閑話 ハーラルト 目覚め
言葉は理解できても頭が拒絶しようとする。
今までの俺の人生を否定されてしまったから。
俺はそんなに甘い人生を送って来たのか?
里長として何度も厳しい局面も潜り抜けてきた。
馬鹿か俺は…。
ここは獣人の里ではない。
神国シェリルなのだから基準が違うに決まっている。
教養が足りない。
獣人の里が全てこの国に攻めて来た時に感じた思い。
俺は教養が足りていたのか?
そこから既に勘違いをしているのではないのか?
教室の中は静まり返っている。
当然だろう。
シャーロット様に期待していたのだから。
成長していると認めてもらえると思っていた。
子供たちよりも弱い事は分かっていた。
一番下から鍛えるつもりだった。
何故子供たちを飛ばした?
全て飛ばして一番上を目指す。
一番下が一番上に追い付けると自信を持っている。
子供たちが面白いと思うはずがない。
そして、子供たちには俺たちを殺す力がある。
舐め過ぎていた。
本当に舐め過ぎていたんだ。
秘儀を覚えても一番下なのは変わらないのに。
どうすればいいのか分からない。
何もできなかった殺気ですら手加減されていた。
その倍の殺気を半年後に受ける必要がある。
逃げ道は用意してもらえた。
秘儀の記憶を消してしまえばいい。
それは、グスタフと似ている。
国防軍に入り命を懸けて国を守るつもりだった。
しかし、目の前に迫る死の可能性に怯えてしまっている。
シャーロット様やヴィーネ様に対してクリスタ先生のような態度を取れる人はこの国にいない。
認められているから許されていると考えていた俺が甘過ぎた。
シャーロット様やヴィーネ様はクリスタ先生の事を自分たちと同じ立場にいると考えている。
世界で5人しかいない内の1人がクリスタ先生だ。
種族の差だけで負ける程の領域まで鍛えている。
クリスタ先生は人間や獣人が鍛えて強くなれる限界まで到達しているんだ。
秘儀の秘密を見付けて追い付けると考えていた俺は頭が悪過ぎる。
目に見えない速さで動く相手にどうやって追い付くんだ。
子供たちの動きを見てクリスタ先生の動きが想像できないから秘密があると考えた。
鬼ごっこの時に子供たちは手や足が破裂する恐怖と闘っているなんて思いもしなかった。
手や足が破裂する恐怖が毎日の世界。
今までの人生で経験できるはずがない。
覚悟が違い過ぎる。
「私が隊長として不甲斐ないのは理解している。子供を産んでから死の恐怖に耐えられなくなっていた。それを気付かされた。そんな私が合格してしまうテストだったんだ。子供たちに散々説教されたよ。私のせいで今まで積み上げてきたものを消されたくないと。子供たちにとって手や足が破裂する恐怖より、記憶を消される事が恐怖だった。私は馬鹿な母親だよ。それでも、子供たちはお母さんと慕ってくれる。隊長として仕事をする事はできない。お2人の補佐は本当に忙しい。そして、休日に子供たちが秘儀の訓練に付き合ってくれる。私は恵まれ過ぎている。そんな事にもようやく気付く事ができた。クリスタの言葉の通り、この国で子供の成長を邪魔するのは許されない。鬼ごっこに混ざる事はできない。少しだけ邪魔をしてしまう事になるが、子供たちの自主練習に付き合わせてもらえるようにお願いするべきだ。子供が納得してくれるならクリスタも殺そうと動かない。子供たちに教えてもらおうと考えるな。あくまで一緒に自主練習をするだけだ。魔力を見れる状態になるまで鍛えろ。その状態で子供たちの自主練習を見れば思い知らされる。自分たちがどれ程甘えていたのか自分の目で確認するんだ。そうすれば、今日の授業が身に染みるはずだ。隊長として私が言えるのはここまでだ。後は自分たちで決めてくれ」
隊長は説得するように話を終えると教室から出ていった。
魔力が見える世界。
秘儀を教えてもらってから一度も見ていない。
情報を活かすのは大切だと言っておきながら、何も見ていない。
あるのかも分からない秘儀の秘密を探す事に必死になっていた。
手や足が破裂する。
当然頭も破裂する。
闇雲に動かしていた魔力を頭にだけ向ける。
魔力が見えた瞬間に魔力の動きを止めらるか?
止められなければ頭が破裂する。
どれだけの量の魔力が動いているのかも分からない。
そんな状態で頭に向けて魔力を動かすのか…。
子供たちは魔力の動きを常に見ている。
俺が魔力を見ていないだけで、何もしていない事が分かる。
そんな状態で秘儀の訓練に付き合ってくれと言えるか?
無意味だと思われるに決まっている。
実際に無意味だからだ。
子供にお願いする事を考える段階じゃない。
やるべき事を指示されてようやく気付く事ができた。
まるで鍛錬をしていない。
初歩で最初に覚える事が今でもできないのだから。
授業に参加している時ならクリスタ先生やレナーテ先生、子供たちに相談できた。
今になってそんな事を相談できる相手がいるか?
隣で項垂れているアンゼルムに声を掛ける。
「おい、アンゼルム。お前は自分の意思で魔力を見る事ができるか?」
顔も上げない。
独り言を呟くようにアンゼルムは話した。
「無理だ。今まで何もしていなかったと理解させられた。魔力を見る事はできない。頭に魔力を集める事が死に繋がると知ってしまった。シャーロット様に責任は自分で取れと言われた事で死ぬかもしれないと思わされた。甘え過ぎていた。守ってもらえると考えていたんだ。情けなさ過ぎるだろ」
心が折れかかっている。
俺も同じようなもんだがな。
「魔力を首まで動かして止める。そして、魔力を戻す。確実にできるようになるまで鍛えるしかない。その状態でようやく魔力を頭に集める事ができると思う。魔力が見えた瞬間に止めれば破裂しない。学校の子供が全員できる事を俺たちはできない。やるしかないだろ?お前は記憶を消してもらうのか?」
ようやく顔を上げたか。
だが、目に力が宿っていない。
「授業で教えてもらった訓練よりも難易度が下がっているな。舐めていると思われて当然だよ。でも、その簡単だと思える事しかできないのだからどうしようもないな。魔力が見える人がいない状況で魔力を動かす事がこれ程の恐怖を伴うとは考えてもいなかったよ。子供たちに手伝いを頼んだら呆れられるな。こんな俺たちがクリスタ先生に追い付くと言っていたんだ。馬鹿だよ。夢に酔っていた。酔いから醒めたら厳しい現実がようやく理解できた。とにかくやるしかないな」
命を懸けて国を守る国防軍に自分たちの意思でなったんだ。
命令された訳でも推薦された訳でも無い。
秘儀を覚える機会は無いと諦めていたからやる気も出た。
俺は国を守る覚悟も秘儀を覚える資格も無かったという事だろう。
それでも教えてもらう事ができた。
それなのに無駄にしようとしている。
子供たちの見ている世界を見るまでは諦められない。
一番下から鍛えると決めたんだ、記憶を消して欲しいなんて言えない。
夢から覚めましたね。




