閑話 バルドゥル 無自覚
何度も息子に説教をされた。
殺されるし殺すよとまで言われた。
その考え方はシャーロット様やヴィーネ様と一緒。
秘儀を覚えているのに鍛錬もしていない人は殺されるべきだと皆が考えている可能性がある。
お2人には強く説教をされたと分かっている。
しかし、実感が湧かないのだ。
秘儀を舐めているつもりは無い。
クリスタ先生に追い付くと言ったり考えたりするだけで舐めている事になるのか?
目標を定めて努力するのが鍛錬ではないのか?
皆の考えが分からない。
秘儀の鍛錬の仕方も分からない。
何も分からないな。
どうすればいい?
息子に教えて欲しいと頼めば殺される可能性がある。
しかし、他に相談できる相手がいる訳でもない。
何もできないままお祭りの日に事件が起きた。
双子の竜王様から訓練を受けろと言われた。
双子だと知らなかったが、竜王様が実施する訓練に耐えられる訳がない。
エリーアス様は私と同じ考えのようだ。
何が切っ掛けて殺されるか分からない為、隠れるように逃げた。
そして、次の日に隊長に呼ばれた。
訓練場を見に行くようだ。
ヴィーネ様がクリスタ先生に追い付くと考えている人に見せたいものがあるらしい。
道中にエリーアス様と会話をしたが、まだ秘密を探しているようだった。
何もしていない私よりは目的があるエリーアス様の方がまともだと思う。
ドラゴンである誇りも垣間見えた。
人間が極めた秘儀をドラゴンが極められない訳がないと。
そして、訓練場の惨状を見てヴィーネ様の説明を聞いた。
ドラゴンが逃げた訓練を人間が受けている。
訓練の壮絶さは現場が物語っている。
訓練を受けろと言われた時、クリスタ先生との訓練を終えた後だったのだろう。
だから、クリスタ先生を侮辱するなら殺すという事だったのですね。
訓練跡を見ただけで自分だったら死んでいたと分かってしまう。
人間でやり遂げたクリスタ先生が凄いだけなのだろう。
凄い人に追い付きたいと思う気持ちは侮辱しているのか?
どうしても侮辱しているという気持ちが分からない。
それが分かれば前に進めるのだろうか?
家に帰り息子のベネディクトと話す事にした。
「何度も聞いたが理解できない。何故クリスタ先生に追い付きたいと思う気持ちが侮辱している事になるんだ?私はまだ何もしていない。しかし、これから始めればいい話ではないのか?上に向かって努力する姿のどこが侮辱しているのか説明できるか?」
「父さんは勘違いが凄いね。何故秘儀を使えるの?自分で生み出した技術で同じ事を言っているのなら間違っていないと思うよ。でも、シャーロット様が命懸けで生み出した技術を痛みなく教えてもらっただけ。何故シャーロット様の技術を自分のものだと思っているの?努力する為に必要な技術が本来は存在しないんだよ?秘儀を教えてくれたシャーロット様に感謝しているなら既に努力しているよ。そして、努力すればする程そんな言葉は言えなくなる。誰もが言えない言葉を何もしていない人が口にしていたら侮辱していると感じるよ。父さんは記憶を消した方がいいよ。秘儀を覚えている資格がない」
「私は国防軍のテストを通過して秘儀を教えていただいたのだ。資格がない訳がない。シャーロット様への感謝は足りないかもしれない。しかし、教えていただいたのだから私が使っていい技術ではないか。その技術を用いて上を目指す。誰も侮辱などしていないぞ!」
「ここまで言わないと理解できないのかな…。上を目指すならヴィーネ様やシャーロット様に追い付くと言いなよ。何故クリスタ先生なの?侮辱せずに一番上を目指せばいいじゃない」
「追い付けない相手を目標とするのはおかしいだろ。世界最強の古代種ドラゴンと伝説の真祖なんだぞ」
「それが侮辱だと気付かないの?上を目指すとは言っていても、秘儀を極めたクリスタ先生には追い付けると考えている。人間だから追い付けると言う考えが人間を侮辱している。何もしていないのに秘儀を極められると考えている事が秘儀を侮辱している。人間が極められる秘儀なら自分も極められると考えているなら最悪だね。次は現実的な目標がクリスタ先生だとでも言うの?想像で語っているだけだよ。これから知ればいいって言うの?何も知らないのに追い付けると考えるのはおかしいよね?」
私は何故クリスタ先生に追い付けると考えている?
秘儀を極めるのは難しいと感じている。
秘密を探せば追い付けると思っていたからか?
しかし、それは既に否定されている。
それでも、追い付けると考えている。
クリスタ先生の訓練跡を見て自分なら死ぬと分かっている。
秘儀を極めたら耐えられるようになると考えているのか?
そうでないのなら、追い付けないと思うはずだ。
「まさか…、私は傲慢で馬鹿なドラゴンだったという事か?」
「違うよ。典型的なドラゴンだよ。上を目指しているんじゃない。下に見ているんだよ。何度も侮辱していると言っているのに気付かない。侮辱しているつもりがないんだよ。人間がドラゴンに勝てないのは当たり前だから侮辱なんて言葉は浮かばない。馬鹿なドラゴンは人間を気にも留めない。雑草程度にしか考えていない。それでどうするの?記憶を消すの?死ぬの?」
「考えを改めて秘儀を極めると言う道は無いのか?」
「笑わせてくれるね。考えを改めても秘儀は極められるんだ。なんで何もしていないのに極められると思っているの?まずは訓練を始めるべきだよね?何も知らないのに極めるなんて普通は言えないよ」
「言葉を間違えただけだ!秘儀を鍛えると言いたかったのだ。それは駄目なのか?」
「自分で鍛えられるならいいんじゃない。できないでしょ?授業も真面目に聞いてないでしょ?どうやって鍛えるの?」
授業内容は何も覚えていない。
人間の授業は記憶する価値もないと思っていたのか…。
頼れる相手はベネディクトかエリーアス様。
ただし、エリーアス様は私と一緒で鍛える方法を知らないはずだ。
「お前に教えてもらう事はできないのか?」
「僕の言葉を無視し続けてきた父さんを僕が鍛える理由は何?」
「私たちは親子だ。それに、国防軍として国を守る為には力が必要だ」
「じゃあ、質問だよ。秘儀を極めた父さんとクリスタ先生、どっちが強いかな?」
「当然ドラゴンである私だ。何故そんな簡単な質問をするんだ?」
「秘儀を極めたドラゴンがいないからどっちが強いか分からないよね?何故こんな簡単な質問に間違えるの?人間を下に見ているままだね。記憶を消した方がいいよ」
何故だ?
人間はドラゴンに勝てない。
同じ技術を極めたとしてもその関係が変わるはずが無い。
当たり前の回答をしただけだ。
何も間違ってはいない。
「ただの屁理屈ではないか!ドラゴンの方が強いのは間違いないだろう!」
「シャーロット様は人間の為に秘儀を生み出したんだよ?何でドラゴンの方が強くなれると確信しているの?秘儀を知らないのにそんな事を言う意味が分からないよ。父さんは強力な魔力で孵化したドラゴンじゃない。普通のドラゴン。ヴィーネ様とは違うんだよ?あんまりしつこいと死んじゃうよ?」
屁理屈ばかり言うベネディクトに頼るしかない状況に苛立ちを覚える。
ドラゴンが人間より強いのは当たり前だ。
何故それを理解していない。
ドラゴンとしての誇りがないのか?
「沈黙、面白い会話をしていたから聞かせてもらったよ。ドラゴンの大人は他種族への差別が酷そうだね。今後の参考にさせてもらうよ。3重結界、クリスタを侮辱したら殺すと言ったはずだ。お前もエリーアスと同じ地獄を味わえ。時空魔法、呪術、闇魔法、闇魔法。死ぬ前に考える時間は与えた。自分の愚かさを悩み続けろ。結界解除」
ヴィーネ様…。
間違っていない私を何故殺すのですか?
無数の何かに体を食べられている。
途轍もない激痛だ。
私はまだ死んでいない…。
ま、まさか、終わらないのか?
この激痛を感じながら無の中を漂い続けるのか?
気絶する事も発狂する事も許されないようだ。
どこが愚かだったのか分からない。
自分が間違っていたとは思えない。
いつ死ねるのだろうか?
早く死にたいと望む事しか愚かな私にはできないようだ。
他種族を見下しています。




