閑話 クリスティーネ 訓練
クリスタが私の訓練のお手伝いをしてくれるなんて、とても嬉しいです。
しかも、1日中付き合ってくれるのです。
今日は最高の機会ですね!
この機会を無駄にする訳にはいきません。
私の駄目な所を徹底的に教えていただきましょう。
魔法練習場まで一緒に来ました。
今から始まる訓練が楽しみです。
「さあ、クリスタ。訓練して下さい!私はもっと秘儀を鍛える必要があるのです」
「勿論いいよー。どんな訓練を希望しているの?悩みがあるのなら聞くよ?」
あっ!
そうですよね…。
突然訓練してと言われても困ってしまいますよね。
今日の訓練の嬉しさの余り張り切り過ぎているようです。
「魔力を動かしたり溜めてみますので、駄目だと思った点を指摘して下さい」
「問題点を探して欲しい訳だね。了解だよ!」
「では、動かします!」
普段の自主練習のように魔力を動かしたり手や足に溜めます。
私の目標は固い土でできた防護壁や家を魔法で作る事なのです。
「どうでしょうか?私の自主練習で問題点や改善点はありますか?」
「クリスティーネは魔法でシャーロット様みたいに家を作りたいんだよね?手の平の大きさの家を作る事はできる?」
余りにも予想外の質問です。
手の平の大きさの家ですか…。
作った事も考えた事もありませんでした。
「今まで作った事がありません。挑戦してみます。土魔法」
魔法はイメージだと教えていただきました。
呪文を唱えるのはイメージを固定しやすくする為だそうです。
頭の中で固い土の家をイメージして魔力を出しました。
魔力が手から出たのは間違いないのですが、ただの土でした。
何がいけないのでしょう?
「やっぱりね。クリスティーネは固い土で家を作ろうとしたでしょ?そして、固い土の成分を知らないでしょ?」
魔力を動かしているのを見ただけでそこまで気付いてしまうのですか!
やはり、最強のクリスタは違いますね。
「その通りです。そして、成分を知りません…」
「シャーロット様は研究結果を全て知っているの。だから、魔法で何でも再現できてしまう。シャーロット様の唱えている呪文はその場の思い付きだと思った方がいいよ。何故なら全ての属性を持っていないと同じ事ができない場合が多いから。土属性だけで固い土が作れるかというと、恐らく作れないと思う。別の属性も使っている可能性が高い。だから、クリスティーネは土属性だけで作れる家をイメージしなければいけないんだよ」
シャーロット様はとても勤勉なのですね…。
何でも簡単にできる天才だとばかり思っていました。
それに、とんでもない事実が発覚してしまいました。
土属性では固い土が作れないのですか…。
私の目標は最初から不可能だったという事ですね。
今でも王女の時と一緒です。
何もできないまま…。
「何で落ち込んでいるの?シャーロット様と同じ方法で家を作ろうとするから駄目なんだよ。自分で色々考えないと。まずは、魔法で生成した土はどういうものなのかを知るべきだよ。そして、土にはどんな種類があるのか調べる事も大切だよ。調べた土を魔法で生成できるのか試す必要もある。クリスティーネの目標はかなり難しい事なんだよ?簡単にできるようになる方がおかしいよ」
駄目ですね。
すぐに落ち込むのは悪い癖です。
私は土の事を何も知りません。
魔法で生成された土がどういうものなのかも知りません。
試せる事も調べる事もたくさんあるではありませんか。
魔法で家を作るのが簡単な訳がありません。
何もできないのは何も知らないからです。
王女の時と同じ過ちを繰り返してどうするのですか!
今は自由に知識を得る事ができるのです。
何も知らないのは何も調べていないから。
研究室にだって出入りできるのです。
私にはすべき事がたくさんありますね!
「ありがとうございます!何も知らないまま落ち込むところでした。秘儀の自主練習も大切ですが知識を得る事も大切ですね。土の事を何も知らないのに、何かができると思っていたのが間違いでした」
「そうそう。火や風と違って土は物質を生成して残す事ができるからね。汎用性は高いはずだよ。努力すればする程できる事が増えると思う」
その通りですね!
火や風は消えてしまいますが土は残り続けるのです。
クリスタは私と目線が違いますね!
だからこそ、最強なのかもしれません。
「他に何か気付いた事はありますか?」
「そうだね。子供たちに教えたばかりだけど、魔力を溜める時に痛みや違和感で止めているでしょ?それでは成長に限界がくる。溜められる量を完璧に把握して止めないと魔力の移動速度が上がった時に止められなくて破裂しちゃう。今の内から動かしている魔力量を把握するようにした方がいいね」
魔力の移動速度が上がった時に痛みや違和感で止めていては間に合わなくなるのですね。
クリスタのようになれると考えていない証拠です…。
私も努力して一瞬で魔力を動かせるようになる時が必ず来るはずです。
その時に備えて動かしている魔力量を把握できるようになるべきですね。
秘儀は鍛え続ける事が大切なのです。
自主練習を止めるつもりが無いのですから絶対に必要な技術ですね。
「分かりました。これからは動かしている魔力量を把握できるように意識したいと思います。今の私が自主練習できるのはそのくらいでしょうか?」
「魔力を自由に動かせているからまだあるよ。止める技術が足りないね。手首に魔力を止めたまま他の魔力を動かし続けたりもするべきだよ。見本を見せてあげるね」
クリスタは少しだけ魔力を出すと、ゆっくりと動かし右手首に止めました。
そして、新しく出した魔力を右手に溜めていきます。
「どうかな?分かった?」
「もしかして、魔力を止めた時に隙間を作っておいて、そこを通して魔力を溜めたのですか?」
「正解だよ。魔力の通る管は意外と太いからね。体の中で魔力を自在に操れるのなら好きな形で止めておく事ができるよ。普通は管の端に止めるけどね」
「クリスタは体の中で魔力の輪を作る事もできるという事ですか?そして、止められるのですか?」
「勿論できるよ。見ててね」
クリスタは右肘に魔力を止めました。
そして、よく見えるように腕を広げてくれました。
肘には魔力の輪があり、その中心を魔力が通って右手に溜まっていきます。
管の中で自在に魔力を操る。
とんでもない技術ではありませんか!
クリスタとの訓練は得られるものが多過ぎますね。
「凄いですね!訓練をお願いして良かったです。私の自主練習がとても充実したものに変わりそうです」
「クリスティーネはやっぱり違うね。子供たちは練習量が増えて焦っていたよ。大切なのは柔軟な考え方。魔力は自然に流れる水じゃないからね。自在に動かせるから好きな形にする事もできるって訳だよ。最初は水が流れるようにぐるぐると動かすけど、それは初心者の段階だから。クリスティーネは次の段階に進むべきだね」
確かに水のような液体を動かしている感覚でした。
ですが、液体を自在に動かせる訳がありませんね。
私の視野が狭い証拠です。
余り時間は経っていませんが物凄い情報量です。
クリスタは全て1人で考えて極みまでたどり着いたのですね。
やはり、とんでもない方です。
秘儀と真剣に向き合い考え続けたのでしょう。
私はとても恵まれていますね。
最強の方に教えてもらえるのですから。
今日は生徒の気分です!
それにしても、1日中付き合ってもらう必要が無いではありませんか…。
既に私にはすべき事が山盛りなのですから。
「ありがとうございます。今の私ではこれ以上は無理でしょう。とても貴重な時間でした」
「もう終わりなの?話した内容が全てできるようになったら、また教えてあげるよ。じゃあ、最後に社に行こうか」
「何か用事がありましたか?」
「あるよー。とりあえず行けば分かるって。付いて来て」
社に行くのは何かお願いがあるのでしょうか?
付いて来てと言う事は私に関連しているのでしょう。
言う通りにするべきですね。
クリスタには何か考えがあるに決まっていますから。
一緒に社まで来ました。
魔法練習場からは近いのであっという間でしたね。
「ヴィーネ様、お願いに来ました!」
クリスタがおかしな事を言っています!
シャーロット様にお願いしに来たのではないのですか?
社の扉が開くと、ヴィーネ様が物凄い面倒そうな顔で出て来られました。
こんな顔をしているヴィーネ様に何か言えるのはクリスタだけでしょう。
ある意味凄いですね…。
「おかしいよね?何で私にお願いに来るのかな?お願いは母さんにしてよ」
「お願いする内容が国長の仕事ですからね。資料室を作って下さい。理想は学校の中がいいですね。研究所の1階でもいいです。研究員に研究結果をまとめて綴じるように指示して下さい。背表紙を付けて研究内容が分かるようになっていれば最高ですね」
「ふーん…。それはいい案だね。国民なら閲覧できるようにすれば何かの切っ掛けになるかもしれないし、知識を増やす事ができる。それに、子供たちの魔法の腕も上がるね。学校を4階建てにする予定だから研究員には提出を義務付けよう。月に一度は提出させて研究内容ごとに整理すれば立派な資料室になる。研究結果は増え続けるはずだから、1階は教員室と資料室にして教室は2階からにする。それでいいかな?」
「流石ヴィーネ様ですね。完璧です。よろしくお願いしますね。では、失礼します」
「失礼します!」
「はーい。またねー」
ヴィーネ様は社に戻られました。
寝ていたのかもしれません。
「孤児院に帰ろう。これで空気の悪い研究室に入る必要が無くなったよ。資料が揃ったら教えてあげるから待っててね」
「ありがとうございます。迷う事なく目的の資料を読む事ができます」
私の為にヴィーネ様にお願いして下さったのですね。
クリスタの行動力はとても真似できません。
私は本当に恵まれていますね。
孤児院に帰ると、カーリンが1階でお茶を飲んでいました。
「早過ぎない?扱き使ってきたの?クリスタの罰なんだから遠慮する必要ないわよ?」
「私にはとても貴重な時間でした。これ以上は私の能力不足なのです。今日だけで練習内容がとても充実しました。それに、魔法の腕を上げる為に必要になりそうな研究結果の資料室まで学校に作られる事になったのです。クリスタには感謝しかありません」
「今の言葉を聞いた?私は感謝されているの。文句ないでしょ?」
「クリスティーネにだけ甘いわね。社に行ってお願いしたのは初めてでしょ?初めてのお願いが人の為だなんてね。その優しさを平等にしなさいよ」
「そうだったのですか…。私の為にすみません。今日の授業を無駄にしないように努力します!」
「ここには汚れた大人しかいないからね。クリスティーネまで汚れてしまったら大変でしょ?心の綺麗な大人だったら平等に優しくするわよ」
「私は綺麗な心を持っていません。自分の為だけにクリスタに訓練をお願いしたのですから。自分の欲を主張するような人間なのです」
「綺麗な欲だからいいの。自分を高める為に主張したのだから何も問題ないよ。孤児院の欲深い女たちにも見習って欲しいね」
「激甘ね。体が痒くなってくるじゃない。昔のあなたが今のあなたを見たら、笑い過ぎて腹痛で倒れているわよ。全てを敵だと思っていた冒険者とは思えないわね。顔も名前も思い出せないけど、一緒のパーティーの男性ですら疑っていたじゃない」
クリスタが元冒険者だったのは、つい最近知ったばかりですね。
全てを敵だと思うような雰囲気はまるでありません。
この国に来て変わったのでしょうか?
「お互い様よ。シャーロット様を天使様と呼んでいるのを見ると痒くてしょうがないわ。土地神様でしょ?どこから天使が出てきたのよ?半身潰れておかしくなったと思ったわ。結婚するつもりだった男の顔も名前も思い出せない方がおかしいでしょ?あなたも完全に信じていなかった証拠よ。どれだけ誘われても一緒の部屋に泊まらなかったじゃない」
カーリンに婚約者がいたのですか!
綺麗ですから他国の男性からの求婚は多いですね。
それに、冒険者をしていたなんて想像できません。
更に半身が潰れた事があるなんて…。
衝撃の事実ばかりです。
「記憶に無いわね。記憶する価値も無い男だったという事よ。私の判断が正しかった証拠じゃない。結婚もしていない冒険者の男性と一緒の部屋に泊まるなんてありえないわ。そんな事ができるのは遊びたい女性だけでしょ?冒険者の男性を完全に信じる方がどうかしているわよ。それと、シャーロット様に体を治していただいた時に天使に見えたのよ。あなたも半身を潰して治していただきなさい。天使様だと思えるようになるわ」
「記憶する価値も無い男だという点については同意ね。私も覚えていないから。それより、半身を潰して治してもらうってどんな馬鹿よ。まず半身を潰すのが難しいじゃない。失敗したら即死よ。あの時の姿を自分で見ていないからそんな事が言えるのよ。それに、1000万ギルを体で稼がされると思って泣いていた過去も忘れたの?酷い天使がいたものね」
2人は幼馴染なのでしょうか?
お互いの事を詳しく知っていそうですね。
「あなたが治療費1000万ギルと言うから勘違いしたのよ。勘違いだと分かったら、より天使様だと思えるようになったわ。世界中の可哀相な種族や子供を助けるようなお人なのよ?天使様じゃない。本物がいるのか知らないけどシャーロット様の方が天使に相応しいわ。この国で勘違いしている馬鹿を早く粛清したいわね。天使様の治める国には選ばれた人しか住んではいけないのよ」
「土地神様でいいじゃない。天使にこだわり過ぎよ。粛清したいけどヴィーネ様からの指示があるまでは待機よ。あなたの粛清は被害者が多過ぎるの。無実の人まで殺すでしょ?勘違いしている人でも一度は機会を与えてあげているのよ」
命を助けられたり悲惨な場所から救出された人は天使のように見えるのかもしれません。
人助けを世界規模でしている人はシャーロット様しかいないでしょう。
初めは恐怖心でいっぱいでしたが、この国に来て現実を知れば悪いのは祖国だとよく分かりました。
あれだけの力を持ちながら防衛しかしていないのですから。
土地神様でも天使様でもいいと思いますけどね…。
カーリンの粛清が危険だというのは孤児院内での共通認識です。
勘違いしている人でも悪意が無い人もいますから、一度は考える機会を与えてあげているヴィーネ様の改革はとても優しいものだと思います。
そして、言い合っている2人ですが秘儀の鍛錬を一度も止めていません。
限界点に到達したと言われているクリスタでさえ魔力を動かし続けているのです。
私も今日教わった事を無駄にしてはいけませんね。
2人の言い合いは見慣れていますので気にせず自主練習に励みましょう!
クリスタは色々と察している為、教えたくなるのです。
真面目で努力家ですからね。




