シャーロット 負債
ヴィーネは多くの人を救済したいようだね。
だけど、理解していない人が多いのも事実。
もうすぐ社に到着する一団は間違いなく理解していない。
何を言うのかも見当が付いている。
「ヴィーネ、殺さないで欲しい?」
「国長として仕事をしただけだから、母さんの判断に任せるよ」
もうすぐ声が掛かる。
「シャーロット様、お話があります。聞いて下さい」
木工職人の親方の声だね。
「じゃあ、少し話を聞いてくるよ」
「土地神様も大変だね」
ヴィーネに苦笑いをしてから社の外に出る。
木工職人と鉄鋼職人が合わせて30人程来ている。
何の為にヴィーネが仕事を与えたのか…。
「今は製紙工場の仕事で忙しいはずだよね?どうしたの?」
代表で話すのは木工職人の親方みたいだね。
「俺の弟子が税理官室に行ったのですが、殺すと脅されました。どうにかして下さいませんか?」
「行っただけで殺すと脅されたのかな?詳しく話してくれないと分からないよ」
当然分かっている。
その弟子は税理官室にいた人を全員怒らせているのだから。
確実にヴィーネを侮辱した発言をしているはず。
口だけ動かしているか、命令だけしているとでも言ったに違いない。
「今回の仕事はヴィーネ様のお陰だと理解しろと言われたみたいです。真面目に仕事をしている俺たちが悪者みたいに扱われたようです」
「私の言葉を聞いていなかったの?詳しく話してくれないと分からないと言ったんだよ?君の今の言葉が詳しく話したと判断してもいいのかな?」
あえて都合の悪い部分を隠そうとしているのか、本気で理解できていないのか…。
誰が考えてもヴィーネのお陰で仕事ができているのに。
「ヴィーネ様のお陰で仕事ができるのだと職人全員に伝えろと言われました。命令だけしていると言ったところ殺すと脅されたようです。間違った事は言っていないはずです。製紙工場を整えているのは俺たち職人です。ヴィーネ様はそのお金を税金で払えと命令しただけではありませんか。知恵を身につけろとも言われたみたいです。明細を持って行く度に脅されて馬鹿にされたくはありません。何とかして下さい」
「そっか。じゃあ、製紙工場は私が整えるから仕事をしなくてもいいよ。それなら、税理官室に行く必要が無いよね?問題は解決したよ」
やはり、命令だけしていると言ったのか。
知恵を身につけろと助言までされているのに効果は無いみたいだね。
「待って下さい!それでは、俺たち職人が食っていけません。税理官室をどうにかして欲しいのです」
「ヴィーネのお陰で仕事ができるのに嫌なのでしょ?嫌な仕事を無理にしなくてもいいよ。私が製紙工場の建物だけを作ったのはヴィーネにお願いをされたから。税金で支払いがされるのもヴィーネが指示をしたから。そもそも、今回の仕事は全部ヴィーネが指示を出している。職人に設備や道具を作ってもらうのもヴィーネの指示。あなた達に仕事が無いからヴィーネが仕事を斡旋した。今回の仕事であなた達は別に必要ないと理解していないの?」
誰に救済してもらったのか理解できないのだろうね。
頭が悪過ぎて会話するのが面倒になってきたよ。
「ヴィーネ様が命令だけしているのは間違っていないではありませんか。俺たちは命令に従って仕事をしているではありませんか。おかしいのは税理官室の人間です」
「あなた達は仕事をしろと命令されていないでしょ?誰があなた達に命令をしたの?よく考えて発言しなさい」
駄目だね。
流石に我慢の限界だよ。
「製紙工場の人間に仕事をしてくれと頼まれました。しかし、俺たちに仕事を頼めと命令したのはヴィーネ様ではありませんか。ヴィーネ様が職人に仕事をさせろと命令したから俺たちに仕事が回ってきたのです。この国に他の職人はいません。俺たちに命令したのと変わらないではありませんか」
「この国にあなた達は必要ないわね。仕事を頼むならエルダードワーフにお願いした方がいいでしょ?命を助けてもらい仕事まで与えてもらった人間がここまでヴィーネを侮辱するとはね。飛びたいか死にたいか選びなさい。ヴィーネが生かした命だから最後に選ばせてあげるわ」
目を見開いて驚いているね。
でも、選択肢は増えないよ?
「何を今頃焦っているのよ。世界一忙しい人に向かって命令だけしているなんて侮辱にも程があるでしょ?そんな事も理解できないの?木工職人の親方は命令だけしていると言われて何も感じないの?早く決めなければ全員殺して終わり。娘を侮辱した人間を許すと思っているの?税理官室で言われた通りに知恵を身につければいいものを、あなた達には飛ぶか死ぬかの2択しか残されていないわよ」
「俺たち鉄鋼職人は違います!仕事を続けさせて下さい」
余分な口を開かれると苛立つね。
何の益も無い言葉しか出ないのだから。
「一緒に来ているのに何が違うのよ。同じ考えだからここにいるのでしょ?今すぐ殺すわよ」
「飛ばして下さい…」
闇魔法。
転移魔法。
よく隕石が落ちる島に飛ばしてあげたわ。
あなた達に落ちないといいわね。
念話。
「マリアンネ、製紙工場の設備や道具に税金は不要になったから他で使ってね」
「かしこまりました」
念話。
全国民に話そう。
「やあ、シャーロットだよ。木工職人と鉄鋼職人は飛ばしたよ。妻は夫と同じ場所に飛ばされたいのであれば社に来て。子供は親と一緒に飛ばされるか孤児院に行くか好きな選択をしていいよ。私にお願いすれば何でも解決してもらえると思わないでね。社に来る前に自分の発言に問題ないのか考えなさい。またねー」
ヴィーネが社から出てきたね。
どうしたのかな?
「母さん、私が製紙工場を仕上げてくるよ。国長の仕事だから…」
「そっか。じゃあ、任せるね。気が向いたら隕石を落とせばいいから」
「あれだけ手を回したのに命令だけしていると思われるんだね。まあ、分かっていたけど声に出されると流石に不愉快だね。もう一度不愉快な事があったら隕石を落とすよ。島が無くならないように手加減するのが大変だよ。じゃあ、行ってくるね。転移魔法」
ヴィーネは私に手を振って製紙工場に移動した。
好き勝手に国長を楽しめばいいと思うけど、嫌な思いはしなくてもいいよ。
私の記憶を継承しているのだから、嫌な記憶を増やす必要は無いから。
ヴィーネは優し過ぎる…。
そのお陰で救済された人がいるのは間違いない。
でも、それ以上に勘違いしている人が多い。
少しの人を救済する為にヴィーネは仕事をし過ぎている。
社でヴィーネの帰りを待つ。
やはり私が甘過ぎた!
ヴィーネが国長になると言った時に殺しておくべきだった。
負から始めさせてしまった。
しかし、今選別をするとヴィーネの計画を潰してしまう。
「ただいまー。これで製紙工場は運営できるよ。紙はどれだけあっても困らないから計画は変更なしだね」
「おかえりー。ヴィーネ、楽しめている?私と同じ嫌な経験をする必要は無いよ?」
「母さんは私の事になると心配し過ぎ。人の行動を観察しながら楽しんでいるよ。この国が世界に認められるか、この国以外は全て滅びるか。決めるのは私じゃないから。この世界がどんな選択をするのかも含めて楽しんでいるよ」
「分かったよ。私はヴィーネの隣で見守っているね。どんな世界になったとしても、それだけは変わらないから」
「じゃあ、もう寝ようよ。嫌な事があった時はすぐ寝たい」
「そうだね。寝ようか」
布団を敷くとヴィーネがすぐに入るから、私も隣にすぐに入る。
「じゃあ、おやすみー」
「うん、おやすみー」
今日はヴィーネの抱き付く早さが違う。
いつも早いけど嫌な事があった日は特に早い。
不安になっている証拠。
裏切られる事に慣れる必要なんて無いからね。
ヴィーネ、もしあなたが心を乱しそうになった時は迷わず殺すよ。
勘違いしている人間や獣人の命は、あなたの心よりはるかに軽い。
客観的に物事を見れない人は駄目ですね。




