閑話 カーリン 課題
「見付けたよー!」
背後から大声が聞こえた。
もう見付かったわ。
私の方が確実に運動能力は高い。
隠れる場所も多い森の中。
それなのに、一度も逃げ切れない。
鬼ごっこで子供たちから逃げ切るのがこれほど難しいとは…。
ああ、やはり囮だったのね…。
私が逃げても本気で走って追い駆けてこない。
声に出して私に伝える事で行動を制限する。
私の場所を皆に伝えている可能性もあるわね。
どうしようかしら?
今日は既に5回も捕まっているから遊びの延長のはず。
それでも、子供たちは絶対に手を抜かない。
強いわね!
「捕まえたー!」
「えっ?クラーラ!どこから来たの?」
突然背中に抱き着かれた。
声でクラーラだと分かるけど全く足音がしなかった。
上からの加重を感じたから木の上だと思うんだけど…。
背中から離れると、私の正面に来て満面の笑みで真上を指差した。
「木の上にいたよ。お姉ちゃんが来るのを待ってたんだー」
「ずっと隠れていたの?」
「違うよ。声と足音を聞いて木の上を移動していたの。枝から枝に飛び移るんだよ」
「そんな事までできるの?夕暮れだし今日はここまでね。クラーラから見て私に勝てる見込みはありそう?」
秘儀の鍛錬が甘いのか、鬼ごっこが下手なのか、どちらかしら?
シャーロット様が無理な条件を言うはずがないから、鬼ごっこが下手なだけだと分かってはいるけど、子供の意見を聞いてみたくなった。
「鬼ごっこをもっと知れば勝てるはずだよ。運動能力はお姉ちゃんの方がかなり上だからね。シャーロット様は今のお姉ちゃんとそんなに変わらない運動能力で学校に通う子供たち全員から逃げていたよ」
「やはりそうよね。1日鬼ごっこに参加しただけで勉強する事が沢山できたわ。さあ、帰ってご飯よ!」
「「はーい!」」
子供たちが50人程一斉に木の上から飛び降りてきた。
こんなにも隠れていたのね…。
自分の能力の把握も甘いけど、子供たちの能力も把握できていない。
シャーロット様は私がクリスタと対戦しようとしているのを知っているはず。
だからこそ、子供たちと鬼ごっこで遊ぶのを勧めて下さったのですね。
この子たちから逃げ切れないようでは組手をする資格は無い。
そして、クリスタには勝てないという事でしょう。
「森に残っている子はいないわね?全員帰るわよー!」
「全員集合ー!今日は終わりだぞー!」
「「はーい!」」
全方向から子供たちが走ってきた。
完全に囲まれていたのね。
逃げ切るには時間が掛かりそうだわ。
シャーロット様の課題が簡単な訳がないわね。
孤児院に帰ると笑顔のクリスタが1階の椅子に座っていた。
「おかえりー。鬼ごっこは楽しめたー?」
どう見ても結果が分かっている顔ね。
私の顔を見る前から笑顔だった気がするわ。
「ぼろ負けよ。子供たちは相当強いわ。当分勝てなさそうよ」
「シャーロット様とヴィーネ様に鍛えられているからね。まあ、1年くらい頑張れば勝てるんじゃない?お楽しみの組手までは遠いねー」
そういえば、私がシャーロット様と組手をするのを羨ましがっていたわね。
それだからご機嫌なのね。
本当に腹が立つ顔をしているわ。
人を苛立たせる天才ね!
「あなたもお願いすればいいじゃない。組手をして下さると思うわよ?」
「分かってないなー。シャーロット様があなたと組手をする理由は私との差をなくす為よ。極致にたどり着いたとしても、竜王様と組手をしている私には絶対に勝てない。私とカーリンが殺し合いをするとしたらシャーロット様は止めるでしょうけど、意地の張り合いだと分かっていると思う。その場合、お互いの条件を同じにしようとするはずよ。カーリンは能力の把握や咄嗟の判断力が甘い。私と同じ力を持っていた場合、一瞬の迷いで勝負が決まる。極度の緊張感の中で最善の選択を取り続ける必要があるわ。カーリンにはその経験が無いから、シャーロット様が組手を提案されたのよ。カーリンと決着がついた後なら私と組手をして下さるかもね」
今日1日で能力の把握が甘い事は痛感している。
子供たちの能力も把握できていないのに、クリスタの能力を把握できる訳がない。
シャーロット様ならそれを見抜かれているはず。
クリスタとの勝負が意地の張り合いだと知っていた場合、シャーロット様は平等の立場を取られる。
私が絶対に負ける状態で勝負をさせたくなかったのですね。
極致にたどり着けば気持ちで勝てると思っていましたが、気持ちの勝負まで持ち込めない。
経験の差で簡単に負けてしまう。
私がそれに気付いていないから、気付かせる意味で鬼ごっこを勧めて下さったのだわ。
鬼ごっこで逃げ切れた時には能力の把握ができるようになっているでしょう。
その状態で格上との組手を経験させて下さる予定なのですね。
ああ、やはり私の天使様です!
必ずクリスタを叩きのめして私が一番好きだと胸を張れるようにしましょう。
「シャーロット様は対等な勝負になるようにお取り計りして下さったのですね。一切の言い訳ができない気持ちの勝負になるわよ。覚悟しなさい!」
「ええ、待っているわ。この道は何一つ甘くないわよ!」
そんな事は分かっているわ。
でも、そんな理由で負けられないのよ!
時間が経つほど経験の差は広がっていく。
だからといって、焦ってしまえば鍛錬で死ぬ。
シャーロット様との組手が厳しくなりそうですね。
ですが、とても楽しい時間ですので何も問題はありません。
「あなたは竜王様と組手を楽しんでいなさい。私はシャーロット様と厳しい組手を楽しませてもらうわ」
「何で組手がご褒美になっているのよ。おかしいじゃない!シャーロット様は優し過ぎるのよ。私がカーリンを叩きのめした時に気付かせれば良かったのに…。不公平だわ!」
「あなたがシャーロット様から何も頂いていなければそうでしょうね。何も頂いていなければね…。シャーロット様に不公平だと言えるのかしら?社まで一緒に行きましょうか?」
「本当にしつこいわね。もういいわよ。私が我慢しますー。早く追い付いて下さいー」
絶対に何か頂いているわね。
話さないと分かっているから静かにさせるにはこれが一番よ。
「2人とも楽しそうな会話ですね。私はシャーロット様と組手ができないではありませんか。本当に不公平なのは私ですよ。どうすればいいのですか?」
「レナーテも組手がしたいの?社に行けばいいじゃない。組手をして下さると思うわよ?」
「甘いわね。レナーテが組手をしたいとお願いすれば、今の形を極めた後だったらと条件が付くわ。シャーロット様と組手をしたいのであれば、どちらかを極めるしかないという事よ。そうしないと、相手が増えて大変じゃない。優しいけど中途半端は好まない人だからね」
今の時点ではクリスタの方がシャーロット様を深く理解している。
非常に腹立たしいわね。
事実ですから我慢するしかありません。
秘儀を極めていないので文句も言えないわ。
「確かにクリスタの言う通りね。シャーロット様と組手をしたい人は多いでしょうから、簡単な条件にしてしまうと大変な事になるわ。どちらかを極める必要があるでしょうね」
「なるほど!私はシャーロット様の想いを形にしてお願いに行きましょう。その時が待ち遠しいです」
「私とカーリンがおかしな事をしているみたいに言わないでよね。シャーロット様に認められているので問題ありません!」
珍しくクリスタと意見が一致したわね。
レナーテの言葉も間違いではありませんが、絶対に認められません。
シャーロット様を一番好きなのは私なのですから!
子供たちは絶対に手を抜きません。
遊び続けたいですからね!




