのかい。登録している商人全員が疑わしいじゃないか。二度目の救出は余りにも酷い。魔獣の隣で生活させて、一緒に生活していた子を魔獣に食べさせる。そして、残った子も娯楽として魔獣に食べさせる。なんだいそれは?シャーロット様が救出を止めるのも頷けるよ。どんな子が世界にいるのか分かりゃしない。連れてきて終わりじゃないからね。育てなければいけない。子供たちの努力する時間も奪ってしまい、大人たちは過労で倒れる可能性がある。孤児院が崩壊したら国が傾く。登録した商人の要望は全部却下だよ。奴隷の国だと大きく伝える。態度が変わったら即排除だ。世界を渡り歩く真っ当な商人には有能な人を集める為の宣伝に利用する。何か意見はあるかい?」
「2人に聞きたいのですが、シャーロット様やヴィーネ様が子供を救出できるようになる術は何かあるのですか?」
イザベラの気持ちはよく分かるよ…。
シャーロット様が子供を救出しないと決めたのは相当だからね。
そして、シャーロット様が判断したのを覆すのは私たちには不可能だよ。
あのお方が救出できる可能性を探さない訳が無いからね。
残念だが私たちの知恵では何もできないよ…。
シャーロット様は土地神様なのだから。
500年以上も国を守り続けている知恵をもってしても策がないのさ。
人間と獣人の子を助けているのに、人間と獣人がそれを止める。
余りに愚かだよ…。
同族として恥ずかしいね。
「残念ですがありません。孤児院は子供を世話すると同時にお2人を尊敬するように教育します。このような救出が続いてしまうと高等科の卒業も厳しくなるでしょう。それに、お2人に縋る子が育つ可能性があります。救出した子を選別で飛ばす可能性が出てしまうのです。そして、一番大切なのは孤児院の子が学校で秘儀を覚える事です。孤児院の大人は全員子供よりも強いのです。秘儀を鍛えるのはとても過酷です。過酷な環境で生きてきた子は物凄い覚悟で秘儀を鍛えます。それでも、大人たちの方が強いから認めるのです。信用し信頼するのです。人を増やせば良いという問題ではないのです。この条件を満たせるのは孤児院の卒業生しかいません。既に限界なのです。孤児院があれだけの人数を世話できる一番の理由がカーリン軍です。新しく救出された子が馴染む為に全力で行動するのがカーリン軍なのです。カーリン姉ちゃんが倒れたらカーリン軍が揺らぎます。それに、子供たちを上手く動かせません。孤児院が大混乱になります。どうなるか予想もできません。孤児院は家族で仲間であるのが絶対なのです。その前提が壊れてしまえば終わりです。カーリン姉ちゃんはもっと世話できると言っていたみたいですが、シャーロット様が限界を感じたのです。そして、クリスタ姉ちゃんを呼んで最終確認をして救出を中止にしました。普通に酷使されている奴隷であれば助けられるでしょうが、それが分かりません。お2人が助けに行って見て見ぬ振りはできないでしょう。ですから、動く事ができないのです」
過酷な環境で生きてきた子供が素直に言う事を聞く理由がようやく分かったよ。
自分を世話してくれる大人は更に過酷な努力をしているからだね…。
普通の大人の言う事も聞くだろうけど信用はしないだろう。
そんな甘い世界で生きてきていないのだから。
孤児院の大人の教えだから素直に受け入れる。
お2人を尊敬するように育つ。
カーリン軍にも大切な役目があったんだね。
新しい子が馴染むまでどれ程の時間が掛かるのか分からない。
それでも、馴染むまで徹底して付き合うのだろう。
そして、孤児院の支柱であるカーリンが倒れる可能性が出てきた。
絶対に無理をさせる訳にはいかないね。
2人が言うくらいだから既に限界なのだろう。
どうしようもないじゃないか…。
「シャーロット様が子供を助けたい事を知っているカーリンは限界まで世話できると言うだろうね。しかし、シャーロット様がカーリンが倒れるような状況を許すはずがない。だから、ヴィーネ様の言葉を曲げる事になってしまっても止めたのだろうね。イザベラ、この国に来る商人を信用できるかい?」
「この国に来る商人は行商人です。つまり、他国の状況を知っている人しかいません。とてもじゃないですが信用できる人はいません。奴隷は何をされても仕方ないと考えているから罪悪感も何もないとしか思えません」
「そういう事さ。徹底的に行くよ。2人も排除する商人が増えるかもしれないが頼んだよ」
「「はい!」」
私も商人だからね。
使えるものは何でも使わせてもらうよ。
もはや同業者だろうと関係ないね。
これからは大いに宣伝だけしてもらおうじゃないか。
何人残れるでしょう…。




