閑話 アンゼルム 解散
ヴィーネ様から突然の念話が届いた。
国防軍の存在価値が無いと言われたようなものだ…。
国防軍はお2人の指示が無くても国を守る為に組織された。
それなのに、活動報告書を読めと言われてしまった。
何も起きていないから読む必要が無いと考えていた。
本当に何をやっているんだよ。
読むのが当然の資料だろうが!
突然の念話に全員が慌てて国防管理所に集合しているみたいだ。
まあ、流石に慌てるだろうな…。
全員が平和で仕事が無いと思っていたのだから。
平和な国を維持する事が簡単では無いと知っていたのにこの様だ。
何の為に首からプレートを下げ、剣まで下げている。
国民に自慢をする為だったのか?
想像以上に分厚い…。
以前見た時とは比べるまでもない。
背中の汗が止まらない…。
「来たか…。活動報告書を読んでいるところだ。乾いた笑いすら出ない状況だぞ。国内の状況確認すら怠っていた。念話が無いから平和だと思っていた。信用される訳が無い。弱いし頭も使っていない。この状況に誰も何も感じていなかった…。言われなければ活動報告書も読めないようでは討伐隊と一緒だよな。終わっているよ…」
「そこまで酷い状況なのか…。俺も読んでから考えるよ」
人が殺到しているから全員が一度に読めない。
2人ずつ読むようにしているみたいだ。
この状況は終わっているな…。
活動報告書の内容を把握している人はここに1人もいないという事だ。
全員が一度しか国防管理所に足を運んでいない…。
最低限の仕事もしていなかった。
読んでいる人の顔が青褪めていく…。
それ程の状況なのに気付いていなかったのかよ。
族長ではなくなったから国防軍として国を守ると誓ったのではなかったのか?
それなのに、活動報告書を読む事すら忘れている。
ああ、分かっているさ…。
完全に指示待ちになってしまっていたんだ。
それをしてはいけないのが国防軍だと知っているだろうが。
全員が馬鹿野郎じゃねーか!
ようやく順番が回ってきた。
緊張するな…。
何だこれは?
何なんだよこれは…。
国防軍全員がここまでの状況を見過ごしていたのか?
これでは信用される訳がねーよ!
何か対策を考えていたら違ったはずだ…。
国を守る為に何も行動していないと現実を突き付けられた。
しかも、原因の大部分は検問兵だ…。
俺とハーラルトが説明して指導したのに何をしているんだ!
いや、それは違うか…。
あいつらを信用したのが間違っているんだ。
シャーロット様の選別で大人の獣人はほとんど飛ばされたんだ。
残された理由は検問兵をする人がいないだけに違いない…。
獣人の里なら間違いなく処刑だ。
どれ程の被害者が出るのか予想できない。
検問が甘く犯罪者を国内に入れてしまったのではない。
犯罪者が自由に入国している状態だ。
それ程の処理件数。
対処しているのがヴィーネ様とマリアンネさんとクリスタ先生か。
国防軍の再テスト後から200人以上を始末している。
しかも、誘拐犯ばかりだ…。
この国は犯罪者の楽園だったか?
対処能力が高いから被害者がいないだけ。
余りにも酷過ぎる…。
全員が読み終わった後に新隊長のアリスターさんが重い口を開いた。
「とにかく強くなる必要があると考えていました。皆さんも同じでしょう。さて、誰か子供たちより強くなれましたか?残念ですが誰も強くなれていませんね。強くなれないのなら、頭を使う必要がありました。犯罪者の入国件数は異常です。それなのに誰も気付きませんでした。普段の仕事をする事だけを考えていた証拠です。念話が無いから平和だと思っていた証拠です。今回の問題は人間と獣人で対応します。他の皆さんはとにかく強くなる事と活動報告書に目を通すのを忘れないで下さい。何故人間と獣人だけで対応するか?それは、人間と獣人の被害者には人間と獣人を守って欲しくないからです。同族を守れるようにとにかく鍛えて下さい。アンゼルムさんとハーラルトさんもそれでいいですよね?」
間違いない!
人間と獣人を守って欲しくない。
同族を守る為に鍛えて強くなって欲しい。
「その通りですね。他種族が人間と獣人を守る必要はありません。同族を守れるように鍛えるのが最優先でしょう。活動報告書を読むと、ヴィーネ様はシェリル区より北に犯罪者を行かせないつもりなのが分かります。そして、犯罪者は人間と獣人だけです。3人で対応するべきです!」
「絶対にそうするべきだ!他の人は人間と獣人の犯罪者に対処する必要はありません。同族に危機が迫った場合にのみ対処して下さい!」
ハーラルトも同じ気持ちのようだな。
誰でもそう考えるに決まっている!
「さて、どうしま…」
「必要ないよ!」
シャーロット様!
何故そのような事を言うのですか…?
「活動報告書を読めば分かると思うけど犯罪者は毒を使う。弱過ぎるよ。君たちが真面目に検問をした場合は確実に殺される。ヴィーネが助けに動くから余分な仕事が増えるだけだよ。検問兵が案山子だから殺されないだけ。クリスタなら全てを任せられる。マリアンネも君たちより数段強い。秘儀は鍛え続ける事が大切で、それをしているのであれば見逃そうと思っていけど考えが変わったよ。何故なら孤児院で働いている子は全員が子供に追い付いたから。特別な事があるのではなく純粋な努力量が違うだけ。私たちの指示が無くても被害者を出さない?どんな対策を考えても絶対に無理でしょ?指示が無い場合、人間と獣人の秘儀を覚えていない大人が死ぬか、子供が対処して血塗れになるだけ。子供より弱いのに子供より先に犯罪者に対処できる訳が無い。孤児院で新人のクリスティーネが子供に追い付くのに掛かった期間は半年と数ヵ月。彼女は私のような魔法使いになりたくて努力している。後は戦う覚悟を持てばいいだけ。クリスタが彼女に戦う覚悟を持たせる為に訓練しようとしている。秘儀では子供たちを超えていて実戦経験が無いだけだから。彼女は家を作れる魔法使いになりたいけど、子供たちも守りたいから戦う覚悟を持とうとしている。クリスタが強制した訳ではなく彼女が望んだ。秘儀の鍛え方を丁寧に教えないのは、その人の考え方がよく分かるから。アリスター、高等科の生徒に追い付けるのはいつかな?」
「半年と数ヵ月で追い付いた方がいるのです。同じ期間で追い付きます!」
そんなに短い期間で子供たちに追い付いた人がいるのか。
どれほど鍛錬しているんだ?
孤児院は鍛錬する時間がそれ程にあるのだろうか?
これ以上の時間を確保するのは俺には不可能だ。
「子供たちに追い付いた期間を基準にするんだね?では、更に早く追い付いた人がいるならその人と同じ期間で追い付くという事かな?」
「勿論です!全力で努力して鍛えます」
そう答えるしかないと思う…。
しかし、とんでもない早さで追い付いている人がいる。
間違いなくクリスタ先生だ…。
あの人だけは特別だと考えた方がいい。
「約3ヵ月。追い付いたのはカーリン。レナーテも半年掛かっていない。カーリンとレナーテは極みに到達しようと頑張っている。そこまでの期間は1年と半年。既に期間を過ぎているよ?追い付いた人がいるなら追い付けるんだよね?どうするの?」
そんな事があり得るのですか?
クリスタ先生だと思ってしまった…。
彼女は最初に秘儀を覚えた人ではないか。
追い付いたと表現するのはおかしい。
どうすればいいのか分からない。
俺はすべき事をしている自覚があるのだから。
警備隊は秘儀を覚えて3ヵ月経っている。
そして、努力量が足りないと言われてしまった。
俺たちは今まで何をしていたのかという話になる。
どうしてそこまで差が出るんだ?
俺だって必死に鍛錬しているんだ!
何が違うんだ?
「何か言わないの?孤児院の大人だけが追い付いているよ。特別な鍛え方があるとか、秘密の鍛錬方法を教えてもらっているとか、色々頭に浮かんでいるね。でも、何もないよ!」
ああ、駄目だ…。
どうしても何か秘密があると考えてしまう。
孤児院には何かが隠されていると思ってしまう。
それ程に俺は鍛えているのだから…。
「誰もが秘密があると疑っているね。何回目なの?念話、ヴィーネ、どうするの?」
「分かっているよ…。何でなの?何でそんなに鍛えないの?どうすれば鍛えてくれるの?こんな程度の低い話を何度もしている。組織する度にしている。子供たちを本気で守るんでしょ?何で子供たちより弱いままなの?何で子供たちより甘い鍛錬を続けているの?孤児院を疑うとか正気?それだったら孤児院の子供たちも強くなるよ。そんな事も分からないの?ねえ、どうしたいの?」
本当にその通りですね…。
孤児院で特別に強くなれる方法を教えているのなら子供たちも強くなる。
大人だけを強くする意味が何も無い。
将来を考えるなら全員を強くした方がいいのだから。
何を言えばいいのか分からない。
正直に言えばいいのだろうか?
俺にはとても言えない…。
口を開く事ができない。
「これ以上は鍛える時間がありません。子供に追い付けないのは仕事がある為です。孤児院の方は鍛え方が違うと思うのですが、それを教えていただく事はできませんか?」
アリスターさん…。
正直に聞いてしまいましたか。
ですが、皆がそう思っているはずです。
時間の許す限り鍛え続けています。
自信を持って言える!
どうして差がでるのですか?
「ヴィーネ、皆が思っているんだよ。時間の許す限り鍛えていると。鍛え続ければ追い付けると。時間があれば追い付けると。それが違うのであれば鍛え方が違うと考える。これが国防軍と警備隊の限界なんだよ」
「孤児院の大人たちの鍛え方を教えてあげてもいいけど秘儀を忘れてもらう。様子を見ようとした私が甘かったんだね…。今日で解散だよ。それでいいよね?」
やはり孤児院には何か秘密があったのですか!
それなのに記憶を消すのですか?
流石にそれは酷過ぎます…。
何故孤児院を特別扱いするのですか?
「何か秘密があるのに記憶を消すのは酷いと思っているね。私の言葉も疑うんだ?孤児院の子を疑った時点で殺したいと思っている。あの子たちの努力を侮辱した。だけど、我慢しているんだよ?ヴィーネ、現実を教えてあげて」
「睡眠時間以外は全て秘儀の鍛錬だよ。秘儀の鍛錬は体を動かす必要が無いから、皆がどれだけ長い時間を鍛錬できるか考えている。どのようにすれば鍛錬する時間が延びるのか?それは、無意識に魔力を動かせるようになるまで魔力を動かし続けるだけだよ!血液が流れているのを意識していないでしょ。それと一緒だよ!子供たちは無意識に魔力を動かす事を目指している。君たちは時間がある時に鍛えているだけ。仕事中や授業中に卒業生やレナーテを見れば分かったはず。話しながら魔力を動かせる?無理でしょ?子供たちは授業中に気付く。君たちは鍛錬に差があると思うだけ。秘儀に向き合う真剣さが違う。努力する姿勢が違う。答えが目の前にあっても気付かない。孤児院の大人は秘儀の授業を受けていない。それなのに何故気付くのか?答えが目の前にあるからだよ!常に魔力が見える状態にしている。当前の事だから誰も教えないし聞かないよ。君たちは魔力が見えるようになったのに見ていないのは何故?眩しいの?私と母さんを納得させられる事を言える人はいるの?」
また疑ってしまった…。
俺はどこまで腐っているんだよ。
そこまで違ったのですね…。
秘儀に向き合う姿勢が余りにも違う。
違い過ぎる。
魔力が見えるという新しい世界。
常に見続けていないのは何故だ?
鍛錬の時間ではないからだな…。
常に見るべきだと考えてもいなかった。
今までの鍛錬とは違うのに同じように考えていた。
時間の許す限り全力で鍛錬すればいいと。
説教され何もないと言われ、それでも疑ってしまった。
完全に終わったな。
本気で努力している孤児院の女性を侮辱してしまった。
シャーロット様の言葉まで疑ってしまった…。
最低で情けない男だな、俺は…。
「甘い考えをしていると分かりました。これからはそのように鍛錬するのは駄目なのでしょうか?」
アリスターさん止めて下さい!
秘儀はシャーロット様が生み出した技術です。
生みの親の言葉を疑ったのです!
これ以上は命に関わります…。
「疑われた人がその言葉を聞いてどう思うの?君たちは私とヴィーネを疑った。孤児院の子たちを疑った。甘い考えではないよね?本気で努力している人を侮辱しただけだよ。君が生み出した技術ではないのに、何故生みの親の私の言葉を疑うの?今回は勘違いしないように講習までしてもらった。それなのに、自分の努力は正しいと思い込み、努力が足りないと言われたら秘密が隠されていると考えた。この国では私かヴィーネを侮辱したら死刑だよ?もうすぐ処刑人が来る。ヴィーネ、どうしようか?」
「母さんの言葉を疑ったからね…。3重結果。私だって守りたくないんだよ?はぁ…」
【ダァーン】
「またですか?国の秩序を守る優しい乙女の蹴りを結界で止めるとかどうかしていますよ?この面子を見れば分かります。犯罪者が入国しているのを知らなくて集めたのでしょう。自分たちが検問兵でもしようと思いましたか?毒針で瞬殺ですね。シャーロット様に弱いから必要ないと止められたのでしょ?ヴィーネ様の仕事が増えますからね。そこで、秘儀の話になりシャーロット様を疑ったという事でどうですか、シャーロット様?」
「大正解だよ!流石に鋭いねー。ちなみに孤児院の大人たちの努力も疑ったからね。孤児院でだけ特別な何かを教えていると。もう駄目だよね?流石に解散だよね?ヴィーネが優しいから迷っているんだよ」
「セイレーンは少ないから殺したら赤ちゃんが産まれたのに減っちゃうよ。種族を再興するのを勧めているのは母さんでしょ?殺すのは無しだよ!」
こうなってしまっては何もできない。
何も言えない…。
二度も同じ経験をしているんだ。
愚か過ぎるだろう…。
「ヴィーネが私を殺人鬼みたいに言うの酷くない?殺すつもりは無いよ。殺したいと思っただけだからね。そこには天と地ほどの差があるよ。私はヴィーネに知って欲しかっただけ。大人になってから成長できる人は限られている。この人たちには秘儀の努力を続けてくれればいいと考えていたんだけど、自分の実力を過信しているから。検問を本気でしようと思ったら孤児院の卒業生しか無理だよ。だけど、私は孤児院の卒業生にそんな危険な仕事をさせたくない。この国で楽しい人生を送って欲しい。だから、ヴィーネの改革が終わるまでは私が守ってもいいよ?クリスタは餌が欲しいみたいだから休日は任せるけどね。さて、国長どうするの?」
「検問兵は明らかに案山子ですからね。だから殺されないのです。この中に検問兵をできる人はいません。本気で検問しようとすれば確実に殺されます。検問は卒業生が増えてから任せましょう。回復魔法の使い手も入れて3人ですれば問題ないですよ。あ…、職業選択の自由を奪ってしまいますね…。仕方がありません!私が教師を辞めて全部対処します。それでどうでしょう?」
「何で私が説得されているみたいな感じなの?異常者2人に説得されるとか涙が出そうだよ!こんなに悲しい事ある?私は現実を知ってもらって頭を使えと言いたかっただけなのに、活動報告書を読んで検問しようとするからおかしいよ。頭を使えば力が足りないと分かるでしょ?マリアンネが対処していたから自分もできると思った?マリアンネは君たちよりも努力しているよ。子供より弱い事を素直に認めて子供と一緒に訓練している。他の人は初歩だけは教えてもらったみたいだけど、それ以降は子供と訓練してないよね?自分より強い人と訓練すればいいのに何でしないの?あー、もういいよ…。クリスタも手伝って。範囲睡眠魔法」
・・・・。
ん?
俺はいつの間にか眠っていたのか。
おかしい…。
今日の記憶が何も無いじゃねーか。
まさか!
俺もなのか…?
シャーロット様やヴィーネ様に説教された記憶はあるのに理由が分からない。
問題を起こしてしまって記憶を消されたようだな…。
生きて国に残れている事に感謝するしかない。
全国民に念話がされているはず。
明日になれば俺が何をしてしまったのか理由は分かるだろう。
シャーロットの我慢の限界でした。




