閑話 ダニエル 無力
俺は何故あんな事を言ったんだ!
自分の言葉を思い出すと腹の虫が治まらない。
演説まがいの事をしている奴をすぐにでも排除して欲しいと思った。
シャーロット様やヴィーネ様を侮辱する奴を消して欲しいと思った。
俺は何を見ていた…。
大勢の大人を排除したのは孤児院の子供たちじゃないか。
子供に守ってもらおうとしていた大人とどこが違うんだ。
選別で飛ばされた奴とどこが違うんだよ!
俺には戦う力が無い。
それが、何もしなかった理由か?
何もしなくてもいい理由になるのか?
この国が平和なのはヴィーネ様に守られているからだ。
以前はシャーロット様に守られていたから平和だった。
そんな状態で自分たちの国だと誇れるのか?
今の国防軍で国を守れる訳がない。
6人しかいないのに戦争に勝てる訳がない。
この国で一番人数が多い種族は人間だ。
それなのに、前回の国防軍のテストを受けた人間は1人。
人間は馬鹿なのか?
テストを受けなかった俺も馬鹿の1人だな…。
どいつもこいつも、土地神様の好きにしてもらえればいいと言う。
しかし、侵略されたいと思っている訳ではないだろうが。
土地神様の思いは無視してもいいのか?
国を国民に守ってもらいたいと思い続けているだろうが。
その思いは俺にだって伝わっている!
何度も機会を与えて下さっている。
命懸けで人が強くなれる秘儀まで生み出して下さったんだぞ。
それなのに、誰も挑戦しないのは何故だ?
そして、俺は何故挑戦しなかったんだ?
死ぬのが怖いからか?
力が無いからか?
・・・・。
明確な理由が分からない。
他の奴と一緒で何も考えていなかったんだな…。
あー、駄目だ!
苛々して仕方がない。
納品のついでにフーゴと少し話すか。
「土地神りんごジュースを持ってきたぞ。フーゴ、この国の人間は馬鹿だと思うか?」
余りにも唐突な質問だったと思う。
それでも、フーゴは冷静に言葉を返してきた。
「馬鹿だよ。仕事をすれば平和に暮らせると思っている。そんな事があり得ないのは常識なのに、誰も現実を見ようとしない。他種族は国防に貢献しようとしている。それなのに、一番多い人間が国防を考えていない。侵略された時の事を考えられない。子供に守ってもらうつもりが無くても意味が無い。世界中でこの国の人間だけだよ。戦争や犯罪とは無縁でいられると考えている馬鹿は」
多くの子供と接するフーゴには思うところがあるみたいだな。
間違いなく平和ボケしている人間はこの国だけにしかいないだろう。
「国防をお2人に任せないようにする為には人間が国防軍に所属する必要がある。それも大勢だ。馬鹿を説得するいい案はあるか?」
「誰も彼も仕事が忙しいから国防軍の再テストには参加できないそうだ。国防軍は全員仕事をしているのに頭の悪い言い訳ばかり聞かされたよ。もう話し掛けるのが馬鹿らしくなった。本気で子供を守る気があるのなら合格するテストだと周知されているんだ。俺は参加するぞ!お菓子を買いに来てくれる子供たちの笑顔を守れるだけの力が欲しい。国を守る力は難しくても、目の前の悪党を退治できるだけの力が欲しい。お2人の力があるから国内も平和なんだ。どれだけの悪党がこの国に入ってきているのか知らない。数回ヴィーネ様が対処されているのを見た事はあるが、きっと毎日悪党が入ってきているんだ。この国には国内を守る組織すら無い。それなのに、犯罪が起きていない事をもっと考えるべきなんだ。一番狙われるのは子供たちだ。俺の目の前で子供が攫われる可能性だってある。そんな事は絶対にさせない。俺は見える範囲だけでも絶対に守る!」
仕事が忙しいか…。
この国で一番忙しいのはヴィーネ様だろうが!
フーゴが1人増えたとしても戦争には勝てないだろう。
それでも、目の前の犯罪は防げるようになる。
皆が同じ気持ちなら、もっと国防軍のテストに参加するはずだ。
侵略されれば皆殺しか奴隷だろう。
その悲惨さを孤児院の子供たちは知っている。
俺はその子供たちに頼ったんだ…。
くそ野郎だ!
俺に力があれば解決できた。
不愉快な豚を俺が排除すれば良かったんだ。
当たり前のように頼った。
俺も手伝うという一言が出なかった。
後悔しても遅いな。
同じ失敗は二度としない!
「よし、俺もテストを受ける!死ねばそれでいい。本気で子供を守る気が無かったという事だろう。生き残ったら酒の販売は国防軍を優先させてもらう。馬鹿に飲ます酒を造るつもりはない。土地神りんご酒は国防軍だけに販売しよう。決定だ!」
「本気みたいだな。土地神りんご酒の販売を制限したら暴動が起きそうだぞ?いいのか?」
本気で笑えるぜ!
力の無い奴の暴動なんて何も怖くない。
「ああ、そんな馬鹿は全員俺がぶちのめしてやるよ。もうすぐ再テストだ。それまで、宣伝し続けてやる。参加者は増えないだろうが関係ない。最初からそうすれば良かったぜ。酒目当てで参加する奴はテストで死ぬだろうな。まあ、参加しないから気にする必要は無い。俺は同じ馬鹿な人間になりたくないだけだ」
「そうだな。守られて当然なんてこの世界を知らない馬鹿の考えだよ。平和が当たり前なんて、それだけで世界一幸せな国だよ。俺も口だけの人間になりたくないからな。子供の笑顔を奪おうとする悪党は俺がぶちのめすよ」
お互いに笑顔で別れて店に戻った。
早速大声で叫んでやるか。
「おーい!もうすぐ国防軍の再テストがある。これから先は土地神りんご酒は国防軍にしか売らない。当然俺もテストに参加する。俺が死んだら飲めなくなる。生き残ったら暴動するような奴はぶちのめしてやるよ。文句があるなら土地神様にお願いするんだな。国や子供を守る気が無い奴に飲ます酒はないんだよ!」
「ダニエル、突然何を言い出すんだ?そんなこと許される訳がないだろ!」
早くも酒を飲みたいだけの馬鹿が喚いてやがるな。
お前には誰かを守る力があるのか?
「侵略されたら酒も飲めなくなる。お前こそ何を勘違いしているんだ?酒を造って誰に売るのかは俺の自由だ。誰が許さないんだ?お前か?国防軍の再テストに合格したら力を得る事ができる。平和が当たり前だと思っている馬鹿に売る酒は無いんだよ」
「選別が終わったのに何を言っているんだ。俺は子供を守る気があるぞ!」
おいおい。
こいつは何を言ってやがるんだ。
「そうかい。力の無い奴の言葉ほど軽いものはないよな。土地神様が力を得る機会を与えて下さっているのに放棄したのは俺たち馬鹿野郎だ。俺はもう放棄しない。力を得るか死ぬだけだ。俺が力を得る事ができたら文句は言わせない。土地神様は国民に国を守らせたいと思っていると知っているだろ?お前は何故力を得ようとしないんだ?仕事が忙しいとか馬鹿な事は言うなよ。一番忙しいのはヴィーネ様だ。もう言い訳はいい。周りに言い触らせ。ダニエルは気が狂って国防軍にしか土地神りんご酒を売る気がないってな」
「どうなっても知らねーぞ!土地神りんご酒はこの国の特産品だからな」
本当にどこまで馬鹿なんだ。
侵略されたら終わりだろうが!
特産品だから何だ?
本気で国や子供を守ろうとしている奴に売るだけだ。
この国が平和だから特産品があると理解できないのか?
土地神様のりんごから造られるお酒だと知らないのか?
土地神様の思いを無視する馬鹿に売る気はもうない。
最高の気分だぜ!
力が無いからテストを受けないとはならない。
本気で国や子供を守る気があるのなら合格すると周知されているのだから。
意外な2人が参加決定です。




